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2016年の583系は毎年恒例の伊東臨から開始。
この年は3回やって来たのだが狙いはただ一つ、185系ストライプの踊り子との並びを撮ること!! がしかし、1回目の時は伊豆急線内で踊り子を撮ってたら肝心のストライプとの並びに間に合わずこんな写真しか撮ることができず。
もっとも撮れていたところで間に1線あるので真横並びにもなっておらず、「また来年…」とも思ったけれど、この趣味界「また来年」ほど怖いものはない。
自分自身への訓戒でもある“いつまでもあると思うな国鉄色”。
そう、こういう時こそ何があるか分からない。
なもんで、3回目の伊東臨で再チャレンジ!
よっしゃ! 決まった〜!!
そして撮り逃がしていたこれも、決まった!!!
The、パン下げ中断! もといパン下中段!!
どうしてもこれが撮りたかったのだ。(窓が写ってないので説得性にかけるけど)
あっ、鉄じゃない方がいらしたらアレなので一応言っておくと、変な意味ではないのであしからず。
うそだと思うなら“パン下中段”で森田検索してくださいませ。
そしてこの年のビッグイベントと言えばGWのニコ超臨。
残念ながら関西の天気はすぐれなかったものの、自分なりに大阪らしい風景と絡めることができた。…と思っている
最後は夏に運転された団臨。
まさかのはくつるマーク掲出で、それに気づいて即飛行機で飛び、鶯谷に着いたのは上野送り込み回送の数分前。
ステッカー&6両と往時を忍ぶにはいささか物足りないけれど、ここではくつるマークを撮れただけでも感謝しなければ。
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【2つ星よ】583系【永遠なれ】
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583系追悼シリーズ6弾目はデジイチ化後の2015年撮影分。
ちなみにこの583系だけでなく過去に撮影してきたものすべてに言えることなんだけど、別に「今までこんなに撮ってきたんだぜ!」と自慢したい訳ではなく(←もっと凄い人は沢山いるし、大体もうそんな歳じゃない)、人生の折り返しもとっくに過ぎてる身、いつ何があってもいいようにアルバム代わりにブログとしてまとめているだけのもの。
一応、ご承知おきを。
それでは2015年撮影分から何枚かピックアップ。
デジイチの使い方がまったく分かっていなかった頃(※今もよく分かってないが)、リバイバル青森いなほのついでに撮ったわくドリ。
一度でいいから羽越線でも撮っておきたかったところ。
5月、毎年恒例の横浜なんとかに使用された583系。
田浦のトンネルとか軍港バックの写真も捨てがたかったけど、自分がかつて仕事をしていたエリア、横浜周辺のものを2点。
その翌月、福島DC絡みで運転された団臨。
初日は「ひたち」、翌日は「みちのく」のステッカーが掲出された。
9月の奥羽線開業110周年記念号。
最後の開業区間となった皆瀬川岩崎鉄橋“奥羽線全通の地”記念碑の横から撮影。
10月の天理臨を瀬田川。(しかし鉄橋好きやねw)
通常早朝に着く天理臨、なんとこの時は東海管内の工事の影響により関西入りがまっ昼間という嬉しいサプライズ!
次回2016年撮影分
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今年は花粉症もひどくなくようやく免疫がついてきたのかと油断していたらいきなり地獄に落とされた。
洗濯して窓を開けっぱなしにしていたのと夕方梅田へと繰り出したのが最大の原因。更に先週娘にうつされた風邪も完治していなく、すでにティッシュの箱を半分くらい消費してしまった。
以前より薄々気がついていたけれど間違いなく自分は桜の花粉がダメなんだろう。
頭もグラグラして何も手につかないけれど、せっかくの休日せめてブログをもう一記事…。
臨時・団体・回送等、イラストマーク非掲出列車の消化目的で始めたこのシリーズ。でも、せっかく書庫を作ったのでどうせならマーク付列車の写真もまとめちゃおう。過去にアップしたそれらの写真を探すのも結構面倒くさいということも分かったし。
ということで、魅惑のヘッドマーク100選でボツになっていたものも含めて再特集。ベストセレクションなんて言いたいところだけど、そこまでのものもないのでベスト(じゃないけど)セレクションw
まずははつかり。臨時と団臨。
まともな写真を1枚も残せなかったはくつる。M下さんとの東北豪雨ツアーの中唯一撮れたパシリ。
リバイバルみちのくwith交直切替標識
ゴミ出しかなんかで出てきたおばちゃんに頼み込んで上がらせてもらった某所からのわくドリ
以下仙台車の華やかなりし頃。
せっかく幕を入れたのに一度しか使われなかったひばり。
恒例の水戸観梅号。色々なマークがあったけれどなんとか2種に絞りこみ。
1枚目、駅名の表示が隠れてしまったのが残念…。
こちらも冬の定番ゲレンデ蔵王 (※送り込み回送)
季節運転だったためなかなか会いづらいなぁだった白虎
そんな会いづらいなぁはマークのデザインがあまり好きではなかったのでなんかのついでにしか撮ってないのだが、そんな半端な気持ちで撮るとこういう結果に…
※ 魅惑のHM100選の『あいづ』でボツにしていた写真だけど、せっかく最後なので出すことにしました (4/7追加)
そして毎週運転されていた時期もあったムーンライト
登場時の列車名でもありこの車体スタイルの代名詞ともなった“月光”も長い年月を経てムーンライトへ。
そういや、結婚する前の父ちゃんが博多で寝過ごしそのままミフの車庫まで連れて行かれ、そこできっちり581系の前に立って記念撮影なんかしてる写真を見たことがあったっけ(爆)
自分が国鉄特急色に目覚めたのが東北新幹線八戸延伸となる2002年の夏。
なのでなんとかギリギリはつかり・はくつるを撮れたけれど、高校のK先輩なんかはもっと前から583系を追いかけ毎年激ブイな年賀状を送って下さっていたし、特急色に目覚めた頃に色々指南してくれた名古屋のM君なんかも結構早い段階からこっちに路線転向ししょっちゅう青森まで車で行ってたし、そう考えると自分なんて全然あまちゃんな訳で、はつかり・はくつるのブイカットを持ってない時点でもう負け組。
九州夜行にエキスポドリームとかまで行くともう別世界の方達だけど、ゆうづるとかきたぐにをキッチリ撮ってる人なんて本当に尊敬してしまう。
もっと早くその魅力に気づいていれば良かったな。
さて、ここまでデジイチ移行前、つまり銀塩リバーサルで撮った2014年以前の写真をアップしてきたけれど、明日、明後日はそれ以降のまとめなんかをやってみたいと思う。
(まだ続くのかよ・・・)
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多くの同志がおそらくそうであるように前半に休みを厚くしているこの4月。しかし、肝心の桜がまったく咲いとらんっ!!
