ちょっと時間ができたのでどこかに行きたいなと思い、福島に行ってきました。
去年の未曾有の災害で被災地をこの目

で見ておきたいというのもあったし、一人旅だけど東北を旅して少しでもお金

を落とすことで復興支援になってくれればと思ったので。それなら東北の中でも原発事故があった福島がいいなと思ったんです。友達も住んでるし。
とはいえ、あたしは東京より北へは行ったことがない未知の世界。どうやって行ったらいいのかもわからず、何があるのかもわからず、何もかも調べるところから始まりました。
まずは最初に買った旅行ガイドブックが「会津・磐梯・喜多方」と書いてあって、会津のレトロな雰囲気がすごくよかったので会津に行こうと思っていたのですが、福島の友達から「会津はまだ雪

が多いから雪に慣れてない人はやめた方がいい」と言われ、あえなく断念
被災地に行くにしても「見学ツアー」みたいなものがあればそれに参加したいと思っていたんですけど、ネットで調べても日にちや時間があうものがなく、自分でレンタカーを借りて行こうか・・・でもそうでなくても知らない福島の土地を一人で運転できるのか、迷子になったらどうしようとか、考えたらキリがなく、ぎりぎりまで迷いました。
福島に行くにも新幹線

か飛行機

で東京に行き、そこから東北新幹線に乗り換えればいいのはわかっていたんですけど、それだとすごく交通費にお金がかかってしまうのでお金をかけない方法を考えているとまた福島の友達から「大阪から福島までの夜行バス

があるよ」と教えてもらい、いろいろ計画を立てました

行き:岡山(高速バス)⇒大阪へ。\2,250 大阪(夜行バス)⇒福島へ。\6,000 計 \8,250
帰り:福島(東北新幹線)⇒東京へ。\8,700 東京(夜行バス)⇒岡山へ。\6,800 計 \15,500
まあ、思ったよりも安く行くことができました。
そして3月29日の朝6時40分に福島駅に到着しました。
夜行バスって夜中ずっとカーテンが閉まってるからどこに行ってるのかわからなくて、いつの間にかその土地に到着してるって感じなんですよね・・・この福島駅っていうのを見ても寝起きだったせいかイマイチ実感が沸きませんでした

そして駅中のマックで腹ごしらえをしたあと、昨日予約しておいたレンタカー屋さんに行きました。
軽自動車がよかったんですけど予約でいっぱいとのことで借りられたのが「トヨタ プレミオ」

あたし車には詳しくないので全然わからなかったのですが、思ったより大きいうえにエンジンのかけかたが違う。キーをさすところはなく、「どこか車の中に置いてブレーキを踏みながらエンジンボタンを押してください」と、今まで聞いたこともないようなエンジンのかけかたで、エンジンを切るときはただエンジンボタンを押すだけで、サイドブレーキは左側のペダル(ミッション車でいうクラッチの部分)を踏むというもの。このやり方にすでに面食らってしまったのでした

あたし、大丈夫か

借りた車で事故でもしちゃったらどうしよう

でも借りてしまったものは仕方がない。目指すは相馬市。別の方のブログで見た被災地「JR新地駅」の周辺を見てこようと思いました。
福島市内は街が大きく、片側4車線ぐらいあったり、そもそもカーナビの使い方もわからなかったのでヒヤヒヤものでしたが、とりあえずコンビニの駐車場に停め、飲み物を買って冷静に福島県内の地図とにらめっこしながらまずは相馬市の海沿いの松川浦の某海鮮料理屋さん周辺をセットしました。
福島市内は道が大きく車も混んでいたため大丈夫か心配でしたが、国道115号線に入ればあとは一本道なので、山あり谷あり田んぼありの風景を横目にひたすら道なりに進んでいきました。
東北なので寒いと思い防寒グッズばかりを持って行っていたのですが、ここ最近は暖かくなったそうでこの日も17℃。
もう春の陽気って感じでした

でも日陰に入ると雪が残ってたりしてました。
途中ちょっと休憩した「霊山こどもの村」。
手前にあるのが雪です。
休憩しながらゆっくり行ったので相馬市まで約2時間かかりました。
カーナビに登録した目的地松川浦の海鮮料理屋さん。旅行直前に買ったガイドブックに載っていたので震災後もうすでに営業しているものだと思って現地に着くとなんと改装中。運転に集中していたので気づかなかったのですが、海岸線の堤防と思われるコンクリートが崩れた状態で横たわっていました。また2階部分はフツーなのに1階部分は窓ガラスもひび割れ壁も壊れ外から中の骨組みが見えているような津波の残骸を思わせる建物もありました。
その建物のすぐそばでいかにも最近できたというような真新しい食堂を発見し、ここで昼食をとることにしました。カレーとラーメンのお店で、あたしは海鮮ラーメンを食べました。この近くに食べるところがないのかお客さんでいっぱいでした。中には東北某被災地の「○○市議会」と刺繍された作業着を着ている人もたくさんいました。何か被災地どうしで決めなきゃいけないこととかあったんですかね

そのあと「JR新地駅」へ。
カーナビに誘導されるまま車をUターン・・・ちょっと山をぬけるとそこは広大な土地が・・・。
新地駅はどこだろうと思いながらすぐ横に目をやるといびつなかたちに曲がりくねったガードレールが続いており、ガードレールが途切れているなと思ったら奥の溝のところに落ちていました。
また車を進めていくと津波でできたであろう瓦礫の集積場があり、ブルトーザーが瓦礫の整理をしていました。
さっきの食堂から5分も運転しただろうかと思うほど短い距離にこんな場所があったなんて・・・いや、広大な土地だと思っていた場所はよく見ると民家の基礎だけ残して建物がどこかに行ってしまい海岸線が見えるまでになっていたのでした。アスファルトの道路はでこぼこで運転しづらく、それが震災の直接被害のなかった西日本の人間を拒んでいるようにさえ感じました。
被害がない、知らない人間だからこそ、この被害を見ておかなければいけないという気持ちと、被害を知らないから興味本位でこの場所に来たんじゃないかと、周りの人からはそう思われてしまうんじゃないかという思いが交錯しました。
見づらいですけど、立て看板です。新地町役場とJR新地駅って書いてます。
その奥の土地の広大さ・・・これだけの広い土地が津波の被害にあったんだなって思い知らされます。
また別の場所。真ん中に立っている電柱は骨組みだけになってました。
もう何枚か写真を撮ったんですけど、あたしが掲載するのはやめときます。
何も知らない西日本の人間が掲載するのは被災地の人たちに対して失礼だと思いますし。
2枚掲載しただけでもやっぱり失礼ですよね。
あたしのほかにもいかにも被災地を見学しに来たんだろうなという車が2,3台ありました。
あたしはあたりの悲惨さに急に怖くなり、ものの10分もいないまま逃げるようにカーナビの目的地を「福島市」に設定しその場を去りました。
帰る途中にも「応急仮設住宅」と書かれた看板を見つけ、現実を目の当たりにした思いがしました。
車を返す予定時間より1時間も早めに福島市に帰ってきてしまって、もう少しちゃんと見てくればよかったなと思ったり、もっと調べて相馬の街を見てくればよかったなと思いました。
車を返してからは飯坂温泉

に行きました。
一昔前だと女の一人旅で温泉地なんていうと「自殺志願

」なんて思われて泊めてくれないなんて話を聞いたことがありましたが、そこはネットで調べて「一人旅プラン」がある旅館を予約しておきました。
最近の「おひとりさま」ブームでこういうプランができたんですかね。
露天風呂にゆっくりつかりながら、日ごろの疲れを癒し、床についたのでした。