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九品仏の鷺草

昨年も今頃、九品仏浄真寺に花見に出かけました。あの時は咲き始めた桜の花を乱暴者の「尾長鳥」が食い散らしていました。今年は開花が早かったばかりか、開花後には初夏の陽気が続いてもう散ってしまったようです。横浜のММ21街区から自由が丘は行きやすくなりました。チューリップを観た後は浄真寺でお花見です。浄真寺は私の欲求を満たしてくれます。第一は仏像拝観、第二は石仏鑑賞です。更に季節の花々が見事なのです。加えて飲食にも事欠きません。”時間が余ったら自由が丘に行こう”40年以上も前もそんな風でした。
ワイフも「浄真寺に行こう」と誘うとご機嫌です。
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閻魔堂の向いは工事用の幔幕が張られていてお地蔵様と子法師像が祀られていました。
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閻魔様にご挨拶してから境内を廻ります。
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山門前の桜は略全部散ってしまいました。紅葉の若葉と山吹の花が綺麗でした。
去年の秋に来た時にはお庭の工事を始めていました。どんな工事になるのか、お知らせ看板も無いので解りません。山門を潜って本堂の前に出た参詣者は右回りに三つの阿弥陀堂を廻ります。右回りすると最初が「中品堂」で次が「上品堂」になり
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此方は私の主尊の下品堂の下品上生の阿弥陀様左右に中生下生の阿弥陀様が並んでいます。
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此方は上品上生の阿弥陀如来です。来週は灌仏会ですから綺麗な花飾りが供えられていました。
最後が一番南寄りの「下品堂」になります。三つのお堂に夫々三体ずつ「上中、下」生の阿弥陀様が祀られているので9体の阿弥陀様が揃っているので九品仏なのです。この日は中品堂の阿弥陀様を搬出(遷座)していました。工事は屹度参詣客が廻り易い様に導線を整備する工事の様な気がします。南門を潜ると右手に閻魔堂があって、その周囲にはお地蔵様が祀られています。真っ直ぐ進めば安産祈願の「観音堂です。
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此方は本堂(主尊は釈迦如来)の向いにある阿弥陀堂です。観ての通り染井吉野は散って八重桜が咲き始めていました。
此処に手水鉢がありますので、手水してから境内を廻ります。手水を始めたらワイフが目の前の飾り物に気付きました。見れば鷺草の飾りつけです。手水と云えば龍など水神に縁のある飾り付けが在るのが普通ですが。真っ白な鷺の飾りつけは斬新です。紙を切って作ったモノか良く解りません。ワイフが本堂の横の池に鷺草の自生地があるのでその関係だろう、指摘します。
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観音堂の入り口に在る手水鉢鷺草の飾りつけが斬新で素晴らしいと思いました。
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可愛い少女が鷺草を視て眼を輝かせていました。浄土宗のお寺さんは情操を養う工夫が詰まっています。
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手水の裏(西)は築山状になっていてその裾に33観音が並んでいます。一番左が33番の華厳寺になります。今日の主話題はこの石仏の風化です。
石仏には「風化」が宿命です。石は総じて堅いのですが石の種類によっては風化し易い石と風化しない石があります。関東地方で有名な石は「大谷石/栃木県」「房州石/房総の鋸山で採れる」「小松石/伊豆の湯河原でとれる」があります。石仏や墓標に最適なのは堅いし表面が美しい小松石です。一方房州石は凝灰岩で、火砕岩での上に軽石混じりの砂質凝灰岩が多いのです。柔らかいので細工に向いていますが砂岩に浸みこんだ水が氷結して風化を促進します。
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風化の進行した浄真寺の33観音像。既に観音様の表情も持物も判明できません。
