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私は大学で経済学を勉強しました。「デフレは庶民には暮らし易く、インフレは大敵と教わりました。ですから『日銀が『はインフレの番人』と自認しても疑問に思いませんでした。三重野さんはインフレファイターとして人気がありましたから昭和の鬼平と呼ばれていました。悪役はインフレを助長する「金丸信」でした。
そんな経済の常識がアベノミックスでは逆転してインフレが目標デフレが逆目標になってしまっています。経済学者もマスコミもこの逆転の不思議さを指摘しません。何時の時代も。インフレに苦しむのは庶民です。インフレの度に家壊しや一揆が発生しました。(投票管理者もこの程度の経済の説明は許されると思います)
私は町内会長をして10年目で、年度末には表彰の予定になっているそうです。12月14日は衆議院議員総選挙です。私は今回も選挙の「投票管理者」の選任も受けました。
息子は体力的に懸念もあるから辞退するよう奨めるんですが、依頼されたら受けるのが私のスタイルです。脳梗塞発症以前にやってきた仕事は一つ一つこなす中で体力も自信も回復するものと確信しているので、応諾する事にしました。
12月1日は投票管理者と選挙事務職との打ち合わせ会が戸塚区役所で実施されました。呼ばれた人は知人ばかりです。みんなが私の身体を心配してくれます。
ワイフが送り迎ええをしてくれました。楽しみは打ち合わせ会終了後にコーヒーです。
候補はスタバにマックに区役所内の喫茶室『102/リリーのエスプレッソ』そしてカナール『戸塚で評判のケーキ屋さん)です。打ち合わせ会が終了すると自然と「区役所内の喫茶室102」に足が向いてしまいました。このお店はコンセプトが名古屋方式の喫茶室で戸塚駅から同じフロアーを区役所ビルに入ればそのロビーに出店しています。場所も良いのですが名古屋やスタイルが横浜市民に評価されるのかが疑問です。リリーの豆を使ってエスプレッソにしているのはそんな配慮なのでしょう。
戸塚区役所の喫茶室102は以前に比べればメニューもお客さんの数も増えたようです。
戸塚区役所内のカフェ102のメニュー、コヒー+ケーキで710円です。
私は珈琲に抹茶ロールをセットにして貰いました。
席からは戸塚駅のホームが見下ろせます。午後3時急に時雨が強くなってきました。時雨が降る度に紅葉が色濃くなって冬本番になるような気がします。
春日野に時雨降る見ゆ明日よりは紅葉かざさむ高円の山(春日野に時雨が降り出した明日は紅葉を髪にさして遊ぼう。高円の山よ/万葉集)。又は/時雨が降り出したので高円山に紅葉が混じりだすであろう・・・・)時雨とは『まとまった雨』の意味です。でも、時雨が尊ばれたのは紅葉を運んでくると信じられていたからでした。歌の意味は彼女の髪に紅葉をかざしあげるのか、お山自体が紅葉を装って遊んでいるように見えるのか不明瞭です。古代の人は天の神が時雨を降らせるので木の葉が紅葉に染まるとと思いました。
私は昨年の今頃奥能登のお寺で戴いた珈琲とお米のシフォンケーキを想い出しました。
用意して下さったのはお寺の坊守さん。身も心も温まりましたし、時雨が上がると大きな虹が見えました。
これからは季節の中で思い出に浸ることが多くなるのでしょう。天気予報では今年は能登の雪も早く積もっているとの事坊守さんも難儀されていることでしょう。
夜になると此処はワインを始めお酒も出るようです。イタリア産のワインが並んでいます。戸塚産のワインはありませんが、明治学院大学は小諸ワインを発売しておいでです。(藤村の関係です)明治学院大学のワインをならべたら良さそうなものと思いました。
102にはワインのサービスもあります。筆者は小諸の明治学院ワインがお勧めです。
雨の中、戸塚駅の東口まで駅舎のコンコースを渡りました。駅舎の跨線橋の上にベッグコーヒーが出店していました。ポスターに美味しそうなサンドイッチが案内されています。長野産の鹿肉を素材にしたサンドやハンバーグのようです。野生の鹿肉をジビエと呼んでいるようです。ジビエとは狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣の事で、私はウィーンで食べたことがあります。味の濃い赤肉でした。
