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昔から、義人聖人というのは、その時代の風潮から逸脱
した人でした。
その時代は、“おかしな人”と非難され、それでも自らの
意志を貫いた者が、歴史に名を残したのです。
その代表者と言えるのが「イエス・キリスト」、イエス様
です。
イエス様は、もちろん神様ではありませんが、神様のたった
一人の子どもとして、この地上に誕生されました。
(以下ミカエルより)
その時の神様のご様子は、今でもはっきりと覚えています。
もうまるで、子どものようにはしゃいでおられました。
“ご覧、ミカエル。私の子どもだよ。かわいいだろう…”と
もう、それはそれは目を細めながら言われるのです。
そして、心配そうに真剣な目に変わりました。
全知全能の神様は、これからどういう悲劇が、イエス様に
ふりかかってくるのかを、知っておられました。
今まで、人類が歩んだことのない試練の、難しい道を歩まれる
定めがありました。
結果は最大の悲劇でしたが、その死は無駄ではなく、今のように
メッセージを送られるようになる扉を開いて下さったのです。
この時のイエス様の十字架の犠牲が、この終末まで、私たちを
生かして下さる核になっています。
神様のひとり子として、イエス様は立たれました。
なぜ、“ひとり子”だったのでしょうか?
それは、神様や天の心情、事情を知っておられる、たった一人の
方だったからです。
その時、そのイエス様を、人々はメシヤ(救世主)とは呼び
ませんでした。
大罪人として、神に背く大罪人として、神様のたった一人しか
いない子どもが、十字架にかけられててしまいました。
誰によってですか?
サタンによって・・・誰が直接にはしたのですか・・・?
私たち人の手で・・・。
こうやってサタンは、人を使い、操り、神様の子どもを殺しました。
サタンは、天にとって必要で、重要な人ほど、放っておきません。
必ず殺します。
その人が生きていれば、自分たちが滅ぼされてしまうからです。
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