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此方の11面観音様は左肩の上に地蜂が巣を作って右肩には蜘蛛の巣が張って桜の花弁が捕獲されていました。
房州石は江戸の町や城を作る時に盛んにも用いられました。浄真寺の石仏も房州石で作ったのでしょう。だから、4百年も5百年も持たない事は最初から解っていたのでしょう。「風化したらまたつくれば良い」思っていたと想像します。
ワイフに連れられて本堂横の池に行きました。池の水面は桜の花弁の吹き溜まり状態です。
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これは本堂南側の池です。芽吹いているのは菖蒲で池の中か少し顔を出しているのが鷺草でしょう。
鷺草が咲き出すのは7月でしょう。その頃このレッドリストに指定されている清純な花を観に来る事にしましょう。


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大リーグで日本人選手が活躍しています。野球は観戦していて楽しいのは「高校野球」でも、アスリート同士のぶつかり遭いを視る迫力は大リーグです。
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高校野球が面白く人気が高いのは高校生の全力プレーと「礼」を重んじる武道の精神が見える事です。日本人はスポーツを神に奉げるモノとしてきましたから、礼を重視して来たのです。名門膳所高校は大敗でしたが、文武両道の爽やかさは坊主頭のようでした。
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大相撲春場所は連日満員御礼の垂れ幕が出て、遠藤など人気力士の活躍がありましたが、貴公俊関の暴力事件で改めて日馬富士事件のあと味の悪さが想い出されました。
大リーグで感心するのは人種差別が無い事です。日本人選手もその「公平・公正・正義(ルール)」な大リーグの運営の恩恵に浴しています。私は先日千秋楽を迎えた大相撲が何時の日にか大リーグの様に世界中のスポーツファンの声援を浴びる日が来ることを願っています。初場所は栃の心(ジョージア)が春場所は「鶴竜」が優勝したのは大相撲が既に国際化している事の現れでした。「公平・公正・正義(ルール)」が世界のスタンダードであると確信しています。相撲が柔道と同じように世界のスポーツに成熟する為には世界のスタンダードに適う様に変革しなくてはなりません。何時までも島国根性から抜け切れないのでは、大リーグのようにはなれません。世界のスタンダードに順じた上で日本固有の武道の基本である「礼の精神」を重んじなくてはなりません。
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これは貴公俊(兄)貴源治(弟)が看板を捧げ持った写真です。この時は貴公俊(兄)も自覚が在ったでしょうが、師匠の「角界の暴力を追放する」と云う主張に反してしまいました。貴乃花親方は青年の将来性を重んじてメンツを捨てて平謝りしました
ところで、春場所が無事に終えた途端にまた不祥事が発覚しました。「貴乃花部屋」の看板力士は『貴公俊と貴源治』の双子の兄弟です十両の貴公俊が付け人に暴行を働いたというのです。
流石に貴公俊は引退を親方に申し出たのですが、貴乃花親方は貴公俊を慰留しました。此処までは人情もあるし、有為の青年の一生を考えれば人倫に沿った行動です。問題になるのは、相撲協会が「貴公俊と貴乃花親方に如何なる処分を下すか?」が次なる問題です。今のところ貴乃花親方の処分は2階級降格、という事で貴公俊の処分は暫く出場停止程度で済ませる気配です。そんな処分で世界の世論が納得させられるのか?大いに疑問です。少なくともモンゴールの人達は納得しないでしょう。相撲協会が大相撲をメジャーリーグの様な評価を得たいと思えば貴公俊も貴乃花も日馬富士と同じ処分にすべきです。
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日馬富士は日本人力士以上に日本人の気質を有した力士でした。だから「礼を失した。貴ノ岩に怒ったのだと思います。
さもなくば、日馬富士に再度土俵に上るチャンスを与えるべきです。横綱から、大関に降格させても良いでしょう。同じ暴力でも、横綱が故郷の若者に「礼」を教える為に拳を握ったのと、付け人が時間を間違えたミスに怒ったのでは、質が違います。司法関係者に訊けば、日馬富士より貴公俊の罪状は重い事になるでしょう。