熊本の鹿牧場で鹿の角ワインを飲んだこともあります。長野ではカモシカを含めて野生のシカが増えすぎて被害を被っているのです。厄介者の鹿を駆除して貰ってその肉を捨ててしまっては山の神の怒りを買います。自然の摂理に反しています。フランス風に料理して食べさせれば、狩猟された鹿も往生するものでしょう。最近は工夫して安定供給できるようになったのでJRの駅舎内のメニューに載っているのでしょう。良い事だと思います。
一昨年は本栖湖の湖岸で鹿肉のカレーを食べる機会もありましたし。昨年は愛知県の足助で猪料理店を確認しました。スタジオジビエでは鹿肉を中華料理で案内しているそうです。数年先には丹沢や秩父に行けばジビエは珍しくなくなっていることでしょう。
足助では紅葉の天麩羅が人気でした。馬肉の鍋が「桜鍋」なら猪の鍋は「牡丹鍋」ならば鹿の鍋は「紅葉鍋」とも呼ぶのでしょう鹿肉に猪肉それに鴨肉を加えたお鍋ならジビエの三種鍋で「亥の鹿蝶鍋」と呼べるでしょう。
信州新町の道の駅に行けば三種のお肉を求められるかもしれません。
体調が戻るに従って食欲が先行して復活したようです。
次回は此処ベックスでジビエのドッグを戴く事にしましょう。
テレビでは助走の為に放牧しておいた山羊がベトナム人によって食べられてしまった報道しています。テレビ解説者は可愛がっていた子供達が可哀想だ憤っていましたが。問題があるとすれば成熟した山羊をどうするのか考えておかなかったことでしょう。ベトナム人ならずとも成獣なら採って食べたい思うのは理にかなっています。可哀想だと怒るのは世界常識に欠けているんです。
JR東日本の駅中事業ベックスのこの秋の看板はジビエです。今年の流行語になるかな? ブログランキングに参加しています。
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横浜ウォーキング
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文明開化からハマトラまで、横浜の歴史的な建物から現代の風俗まで幅広くスケッチいたします。尚、筆者は横浜に長年地方税を納め、現在は町内会長(戸塚区上倉田町)として、地元にドップリ漬かっています。
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昔は地域には怖い叔父さん、口うるさい伯母さんがいて、子供を見てくれたものでした。昨今は、そんな人はいません。昔は「子供は地域の宝・子どもは神様からも預かりもの」と思っていましたから、子供に遊びや道具の使い方を教えてあげたものでした。子供の教育は地域の役割の一つと確信していたもんでした。今は、よその家の子供を叱ればその親から猛攻撃を受けます。ですから、悪い子がいても見て視ぬふりをします。地域の教育力が低下したし、教育に参加する機会も減ってしまいました。実に残念な事です。
そうした風潮の反省からでしょう。地域が教育に参加する機会が増えています。
11月15日(土」に私に住む東戸塚小学校で学校祭が開催されました。学校祭は地域や父兄会がお祭りを用意して子供達がお客様にびなってもらいます。
子供達は自分等が地域の一員であることを改めて自覚して貰えるし、地域には地域を愛している爺さん婆さんが沢山いる事を知ってもらいます。「子供が挨拶しない」文句を言う人が居ますが祭りに参加する人の中にはそんな文句を言う人はいません。
私が会長を務める上倉田町内会は今年も模擬店(焼き芋+ラムネ各50円)と展示「生き物一杯柏尾川」を致しました。
今日は東戸塚小学校のお祭りです
上倉田町内会の模擬店は焼き芋とラムネ(各50円です)毎年やっていますから子供達は良く知っています。 最近柏尾川には魚も増え、野鳥も良く見かけられるようになってきました。生物が多くなれば大鷹や隼などの猛禽類も見られるようになりました。これも川の水が綺麗になってヒ素(j工場排水)や燐(家庭排水)などの毒物が流れなくなったためであります。また小学生や地域が清掃活動をしているので、川は公園のように綺麗に維持されています。
柏尾川の生物多様性復活を象徴する大鷹、フェンスの処まで鷺を追い詰めて捕獲捕食しています。
これが柏尾川の生物多様性を説明するパネル展示
