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ちょいと帰省(兼鉄)していたので1日空いてしまったけれど、予告どおり今回は165系番外編、しなの鉄道の169系。
新潟車の廃回を見送ってから10年。165系なんてもう思い出すこともなくなっていた頃しな鉄に譲渡されていた169系が国鉄色に復元された。
リバイバル運転も盛んに行われ、何回か撮影へ行ったりも。
さて、これで165系シリーズも無事終了。
銀塩リバー時代、すなわちこのブログをやる前に撮ったものでまだアップしていないものは残すところユーロロクヨンのみ。
このユーロロクヨン特集もやらなきゃいけないのだけど、その前に来月からとある企画を始める予定。
皆様お楽しみに〜???
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〜哀愁express〜 165系
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詳細
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2003年8月、新潟の原色編成(3両×2)の廃車回送が行われるとのことで撮影へ向かう。
回送表示とはいえマークなしの姿を撮ることの方が難しかった東の復刻編成、この日の見送りは今でも記憶に残っている。
…というのも、実はちょうど車を買い換えこの時は納車翌日、初の鉄仕業だったから。
その2年前の2001年、結婚を機にかみさんも乗れるようにとVitsを購入しそれまで乗っていたインプは実家で父ちゃんの軽の後継車へ。
このヴィッツ君、1500のRSでまぁそこそこ走れたものの昨日の記事でも書いたリバイバル佐渡を追っかけた時にタッチの差で間に合わず敗北を喫する。
当時「どんな追っかけでも絶対に間に合わせる」という自信があったのにそんなプライドもズタズタ。まぁ普通に考えて間に合うような追っかけでなかったとはいえ、自分にとってはかなり屈辱。
確かにそれまではゴハチにロクヨンと決してそれほど速くない撮影対象。どんな時も大抵追っかけして間にあっていたのだが、さすがに相手は電車、これからも特急色の追っかけをするのであればこっちもそれに合わせるしかない。
ということで車の買い替えを検討するも排気量のある高い車を買う資金なんて当然なし…と悩んでいた時にどこかで知ったVitsのRSターボ。
あのボディーで150ps/6400rpm!? スタタボ並みかそれ以上?
これは乗りたい!!!
すぐさま試乗しに行ったら、なんだ、この飛行機の離陸滑走みたいなGは!?
ただ一つ問題だったのはそれがマニュアル車だということ。
A/T限定解除のかみさんが運転できない。
とは言え、欲しくなったらどうしても手に入れたいもので、気づいたら購入。Vitsなのに200万以上w
ディーラーさんで撮った新旧Vits入れ替えの儀式。って、どっちがどっちなのか分からんわ!!
一応、左が普通のRS、右がターボ。
165系の廃回を撮りに行ったこの日はニューヴィッツ君の本線試運転も兼ねていて大月の定番で撮り終えてから大月ICから中央道へ。
ハンドル訓練は往路で終わっていたので復路はお待ちかねの高速度性能試験…と本線に入り思いっきり加速していったら下り坂のジョイント部でジャンプ。いや、ほんとに飛んだ…。
それ以来中央道のこの区間の下り坂では自省(自制)して走ることに。
と全然165系に関係ない話になってしまったけれど、これにて1ヶ月強続いた165系シリーズも終わり。
「これで直流急行型電車も見納めか」と思っていたのだが…。
(次回、番外編)
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2003年6月末、前記事の『さようなら165系吾妻』他上越・信越各線でさよなら運転を行い新前橋の165系が廃車。
これでしばらく特急色に専念できるかと思いきやそういう訳でもなく、同年春の485系K編成による置き換えで余剰となった新潟のムーンライト車も2編成原色に復帰。まったく次から次へとほんとにもー。
新潟エリアに行くような用事があれば絡めて撮るものの、当時はいなほ・北越はまだすべて上沼垂色だったし、シマに転属された183系S編成3本もまだ絵幕が装填されていなかった時代。
結局『佐渡』のリバイバルしか撮りに行けず。
なおこのリバイバル『佐渡』、実は昨日アップした『吾妻』と同じ日の撮影で、『吾妻』の往路を祖母島の鉄橋でやったあと国境越え。
で、確かオカポンで3発目をやろうとして間に合わなかった記憶がある。
レアケースとはいえこんなネタが重なったりもした15年前、この時代にまた戻りたいな〜。
そうそう、結局昨日の『かいじ30周年記念号』はお約束の団体幕での運転だったそう。
でも、JNRマークをうまく強調させた写真も結構見かけたし、やっぱ行っとけばよかったかなぁとちと後悔。
どうせならラストランの時も付けてほしいところだけど・・・。
そんな訳で今日はついでに過去のかいじでも。
ん???
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内房・外房の翌週は北総系統。
2002年11月23日(土)、この日は総武本線経由の犬吠が運転された。
しかし、以前にも書いているけどこの日は見事に寝坊しおいらの鉄歴史に残る悲惨な一日に…。(詳細はこちら⇒“魅惑のHM100選『犬吠』”)
ほんと踏んだり蹴ったりな1日となったのだが、でも翌日の鹿島神宮往復の『鹿島』は確か雨だったはずで、そう考えると自分が行けた3日間は降られなかっただけでもマシだったのか?
と、またまた負け犬の遠吠えw
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