この際に日馬富士の後援会の諸氏は「日馬富士」にもう一度チャンスを!」署名集めをして相撲協会やスポーツ大臣に提出して、再考を促しては如何でしょうか?私なら「いの一番」に署名します。日馬富士は最初の外国人親方になれる器だと確信しているのです。
「外国人が日本で一度失敗したら命取りと」云った事実は考え直さなくてはなりません。「外国人も日本に長く住めばチャンスを日本人と同じように与えて然るべきです。「朝青竜の振る舞いを横綱に相応しくないと批判」し、日馬富士が暴力行為を働いたから、引退させ同じ行為を日本人力士が行うと酌量すると云った、身贔屓は世界に通用しません。相撲協会は名誉を失った日馬富士に対し「礼を尽くす」べきです。

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井底蛙』とは井戸の中にすむ蛙のことです。『大海を知らず』続きます。
坐井観天』は視野の狭い人物を蔑んで揶揄した言葉です。どちらも余り良い意味ではありません。でもこんな諺からして蛙は井戸の底で暮らしているモノなのでしょう。
『蛙鳴蝉噪』とは、やかましく騒ぎ立てたること。くだらない議論や下手な文章のたとえ。です。蛙の4字熟語は総じて悪い意味が多いようです。でも、日本人は総じて蛙好きです。製薬メーカーは蛙をマスコットにしていますし。家の玄関には蛙の置物を設えたりします。
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これは「雨蛙」この可愛らしさが製薬メーカーのマスコットになった理由でしょう。
 『蛙の面に小便』と云えば「どんな目にあわされても、どんなことを言われても、一向に気にせず、平気でいることの喩です。「 図々しい奴」や「ふてぶてしい人」に対して、皮肉をこめて言うことが多いようです。悪い意味ばかりかと云えばそうでも無さそうです。信念があれば、悪口雑言に耳を貸さず信念通りに行動するので「蛙の面に小便」という事になるでしょう。
身近な小動物の蛙ですから「昔話でも活躍します。「蛙の恩返し」という話があります。
ある日爺さまが蛙を呑もうとしている蛇に、呑まんでくれたら自分の娘を嫁にやろうと言い、蛙を助けます。するとある夜一人の侍が訪れ、『自分はあの時の蛇であり嫁を貰いに来た』と言いました。本当に来るとは思わなかった爺さまは憔悴のあまり寝込んでしまいます。末娘が侍に連れられて行くことになります。末娘の所へ蛙が訪れ知恵を授けた。『巨大な瓢箪を背負い、千の針を持って行きなさい』末娘は侍に連れられて池の畔に遣って来ます。そこで背中の瓢箪を池の中に放り投げました。侍は蛇に姿を変えて瓢箪を丸呑みしました。すると蛇は苦しみ始めます。蛇の腹の中で針が暴れ出したのでした。そうして末娘は爺さんの家に戻れたのでした。

吉野山金峯山寺の【飛び蛙】
世界遺産吉野山の金峯山寺には『蛙飛び行事』という名の奇祭が行われます。修験者が岩場の修行で突然に恐怖感に陥ったそうです。”怖い助けて!”身体が動かなくなってしまいました。金峯山寺の高僧が未熟な修験者をカエルに変身させて救出したという伝説です。一時蛙に変身した修験者が高僧に謝意すると、高僧は蛙を元の人間に還してあげました。
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これは金峯山寺の奇祭「飛び蛙」です写真出典産経フォト
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此れは藤沢の引地川親水公園の欄干を飾る蛙です。鳥獣戯画をヒントに作ったモノでしょう。この他に様々な蛙がいて行司になったり蹲踞したりしています。次にアップしましたhttps://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sk=0&sv=%B3%BF&p=3

長々と書きましたが日本人は蛙が好きであり日本文化の深層に蛙が浸みこんでいるのです。
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我家の主だった初代の蝦蟇蛙君黒土の上では黒いのですが、茶色にも変身しています。背後に在るのは犬小屋です。