昨年、「真っ赤チン釣り」を始めて大好評でした。川にトラップをかけておいてアメリカザリガニを捕獲しておき、これを子供達に釣ってもらいのでした。でも悩みがありました。子供達は既に要領は解っているのですが。肝心のザリガニがもう食欲不振なのです。そろそろ泥の中に蹲ってしまう季節なのでしょう。それに今年は筆者が歩行困難でザリガニの捕獲が想う様になりません。そこで今年は休ませてもらう事に致しました。
昨年のアメリカザリガニ釣りの光景今年は筆者の病気で休ませて戴きました。 町内会活動は会長になって既に10年で、今年は表彰されることになっていますが、嫌な事も多くあります。ゴミ捨て場一つ移動するにしてもご近所の利害が相反してしまいます。
そんな中で学校行事だけは悦びが一杯です。正月の「昔遊びの指導」に始まり卒業式入学式、運動会評議員会、授業参観、学習発表会には招待されます。一方村祭りでは先生方を招待します。
子供の京域に携わっている悦びは違います。今更ながら職業選択を誤ったかな?思う次第です。
寒くなったので動きの鈍くなってしまったアメリカザリガニ
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今年は十年来の見事な紅葉だそうです。テレビ(小さな旅/)ではこの秋の那須高原の紅葉を写していました。幼顔の山田敦子アナウンサーがゴンドラから錦の山を眺めている姿を見ていると、宮本輝の「錦繍」を想い出しました。離婚した男女が偶然に蔵王のゴンドラに乗り合わせた処からお話が展開します。
那須高原茶臼岳ゴンドラから眺めた紅葉、宮本輝氏の小説「錦繍」の冒頭を髣髴させてくれました。(NHK小さな旅の画面から)
紅葉を見ていると人間は恋心を燃やすようです。この秋も京都は恋心を燃やしたい男女で賑わう事でしょう。
昨日はいち早く朱に染まる櫨の木を紹介しました。今日は横浜で一番早くにに黄葉する「桂」を紹介します。
桂の街路樹は伊勢佐木町に見られます。
一早く開港した横浜です。 明治2年(1869」には港から馬車道を通って真っ直ぐ南、吉田新田を埋め立てて「港埼遊郭」が建ちました。港湾労働者は昼間働き、日銭を握って遊郭に向かいます。港と遊郭の間を結ぶ道路を伊勢商人が開発しました。伊勢崎町の名は伊勢商人3人の名/伊勢屋中川次郎兵衛、佐川儀右衛門、佐々木新五郎。から採ったものでした。江戸時代商業を席巻したのは近江商人と伊勢商人でしたから、遊郭を核にしたモールの開発は伊勢商人にとってはお手の物だったのでしょう。その後遊郭は高島町・真金町に移りましたが、伊勢佐木町の賑従って伊勢佐木町の賑いは一向に衰えませんでした。伊勢佐木町は相撲の興行を始め、芝居に映画娯楽が集積していたからでした。
松坂屋、文明堂、有隣堂等の横浜の老舗は伊勢佐木町からスタートしました。明治2年当時の街路樹は何であったか解りませんが。関東大震災横浜大空襲で壊滅した伊勢佐木町でしたから、戦後復興し、闇市が並んだそのころにいせざきちょうには桂が良いと植えたものと想像します。ですから、伊勢佐木町の桂の街路樹は筆者と同じでもう3年で古希(70歳)を迎える事になります。
そんな訳で、私が伊勢佐木町の桂の木を眺めるのは強い思い入れがあるのです。
古希にもなると桂には風格が漂います。
遊郭は廃止され、町の核は失われました。その後も闇で営業してきた風俗店も厳しい取締で一掃されてきました。百貨店の松坂屋も松屋も撤退しました。アールデコ風の建物は往時の流向の先端を留めているようです。
大丸系列の不動産会社が松坂屋を買収し、(カトレアプラザ)として様々な店がテナントとして進出しています、カトレアは松坂屋のシンボルマークでした)。
横浜駅西口似合った砂利の集積場が撤去され、西口の再開発が進むとともに伊勢佐木町は廃れて来ました。
松坂屋のカトレアは高島屋のローズの前に完敗してしまいました。
斜陽の兆しが目立ってきたころ青江美奈の「伊勢佐木町ブルース」がヒットします。そして、松坂屋の撤退と同じころにユズが全国に飛び立ちました。街は皮肉なもので廃れはじめると歌謡曲でアピールするようです。
桂は夏に青葉を茂らせて緑陰を提供してくれていた有難い街路樹でしたが、秋になって黄葉を舗道に落して濡れ落ち葉になる頃人々に認められる、そんな風です。
