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みなさま、おはようございま〜す。
このところイマイチのお天気ですね。
ま、昨日は降るといっていた雨
連れ合いのいない昨夜の夕食は、連れ合いの実家へ遊びに行ってご馳走になってしまいました。
そのためだけに行ったわけじゃあないですよ。
あるものを頂きに行ったのですが、(それでも十分ずうずうしいけどね…)
それについては明日アップしますね。
上の写真はローマの並木道を撮ったものです。
去年の今頃、行ったんですよね〜イタリア
でも、記事のアップが遅れに遅れて11月末ごろになってしまい、
画像と現実の季節のあまりのギャップに掲載を一時中断してました。
思えば昨年はほぼ毎月のように海外旅行へ出かけていたような気がします。
何といってもイギリス
また、かなり前もって予約を入れると、飛行機運賃も割安。
そんなこんなで、あちこち行きました。
PCの中にためたままになっている画像を、これから少しずつアップしていきたいと思います。
で、早速本日は…
ヴァチカン美術館
ヴァチカン美術館は
いつ行っても長蛇の列
炎天下の3時間待ちも当たり前
行かれる方、絶対に予約を入れて
行っていくことをお勧めします。
暑い中並ばずに直接入口へ
行かれます。
廊下から、中庭から芸術で溢れています。
『ラオコーン像』
ラファエロ作
『アテナイの学堂』
などなど、一日中見ていても飽きない素晴らしい美術館です。
もちろん、ここで一番有名なのはなんといっても…
画像お借りしています
システィーナ礼拝堂
礼拝堂とは思えないくらい観光客いつもぎゅうぎゅうですが、
それを忘れてしまうくらい素晴らしいです。
でも、こちらは撮影禁止(上の画像はお借りしたものです)
怖い顔をした警備員さんが礼拝堂のあちこちに立っていて
写真撮影やビデオ撮影、大声での会話も厳しくチェック。
カメラを没収されていた観光客の方もいらっしゃいましたわ
昔はそんなに厳しくなかったような気がするのですがね…?
美術館で私と連れ合いがみょーに心惹かれたもの
無数の穴が開いた手書きの地図
書かれている絵が
イラストのようでなかなか面白い。
何の地図なのかは不明ですが…
もうひとつが
羊を連れたキリスト
これはブロンズ像のようなものでした。
ガラスケースに入れられ、
廊下の窓際にぽつんと置かれていたのですが
なんだか心が惹かれました
有名な絵画や彫刻以外にも興味深いものがたくさんあります。
ホント、ずっといても飽きないでしょう。
また訪れてみたいですね〜。
他にも旅行の時の写真がありますので、今後アップさせていただきますね。
ではでは〜
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旅行アルバム/ヨーロッパ
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みなさまこんにちは〜
日本は勤労感謝の日でお休みですね。
イギリスはクリスマスまで祝祭日がないのですわ…
その分、まとまったお休みが取りやすいのですがね。
☆彡 ☆ミ ☆彡 ☆ミ ☆彡 ☆ミ ☆彡
イタリア旅行記の続きです。
ローマ観光といえば、やはりこちらでしょう
ヴァチカン、サンピエトロ大聖堂
手前にあるのはサン・ピエトロ広場です。
まだ9時前だったので、観光客はまばら…
こちらに行く際には、朝早い時間がお勧めです。
空いていてゆっくり見られますよ。
入口には係員の方がいてボディチェックと服装のチェックがあります。
観光地になっているとはいえ、カトリックの総本山であり神聖な場所ですからね。
入口付近です。
堅牢なドアと天井
どこを見ても凝った装飾があり
口を開けてみちゃいましたわ…
中に入ると、やはり空いていて気持ちいい〜
正面に見える祭壇も
入口は行ってすぐ右のピエタのところも、
ぐる〜っと見渡せます。
ミケランジェロ作のピエタ像。
いつもは黒山の人だかりをかき分けて写真を取るのが精一杯ですが、
今日は誰もいないのでたっぷり堪能できました。
法王の祭壇上にある、ベルニーニのブロンズの天蓋も
色々な角度から見放題♪
空いているって幸せだわ〜と思いました。
(前回来た時にかなり混雑してたもので…)
上を見ると、立派な草食の天井と天井画が見下ろしていました。
正面にある、ベルニーニ作の聖ピエトロの椅子を見た後、出口に向かおうと思ったら
こんなご褒美が…
まだ日が高くなかったので、入口上の窓から日が差し込んできました。
私はクリスチャンでも何でもないのですが、
なんだか、祝福を受けたような敬虔な気持ちになりましたわ〜
出口のドアの下にあったこの鍵マークが印象的でした。
外にはスイスガードの方々がいらっしゃいました。
1505年1月22日に教皇ユリウス2世の要請により、教皇国でスイス衛兵隊が採用された。
現在ではバチカン市国の警備隊として100人前後で構成されている。隊員となるのは
カトリックのスイス市民で、スイス軍で一定の経験をつんだ者とされている。
職務は儀仗や警察任務であるが近代兵器の訓練も受けており、また伝統として
剣や長斧の訓練も受けている。
その制服はルネサンス風のデザインで、一説にはミケランジェロのデザインとも言われるが、
1914年に制定されたものである(結成初期、募集に応じたスイス人達が貧しく
継ぎだらけの服を着ていた事に因むという)。 Wikipediaより抜粋です
今回は本当にゆっくり見ることができました。
このときはまだ膝が本調子ではなかったので、クーポラに上ることはできませんでしたが。
大聖堂の中をかなり堪能できなので満足でした〜。
次はヴァチカン博物館へ行きま〜す。
ではでは後ほど〜
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ポンペイ観光ももうそろそろ終わりです。
ガイドさんが案内してくれる方へ進んでみましょう。
目指すは『秘儀荘』。
このあたりに並んでいるのは
すべてお墓です。
中に入れる場所もありました。
中は、お骨を置くためか棚上の物が
作りつけてありました。
周りの建物が全然なくなって
のどかな一本道を進んでいきます。
着きました。こちらが秘儀荘。
大小60の部屋からなる大邸宅です。
大広間と呼ばれる部屋には、等身大の人物の壁画が残っていました。
『ポンペイの赤』と呼ばれるこの色がとても印象的でした。
秘儀荘の近くに出口があり、そちらに売店などがあります。
一休みできるところがあるというので行ってみると…
レモンがたくさん置いてある
涼しげなお店がありました。
このレモンの大きいこと!