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此れは我家の主であった蛙さんのデスマスクです。観ての通り、蝦蟇合戦を終えて帰還しようとして我家の石段の下で轢かれてしまったのでした。
我家には建築前から巨大な蝦蟇蛙が棲息していました。「庭の主」として敬愛していました。普段は植木鉢の中に隠れていたり下水道の枡の底に潜んで居たりして、蚊やミミズやハエを食して居るのでした。明らかに益虫(?)です。毎年3月になると蝦蟇合戦から帰還してきて庭で傷ついた体を癒やすのでした。敬愛していた蝦蟇君が轢死してから私には禍が続きました。布団の中で両手を組みます。横になっても気分は座禅を組んだ積りです。丹田に手を置いて腹式呼吸すると、私は右胸の肋骨が無い事に気付きます。腎臓癌の摘出手術の際に肋骨も伐ってしまったのでした。「蝦蟇君は車に轢かれてさぞ苦しかったろう!」思います。
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これが我家の池です。煉瓦積みの1壺の狭い池ですが金魚を飼っています。
庭いじりをしていて気付きました、池面に何かが泳いでいるのです。最初は蛇が居るのか!思いました。でも良く見ると蝦蟇ガエルです。煉瓦を積んで作った池ですから蛙君は煉瓦色に変身しています。バシャバシャ泳いでいるのは溺れそうなのかも知れません。
「蛙が溺れたら、大変」蛙が訊けば怒りだすかもしれません。でも私が観察する限りでは、基本的には蛙は「肺呼吸」で「鰓呼吸」ではありません。適当に地上に出て空気呼吸しないと溺れて死んでしまうと思うのです。そこで廃材を池に浮かべてあげて時々廃材の上で呼吸するようにしてあげました。
私が柏尾川の澱みで観察すると上流から流れ着いた廃材の上で牛蛙が気持ちよさそうに日光浴していて、蜻蛉が飛んでくると”ぺロッ”と舌を出して捕食しているのです。
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此れは柏尾川のカイツブリの巣の上を占領した牛蛙です。蛙は肺呼吸をしているので、水中に長くは居られません。此処の上で昆虫が飛来するのを待って捕食します。以前牛蛙の生態は次にアップしました。https://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%B5%ED%B3%BF&sk=0
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我家の池に蝦蟇ガエルが遣って来ました。屹度初代蝦蟇君の子供でしょう。私が浮かべた廃材の上で気持ちよさそうでした。此処では「坐井観天」になってしまうので池の淵に昇降口を設えてあげて、庭に出入りフリーにしてあげる事にしましょう。

そんな次第で池に廃材を浮かべて蝦蟇蛙の休憩場にしました。
幸いワイフは初代の蝦蟇蛙が嫌いでは無かった様です。どちらかと云えばワイフよりも愛犬が怖れていました。蝦蟇君が犬小屋の周りをノッサ・ノッサ歩いていると尻尾を丸めて見詰めていました。
庭でガーデニングしていて時折池の中を覘くと蝦蟇蛙の二代目は廃材の上に行儀よく坐っています。出掛ける時も帰って来た時も池を覘いて蝦蟇蛙の二代目の姿を確認すると安堵しいます。
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此れは大手町にある「将門首塚」に供えられた蛙です。東側に読売新聞西側に三井物産北側に三井生命に囲まれた首塚です。転勤族のサラリーマンの「栄転願」で蝦蟇君が盛んに奉納されています。
大手町の長銀に勤めていた時は皇居側に「首塚」がありました。辞令を交付され、地方や証券会社に出向を命じられると、将門塚の蛙に「無事本社に帰還できるよう!」挨拶に行くのが習慣でした。「無事帰って栄転する」が御願ことです。
旅行に出たり、病院に入ったり、自宅を出る事は多多あります。此れからは「無事帰る」重大事です。家に二代目蝦蟇ガエルが棲息してくれた事は運が向いて来たような気がします。
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在りし日の初代蝦蟇君も池の淵が好きでした。この手前の露草の茂みに弥勒様の石仏を墓標にして初代蝦蟇君は眠っています。今回は「子孫を遣わしてくれて感謝します」。




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戸塚区俣野の住友家別荘を観に行きました。正面玄関を入った処にトイレがあります。トイレの入り口に枯山水の坪庭が設えて在ります。坪庭の横に「花水木」に似た樹が植えられています。