伊勢佐木町の歩道の落葉は桂です。
桂の根元にステンレスのベンチを設えたので、桂の幹はステンレスを幹に食い込んでも生育を続けています。こんな場面を想像できなかったのは残念です。もっと植物に優しくありたいものです。
髄が腐ってしまった桂、倒壊して被害が大きくなる前に植え替えが必要です。桂は木偏に佳いと書きます。材は彫り易く肌も美しく家具などに最適です。筆者も桂の版木を愛用しているのですが高価なので合板で我慢しています。この大木を版木に製材して子供達に使わせてほしいと思います。 素晴らしいも桂ですがそろそろ街路樹としては寿命の尽きるころです。改革的に植え替える事を提案したいものです。先ず痛みの程度によって桂を区分します。最も傷んでいる桂を伐採し、新しい苗に植え替えます。ユズを混植しても良いでしょう。そして次に傷んでいる桂を伐採して、これも新しい苗に植え替えます。10年くらいをかけて全部を植え替えます。
伐採した桂は版画板に製材して地元の小学校に寄付します。
この作業による効果は以下の通りです。
1、傷んだ桂が暴風雨で倒れる危険の未然防止
2、街路樹の手入れ費用の削減。毎年10万円/1本程度のメンテ何紙費用が架っていると思われます。大木ほど枝打ち等のの費用が嵩むものです。
3、植え替え後の美観アップ。
4、歩行の妨げにならない(現在はベンチに桂の幹が食い込んで歩行の邪魔になっています)。
こんなことを提案すると、桂と同じ歳の私もそろそろ入れ替えの頃かなと、寂しい思いがします。
かさむものです、た頃
「此処が松坂屋だったんだよ・・・、」とか「此処の道でユズがストリートライブをしてたんだよ
カトレアプラザビル元松坂屋の店舗、この前でユズがストリートライブをしたのが、始まりでした。窓や壁にアールデコの色濃い建物です。
青江美奈さんの伊勢佐木町ブルースのモニュメント
カトレアプラザの中もう何処でもあるモールで少しも面白くありません。横浜の老舗がお付き合いで出店しています。大丸ではこの程度のものでしょう。「地域愛」をもっと前面に押し出してほしいものです。
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一昨日は「降霜」という事で、実に寒くなって来ました。
寒いのは苦手ですが、この寒さでデング熱の縞蚊も死んでしまうでしょうし、紅葉も期待が高まって来ます。台風も出尽くしでしょうし、「秋晴れ」は来月に期待して日一日行く秋をエンジョイしたいと思います。
台風18号では驚きました。横浜市内では使者が名も出ましたし、河川洪水に加えて、我が町内は床下浸水が発生しました。原因は柏尾川の氾濫でも無く、柏尾川に流す前、下水溝が満水で洪水を起こしたのでした。
我が倉田町では昔の架線土砂でを埋めたままで下水溝が柏尾川までつながっていませんでしたので、柏尾川に雨水が流れる前段階で洪水になってしまったわけでした。
柏尾川は洪水寸前まで水嵩が増加しました。でも寸前で水は曳きました。その代わり柏尾川に繋がる下水溝の譜整備が顕在化して床下浸水になりました。
40年前は小河川だったのでしたが埋め立てて道路にしたため下水溝は満タンになって雨水が吹き出し都市型洪水を惹き起こしました。町内は土嚢運びで大騒ぎでした。
およそ、横浜市の都市計画は出鱈目で、表面は上手に取り繕ってあっても、全体の設計がアバウトなんです。
私の携帯にも緊急の避難指示が入って来ました。メールには「土砂崩れ危険地域の確認はホームページでして下さい、」案内してありました。300万市民がホームページにアクセスした結果、瞬時に洪水になってしまって、市民のストレスばかりがたかまってしまいました。
町内会では「何処が危ない、此処はどうか?」「何処のマンホールから水があふれ出していたか?」盛り上がりましたが・・・・。
「でも横浜は良い方よ、お隣の鎌倉は土砂崩れと高波で、終日退避だったそうよ・・・。」意見が出ました。
言われてみれば、横浜の乱開発もひどいが、鎌倉は街中が危険に見えてきます。
台風18号の土砂崩れを報じるテレビNHK画面は緑区 鎌倉の中でも乱開発がひどく、危険に満ちているのは鎌倉山です。
傾斜地の南斜面は日当たりも良いし気色も開けているので、宅地として価値が高いのです。