今年は遅いだろうと予想はしていたものの、ちょっとコレは遅すぎじゃね?
しかも週末はどこも天気悪そうだし、こりゃスケジュールの大幅見直しを迫られそう…。
でもってこんなに快晴だというのに今日は大したネタもなく(なくもないんだろうけど遠出はいいや)、LA4でも狙いに行こうと早起きすりゃ動いてないし…。
しょうがないので久しぶりに完全オフとなりそうな本日は朝から洗濯。命も洗濯。やはり人間どこかで休みを取らないと。
あっ、ちなみにONは鉄の時、OFFは〇〇の時、完全オフはどちらもない時。基本でしょw
フレッシュマンの皆さん(←古っ)こんなおじさんにならないように!
さて、ヒマなので昼間っからブログでも。
(誰も望んでいない)583系追悼シリーズ第4弾は我が地元(?)房総。
武蔵野・京葉線はしょっちゅう走っていたので千葉県でも湾岸部や都心に近い方では見慣れた風景。しかし房総エリアと583系というとあまり縁がないような感じもするが、開業直後にははくつるマーク掲出のまま成田空港へ乗り込んできたりとこれが何気に色々と走っていたりなんかする。
ウイングはくつるなんてそんなのあったことすら知らなかったけれど、それ以降千葉(新習志野)より先に行くことはしばらくなかったものの何かの団臨で内房線へやって来たのが2006年のこと。これは撮る場所もなく苦労した思い出がある。
その翌春には多客臨として外房線へ。
仙台車で運転された『ゴロントなのはな』号というものでマーク(ステッカー)も用意されたものの運転はこの一回こっきりだったはず。
ちなみにこの日は東海道でロクイチの浪漫なんてのもあり、どう考えてもどっちかにしかいけない状況。
それでもここ一ノ宮〜東浪見で撮影後房総半島を山越えし、アクアラインを抜け、目指すは権太坂。が、非情にも僅か1分の差で間に合わず。
583系はどん曇りだしこれは泣いた…。
そして583系in千葉と言えばこれを抜きに語れない!
2010年2月の『犬吠』号。
銚子までの夜行列車とか千葉支社さん遂に暴走し始めちゃったの?と思いつつ地元ネタなので朝も早よから撮りに行き、マークのデザインもまぁそこそこいいじゃん!なんて思っていたらなんと反対側は大嫌いな“犬”。
犬吠だからって…という訳ではないのは分かってるけど、文句言いつつもなんだかんだと3発追っかける。
撮影終了後5分で帰宅できたからいいものの、どこかに遠征してこれだったらちょっと萎えてたワン。
最期は2013年の夏。
多分これが最後の房総入りだったんじゃなかったかな。
しらんけど
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続いては東海道大阪口…という言い方もなんか変なので、関西編。
神奈川に住んでいた当時、どうしても上淀を渡る583系が撮りたく、それだけのために撮りに行った。
甲子園臨は直前にならないと運転されるのかどうか分からないし、スジも不明確。それでもかつてのきたぐにや583雷鳥を彷彿とさせるその姿を記録しておこうと夜行バスに乗って無理して行ったはず。
その割には数人くらいしかおらず、なんだかなぁな感じ。
それから11年、関西に転勤したばかりの2014年秋。
天理臨ではないけれど京都への団臨が2本運転され、おそらく日本海縦貫経由で来るのはこれで最後…と湖西へ。
帰りのムコソではこんなシーンも撮れたのだけど、この時デジイチに変えていればもっとまともな写真も撮れてただろうに。
その翌月、四半世紀にわたって維持していた銀塩リバー体制に見切りをつけデジイチに移行したのだが、そのちょっと前から発生していたカメラの不調やコストパフォーマンスだけでなく、このムコソの並びが微妙だったから…というのもデジに変えた理由の一つだったりもする。
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