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住友家俣野別邸の北側に在るトイレから竣工した別邸を視る、枯山水に庭の端に手水鉢があってその脇に「歯ブラシの樹」とプレートの付いた苗木が植わっていました。
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此れが手水鉢の脇に植わっていた苗木です。筆者は「歯ブラシの樹」と思ってしまいました。でも写真で良く確認すると「目薬の樹」とされていました。
「何かな?」思って苗木を視ると「歯ブラシの樹」と書かれたプレートが吊るされています。「歯ブラシの樹」興味が湧きますが、「花が咲くのか?」「葉っぱがどんな形をしているのか?」チットモ想像できません。
でも、どこかで歯ブラシの樹を読んだ記憶があります。書棚を探して見つけました。
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これは前野浩太郎氏のノンフィクション「バッタを倒しにアフリカへ」という本この文中に現地職員が木の枝をナイフで切って歯ブラシにしている段の説明がありました。歯石も取るし、歯周病予防にも効果的だというのです。
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これは月岡芳年の浮世絵です『風俗三十二相』目を覚ました花魁が朝顔の咲いている井戸端で房楊枝を使って歯を磨いています。楊枝は無患子の樹の枝で作ったモノと思います。
「前野浩太郎氏のノンフィクション「バッタを倒しにアフリカへ」という本で「モーリタニアの職員が木の枝をナイフで切って前歯で切り口を噛んで歯ブラシにしている、書かれていました。読んだときは「江戸時代の『房楊枝』か」、思ったのでしたが特に気にも留めませんでした。前野氏も現地職員の真似をすると歯ブラシよりも遥かに快適で、歯も歯茎も健康であった、という事でした。歯ブラシの樹からは歯周病菌に有効な成分が含まれていたのでしょう。禅寺では良く庭先の井戸の脇に「無患子/むくろじ」の樹が植えてあります。鎌倉の宝戒寺にも無患子の大木が井戸の脇に自生しています。無患子は歯ブラシにもなるし、石鹸にもなります。成分に歯磨き粉と同薬効があるので無患子の名が付いているのでしょう。私は観た瞬間に住友家の令嬢が房楊枝を噛んでいる姿を髣髴したのでした。
でも写真をじっと見ると「歯ブラシ」では無くて「目薬の樹」と書かれていました。私の思い込みによる見間違いでした。「目薬の樹」ならばは上野の国立博物館の庭園で観ました。庭園は元上野寛永寺の方丈庭園だったものです。天海僧正初め歴史上の怪物僧が観ていた内苑です。春は桜、秋は紅葉が彩るお庭です。そのお庭の奥「九条館」の前に山桜の巨木と目薬の樹が並んでいるのです。桜は春目薬の樹は楓の仲間ですから、秋の樹です。
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此れは上野の国立博物館の内苑から博物館を観た写真です。内苑は寛永寺本堂裏のお庭でした。右側に平成館があってその裏に九条館があって「目薬の樹」があります。
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上野の国立博物館の内苑に在る目薬の樹隣は山桜でどちらも巨木です。目薬の樹ははカエデ科の樹です。桜は樹皮が黒いのに対し「目薬の樹は色白スベスベです。向こうの建物が九条館です。その右隣りに「応挙館」があります。
御屋敷やお寺の庭には実用的な樹があるモノです。『石鹸の樹/エゴノキ又は無患子』に『歯ブラシの樹』に『目薬の樹』今度小石川植物園に行ったら教えて貰いましょう。歯ブラシの樹で作った「房楊枝」は一度試してみたいものです。


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総嘘つき国家の行く末

[東芝]に始まり「三菱自動車」「神戸製鋼」等日本の看板企業の虚偽が問題になりました。「どうしたのか?」懸念していたら日本の最高の官僚組織財務省(旧大蔵省)で公文書偽造問題が露見しました。連日マスコミは取り上げています。
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粉飾決算に続いて米国法人で巨額損失が発覚して謝罪する東芝経営者、もう売るモノは何一つ無さそうです。日本の国も東芝の様にならないよう留意しないといけません。
