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姉妹たちは、霊的に北風の中にさらされている状態であり、傷つくことを、恐れ
コートのボタンをしっかり閉めるように 心をしっかりととじていた。 信仰とは、忍耐や、犠牲を要求される そして、愚痴ることも、怒ることも、泣くことさえ、許されなくなる。誰が許さないのか? 神様か? 許さないのは、他者の目であり、己自身である 教えに逆らうような、行動や、言動は慎まなければならない。そうやって、自身を縛り、心に鍵をかけて、生きるしかなくなってしまう。 北風吹き荒む中で、コートを脱ぐまいと、必死な旅人と同じである コートを脱ぐようにと、諭しても、叱っても、 正当論を唱えても、脱ぐことはしない。 年々、コートを必死に掴む力が強まっていく。 旅人は、どうしたらコートを脱いだのか 簡単である。暖かくなれば、自然に脱ぐ その道理を、神様はよくよく知っておられる。 知らないのは、誰⁈ 信仰者の位置にありながら、 神様の愛を感じることなく、 信仰生活を続けるのは、無理に等しい。 何故なら今までには、なかったものを、沢山強いられる 重荷を、背負う立場におかれ、サタンからの、執拗な攻撃も、始まる。 愛なくして、それらを越えていくのは、不可能なことを、 父なる神、天のお父さんは、 知っている。 それから、身を護る盾も剣も、ただ、神様の愛のみである。み言葉、聖書と言われるかもしれないが、真理も、み言葉も、聖書も、全てが、神様の愛であるから、同じである、 しかし、愛がどんなにあったとしても、 絵に描いた餅では、意味がない。 味わってこそ、それがどんなものか、味や感触がわかる。 餅の絵をどんなに眺めても、満足できないのと同じ。 神様の愛も、聞いて、説明されても、心から、満たされないので、何処か寂しい。 その寂しい気持ちを誰よりも、知り、慰めたい父が神様です。 神様の愛は、太陽のように温かいから、愛を素直に受ければ、心のボタンを外しはじめ、重たいコートを背負っている自分に気づき、それを脱ぎたくなります。 |
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ジョージ・ハリスンの「ヒア・カム・ザ・サン」
「あぁ、太陽が来た!」ですね。
2012/6/9(土) 午後 11:58 [ 高牙 ]
曲、知らなかったので、聴いてみました。明るいいい曲ですね
2012/6/10(日) 午後 11:06 [ S.lily ]