谷側に住宅を建てて入口は山側にします。屋根の上は駐車場になります。屋上から出入りして1階が玄関地下2階が居間になります。土砂崩れの危険は別として、窓からは七里ヶ浜の海と富士山の眺望が開けています。でも家自体が土砂の防御壁を兼ねているわけですから、危険極まりありません。普段から湿気も高い事でしょう。
鎌倉山の春景色 乱開発で目を覆うばかりの鎌倉山傾斜地の下は西武の七里ヶ浜タウン
そもそも横浜も鎌倉も高さ3メートルを超えて土砂を切り崩す行為は「開発行為」であり、工事をするには開発許可が必要です。許可を与えるに際しては近隣住民の同意が必要です。崖下の住人は土砂崩れで命の危険が伴うので軽々に同意できません。ところが、一定期間お知らせ看板を掲載しておけば同意は得られたものと見做されるようで、開発のピッチは上がる一方です。
2004年横浜市では緑税をスタートしました。一人900円を徴収し、緑の保全に役立てる計画でした。当時の市長は中田宏氏(現維新の党国会議員)でした。
市長の説明は「40年前の横浜の被緑地率は60%30年前は40%2004年は30%。被緑率30%をデッドラインにする為に900円位負担してください」というものでした。
市民の大半の意見は「開発行為を制限すれば済む問題だから、新税は反対する」でした。
ところが、たいした議論も無いまま新税は導入され、年間30億円ほどの歳入が費消されています。
その結果が台風18号によって暴露され3人もの死者を見たのでした。肝心の被緑率は下げ続け既に30%を切ったばかりか、昨今はその発表も差し控えられています。
中田氏もNHKの番組が「低俗かどうか?」糾すばかりでなく、受信料の適正問題(低所得者にとっては負担が重い問題/負担能力に対して不公平である)を正してほしいものでした。
国会でNHKの番組が低俗であると意見する中田宏前横浜市長。どうでもよい事を質問するより反省すべき問題があると横浜市民は思っていますが。・・・。
テレビで林現市長が言い訳をしておいでです。緑区で土砂崩れが起きたその危険は開発手続き中に解っていたのでしたが開発課での事務引き継ぎが適正でなったことでお詫びいたします。
横浜市民は苦々しい思いでテレビ画面を見詰めました。横浜の土砂崩れや都市型洪水は前の中田市長と現市長に引き継がれなかったものです。上が厳格でなければ担当課もその場限りの事務引き継ぎが為されてしまいます。住民の命を真剣に守る心構えが無ければ、こうした開発行為が拡がってしまいます。
今も私の町内では尾根道を都市計画道に工事が進捗中です。ところが私の町内だけが土地買収に応じていません。地権者が道路に面した土地の利用価値が上がるようあれこれ注文を出しているからです。道路が出来れば被緑率は大幅に下がるし土砂崩れ危険個所が大幅に増えます。緑の地図が赤い地図に塗り替わるのです。
横浜市民が何を期待しているのかは明白です・・・。
広島の惨事を見るまでも無く杜撰な開発行為によって命が危険にさらされています。
コンクリートで固める「国土強靭化計画」は麻生セメントには好都合でしょうが、開発しないで手付かずに置く事が最良です。昨晩はNHケーで南方熊楠を放映していました。私は低俗だとは思っていません。粘菌に紙神を見出し、南方曼荼羅をイメージするのは民族の根幹です。中田さんが低俗番組二チャンネルを合わせているだけで、国民を低俗だと見くびっているのが原因だと思うのですが。私は似非政治家は嫌いです。
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急に涼しくなってきました、加えて5時を過ぎても夜が明けません。楽しんできた床下で啼いていたコオロギ君も声が微かになってしまいました。ラジオでは夜明け時間を案内しています、福岡は5時50分、那覇は6時10分だそうで、横浜より1時間も遅いんだそうです。夜明けが早いのは得をするような気分になります。
私の住む町内(戸塚区上倉田)では毎年春秋に一斉清掃をします。道路脇雑草を見ていると、ソロソロ今年もその時期が来たようです。
清掃で毎回難儀な場所があります。日立の工場脇向かい自動車学校脇の道路の草です。猫じゃらしや蚊帳釣り草が繁茂しているんです。これを清掃するのが一番大変です。以前道路局に難儀だから雑草地も舗装してくれるよう依頼したのでしたが「駐車車両が増えるだけだ」と言われて却下されてしまいました。その道路脇に桃の木とネズミモチが植わっています。誰が植えたのか、道路局ではなく、自動車学校であろうと推測しています。