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燃費偽証事件で謝罪する三菱自動車の経営陣。写真出典朝日新聞デジタルhttps://dot.asahi.com/wa/2016042600184.html
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”日本の国は上から下まで総嘘つきになってしまった”実感です。
幕末に日本に来た外国人は異口同音に『日本人の正直、勤勉、礼儀、識字率の高さ』に感動して、日本の国の発展を確信してその旨本国に報告しています。イザべラバードは「日本奥地行」を英国で発刊して米沢市を『アジアのアルカディアである。』評しました。「メイド・イン・ジャパン」の高品質評価はこうした日本人の資質の成果ですから、嘘つきが蔓延して来た事実は日本の国家が瓦解する前兆の様に懸念されます。

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イザべラ・バードは米沢の郊外置賜地方の紀行文をデッサンと共に英国で上梓しました。日本の近代化を推進した日本人の美徳はもう過去のモノになったようです。最近は改めて着目されています。
「どうしてこんなことになってしまったのか?」 ツラツラ考えると思い当たることがあります。
変化の兆しが表れたのは2014年(平成26年)内閣人事局が出来た時でした。内閣人事局とは、内閣官房に置かれた官房内部部局の一つでした。従来役人の人事権は各省長にありましたが、この時に内閣総理大臣の掌握する官房に移ったのでした。従来『日本の国は自分達役人が責任を持つ 』自負していた役人が握っていましたが、肝心要の人事権が政治家に移ってしまったのです。政治家に擦り寄った役人が出世する事態に変ったのでした。日銀総裁も日銀育ちから、大蔵ОBの黒田氏に移ってしまいました。JRもNHKのトップ人事も内閣府人事局が握ってしまいました。
私の兄弟親戚には上級職が多いので、一杯飲むと話題は「政治家評」に変っていました。政治家の評価を役人がしていたのでした。役人は政治家を教え導く気概を有していました。『日本の国の進路は自分達官僚エリートが掌握している』そんな自負が嫌味に響きました。
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バブルの時代のベストセラー「ジャパン・アズ・ナンバーワン」最近は中国でベストセラーになっているそうです。写真出典/日本経営合理化協会https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RCKwfqAapalXkAuQ0dOfx7?p=%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%B3&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
社会人になった頃、エズラ・ヴォーゲル著「ジャパン・アズ・ナンバーワン」がベストセラーになりました(1976年)。 戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、『日本的経営』を高く評価した著書でした。日本的経営の中核を為した組織が官僚でした。官僚が各所掌毎にに分析し、企業や社会を導いて産業競争力を引き出しました。当時の就職希望学生には「 ジャパン・アズ・ナンバーワン」が常識であり、私の勤めた長銀の上司「竹内宏」氏は『柔構造の日本経済』を上梓し経済学者のリーダーと評されていました。「柔構造の日本経済」ではオイルショックや公害病等の難題を、労使が協力してや「研究機関」も「政治家・官僚」もこぞって協力して難題解決を図りました。オイルショック等の不況では賃金カットはしても首切りはしませんでした。研究機関は低燃費エンジンの開発を推進し、日本製自動車の国際競争力を引き上げました。
こうした、難題に直面して対策を練ったのが通産官僚であり、予算を牛耳っていた大蔵官僚でした。私の兄は大蔵省で農林省を担当していたのですが、書斎は「農政学」や「農業の書物がウズ高く積み重ねられていました。必死に勉強したモノと記憶しています。