500mlのペットボトルと比べると
こんな感じ
手で持ってみると…
う〜ん、巨大。
でもってお店の入り口には、こんなコーナーが。
『かき氷』
日本人観光客が多いのでしょうね〜。
それよりも、下に書いてある『KAKI GOURI』は誰のためになんでしょうかね?
乾燥した炎天下の中を3時間近く歩いてきたので
レモン味のかき氷がとっても美味しかったです〜。
ポンペイ遺跡観光、とても楽しむことができました。
今度来るときには近くに宿をとって、もっと時間をかけて見学したいです。
でも、真夏はやめときますわ〜
ではでは〜
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イタリア旅行記の続きです。
フォロを後にして向かった先はフォロの浴場。
緑が中庭にあり、素敵でした。
比較的規模が小さい浴場なのですが、きれいに残っています。
アーチ型の天井には
非常に手の込んだ彫刻があり、
水をためたであろうこれは
大理石でできています。
天井をよく見てみると
細い溝が掘ってありました。
これは蒸気が水滴になった時に
この溝を伝って横の壁際に
落ちるようにと作られたものだそうです。
色々と工夫しているのですね〜
居酒屋さんだったというこの場所
この穴の部分にそれぞれ色々な
お酒が入っていたのだそう。
カウンターの形になっているのですね
こちらはパン屋さん
半円形のは石窯です。
近くには大きな石臼もありました
使えるかどうかは分かりませんが
まだ動くんですよ。
悲劇詩人の家
床にはモザイクが引かれていて、
鎖に繋がれた犬、『猛犬注意』と書いてあるそうです。
2時間近くをかけて、ポンペイの町のだいぶ北の方へやってきました。
そろそろ街も終わりです。
続きは次の記事で。
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ポンペイ遺跡観光の続きです〜。
石畳の道をずっと歩いて行くと、
こんなところにたどりつき、道がプツンっと…
この3つの石は、『車両進入禁止』
まあ、こんなのが置いてあったら通れませんよね〜
でも古代にもこういうことをする習慣があったのですね。
で、この場所はというと、古代の社会生活の中心地、フォロです。
フォロの中にはところどころこの白い石が置かれています。
これは大理石で、昔はこのフォロ全体がこの大理石で覆われていたとのことです。
この広い場所全体を大理石で埋め尽くすなんて、すごいわ…
地面だけではなく、周りの壁や柱も大理石で作られていたそうです。
きっと夏の太陽に映えて輝いていたのでしょうね〜
このフォロの西側にあるのがアポロ神殿です。
イオニア式円柱というものが50本近くも並んでいます。
正面にあるのがジュピター神殿。
この、ヴェスヴィオ火山の手前にあるジュピター神殿をアップにしたのが
一番ポンペイ遺跡らしい雰囲気が出るのではないかな〜って思います。
ジュピター神殿の東側にあるのが、市場です。
周りをぐるりと壁に囲われています。
昔はここに色々な商店が並んだそうです。
入口近くに壁にはそのころか書かれた壁画が残っていました。
今でもはっきりと残るこの赤は
『ポンペイの赤』と呼ばれる独特な赤茶色。
絵はマーケットの様子が描かれています。
この絵の前には、このような物も展示されてました。
当時、火山灰の下敷きなった人です。
彼らは長い年月をかけて朽ちていき、彼らのいた部分が空洞となって土中に残っていたため
そこに石膏を流して固め後、掘り返したそうです。
人によっては表情まで読み取れそうなものもありました。
ちょっと怖かったです。
ではでは、続きはまた…
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