元々は日立も自動車学校も「倉田耕地」という美田でした。日立製作所が工場を拡張したのがきっかけになり、田圃の区画整理が実施されました。その時の水路や畦道が青道、赤道が端に押しやられ、異常に道路の幅が広くなったのでしたが、舗装されずに雑草が繁茂していたのです。
左が日立戸塚工場、その拡張で手前の田圃が区画整理され日立の工場が出来自動車学校が出来ました。田圃に遭った水路や畦道は東南に寄せられた結果道路が異常に広くなってしまいました。広い道路の端は土で雑草地になっていました。その雑草対策として自動車学校が道路用地上に桃と鼠モチの木を植えたのでした。写真は(筆者作成倉田の歴史から転載)
自動車学校は、田圃を耕していた農家が土地を手放すことを避けて、土地を組合に預けて自動車学校にしたものです。農家の感覚で経営していますので労働争議が頻発しています。その度ごとに私は労使双方から説明を受けます。自動車学校は運転教習所の周囲の雑草地に桃も鼠モチを植えました。
桃の木は実桃ですから花は見栄えがしません。でもしっかり実が成ります。野鳥が命を繋ぐ実のなる木ですが、誰も取らないので、桃は地面に落下して腐ってしまいます。腐り出すと蠅や虫(蚊)が湧いて困りものです。
なんだかんだとお騒がせな雑草地であり桃の木なのです。
この秋の町内一斉清掃の下見を兼ねて自動車学校脇の雑草地に出かけてみました。
ここが問題の雑草地、右は車道ですから舗装されています。田圃時代の名残の青道は土ですので雑草が生い茂っています。其処に熟した桃の実が落下して腐りますので蚊や蠅が繁殖しています。
もう桃の実は熟しているのですが草叢で腐り始めています。樹には沢山の桃が実っています。誰も桃を取らないのです。
「この桃は所有者不詳です。熟して腐ると迷惑なので採取してください(町内会)とでも看板を吊るしたいとも思ったりします。
桃も人間に取られて食べられたいでしょうに・・・。
これが熟した桃の実です。祖母の仏壇に供えてみました。良い匂いです。
そう思いながら梢を見上げると、小枝が折れるほどに沢山の桃の実が実っていました。桃を舌から見上げると、桃尻という言葉を想い出して変な気になります。
もう20年も前でしょうか野村証券の調査部長でテレビに良く出ていた、植草一秀氏が警察当局に収監されました。容疑は女学生の桃尻を撮影したという迷惑防止条例違反でした。本人は冤罪を主張しています。既に早稲田大学や野村証券のポストを失い社会的制裁は十二分に受けています。
私は植草氏を擁護するわけではありませんが彼は気の毒だと思っています。
桃尻がを見えそうなミニスカートでシースルーのエスカレーターに乗るのが問題です。桃尻は迷惑なんです。叔父さんは健康なら、ついつい眼が行ってしまいます。
序で言えばエスカレーターの設計者や認可したものが問題です。植草氏のような凡人がレンズを向ける様な建物を作ってはいけません。(この段は次に詳しいですhttp://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-3f8a-2.html。
こんなことは古代に久米の仙人が太腿をチラ見して神通力を失い雲から落下した時にも問題でありました。
熟した桃の実を見上げると「桃尻娘」を髣髴してしまうのは叔父さんの元気な証です。桃尻を放っておけば蚊が増えてデング熱を拡大させます。
桃を見上げながら、あらぬ問題に想いを馳せました。
筆者は車椅子を使っています。車椅子に座ると目線がローアングルになります。
植草氏に教えてあげた息気持ちになります。
「植草さん、車椅子に乗れば手鏡なんか使わなくても良いんですよ!」
こんなことを書くと今後家内や友人のチェックが厳しくなりそうです。
明日は「桃尻の48願」を書く事にしましょう。
仏壇に桃を供えました。背後の仏像は岩手天台寺の聖観音像です。鉈彫り観音像は弘明寺(横浜」小山寺(栃木)から奥州古道に沿って天台寺に広がっています。
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