でも、バブルが弾けて構造改革が始まると小泉内閣は日本の良さを顧みずアメリカ化を目指しました。「労働市場の自由化」は臨時雇用を増加させ、一億中産階級観を幻想にしました。政治家に仇する官僚組織も切り崩して館長組織の吸収合併を繰り返しました。
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ノーパンシャブシャブ事件は「酒池肉林」の過剰接待で、世論の総攻撃を受けました。堅固な堤防も鼠の一穴から崩れるように大蔵省は消えてしまいました。同時に官僚の人事権は内閣府に移され、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の司令塔は沈没してしまいました。
折から官僚のリーダー大蔵省は世論から「ノーパンシャブシャブ」と呼ばれた過剰接待を非難されていましたから、抵抗する術も無く、大蔵省は財務省と金融庁に解体されました。肝心要の自分達の人事権も失い上位に内閣府が置かれる素地を作られてしまいました。内閣府の評価によって昇進が決まる現実を見せつけられたのです。佐川理財局長にしても、当時は財務省次官や国税局局長の昇進の可能性があったのですから、政治家の忖度を期待して、あのような国会答弁をせざるを得なかったのでしょう。理財局長から国税庁長官への栄転は内閣府の常識であっても世論とは逆行していました。
哀れなのは佐川局長であって、国会答弁では内閣府の期待に沿った答弁を臆面もなく繰り返しました。理財局局員や阪神理財局職員はをテレビで上司を観ながら、即刻稟議書を書き換えたのでした。徹夜で悪い事とは知りながら稟議書を書きかえた処で、会計検査院続が来て噓の稟議書の証拠を持ち去りました。次いで検察庁が乗り込んできて「本来の稟議書」と「噓の稟議書」を持って帰りました。屹度『明日は自分も国会か県議会で証言を迫られる』覚悟した事でしょう。自殺を選択しました。何時も哀れなのは蜥蜴の尻尾です。自分が尻尾である自覚すれば「窮鼠猫を咬む」ものです。次々に内部告発があって、政府も財務省も「稟議書書き換え」を認めざるを得ない状況に陥りました。佐川長官も入監を覚悟したので、忖度を忘れて、口を開くかもしれません。
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国会で安倍内閣の防波堤になろうと必死に答弁する佐川国税庁長官。左は憔悴した安倍首相、明恵夫人のノーテンキを想い合わせるとこの内閣も幕引きが見えてきた気がします。私は抜本改革は官僚の人事権は官僚に戻す」事だと思います。人間たるモノ誰もが人事権者の顔色を窺って忖度するものです。
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NHKの報道姿勢にも変化が現われて、自殺した近畿理財局職員の立場に同情的になって来ました。写真は3月15日の夕刻ニュース。
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NHKの報道姿勢では検察が稟議書の改竄を確認、その時点で財務省は本省の指示で稟議書の書き換えを命じた事を認めたようでした。
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NHKの報道では麻生財務大臣が「佐川」と呼び捨て、役人の尻尾きりを示唆する麻生大臣に違和感を示していました。(世論を『佐川局長が犯罪者でその上司麻生大臣の引責』で幕引きを図る様に導いているようです。
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新聞を観れば週刊誌に佐川元理財局長が逮捕されることを示唆していました。
「総嘘つき」状態に陥った日本国です。立ち直りは簡単な事では無いでしょう。せめて官界について唯一言える事は「人事権は当該官僚組織に委ねる事です。「御恩と奉公」は中世武士の倫理観ですが、日本人の骨身に浸みこんでいます。幾ら働いても成果を上げても評価をしたり人事権を握っているモノが組織の外に居たのでは、張合いも無いし、忖度を期待してしまいます。
更に言えば「森友問題」の始まりは「幼稚園児に教育勅語を暗誦させる」と云った時代錯誤した教育理念に無節操な首相夫妻が共感して引き起こした事件でした。国家財産を盗み取ろうとした幼稚園経営者と、それを首相の期待と忖度した哀れな高級官僚が落ちた「落し穴」でした。所詮高級官僚と云えども倫理観無きモノは単なる「出世亡者」なのです。



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