悔い改めと感謝

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見えない境界線

私の中に、見えていない境界線がある
神様にはない、境界線がある
今日、それに、ふと気づかされた。

神様のように、神様と同じ視点で、思えるように、自分なりには、努力し、三人の子供たちに、対しても、分け隔てないように、精一杯してきたつもりだった。
でも、見えない境界線がある
気づかない、神様にはない心がある。堕落以降に生まれた自分の性がある

それに、気づかされて、呆然としている
私がいる
自然に涙がながれ、胸が痛い
良心がないている。


今日は、一番下の娘の運動会でした。
娘は、運動会の花形であるリレーの選手であり、毎日練習に励んでました。
私も、家族も楽しみにしていたのですが、昨日、急性胃腸炎になり、嘔吐で運動会に出られなくなり、その原因がなんとなく、自分にあるように感じたのです。

望みは雨でしたが、それも叶いませんでした。
一生懸命に練習して、当日出られない娘を思うと、胸が痛くなりました。

そう言えば、長女の時も、運動会の前日に足を怪我して出られなくなったのを思いだしました。
長女は、リレーの選手でもなく、運動会に出られなくなっても、仕方ない、かえってその方がいいかもしれない。長女は運動は苦手な方でしたから。

自分の心の違いに、ハッとしました。
運動会に出られないのは、選手であろうとなかろうと変わらないのに、選手である末娘にかけるほどの心遣いを、長女にはしていなかった。

頑張った子供に、選手も、そうでない子供も、変わりないのに、親である私が違う
神様にはない心、気づかない差別。
境界線。

長女に、心から申し訳なく思います。
運動会に出られない末娘にも、可哀想なことを
してしまいました。

全てが、私のせいで起こるものではありませんが、このことを、通して教えられた事実は、
否定できません。

我知らずに生まれる差別

神様にはない、境界線をつくり立てる我


真なる天のお父さん
私は、今日本当にショックでした。
自分の知らない闇、
境界線を知りました。
あなたとは、確かに違う思考が存在している
サタンと同じものがある
否定できない思考がある
これが、敵だと闘いながら撲滅することができません。
善人にも、悪人にも、等しく愛を注がれるあなたと違う自分をまた、知りました。
私は、生涯この敵と、闘います

あなたにないものが、一切私に無くなるように
あなたが、今までのように
導き示して下さい。
あなたの敵が、私の敵です。



娘が治ったら、運動会の代わりに何処か出かけて、楽しんできたいと思います。
どうか、その時に神様からの祝福が、娘たちにありますように。
守り導びかれますように


娘たちの努力が、次ぎのためのステップとして
積まれ、糧になりますように
花咲かす肥料になりますように

秩序ある天

秩序ある天
神様がつくられた天使は、反逆して堕天使になり、サタンになったものがいるが

神様の創造の担い手としてハジメから、今に至るまで、忠誠を尽くして、秩序を守りながら仕えている天使たちもいる。
神様の組織は、一糸乱れず秩序の下にある。
だから、私たちは地上で生きられる。
天使たちが全て、自分勝ってに動いたら、世界は、成り立たない。崩壊する。
事実、堕天使が多くなれば、破壊は進む

秩序のない世界の結末は、滅びしかない

サタンは、自由と言う言葉を巧みに使い
私たちを破滅へと導く。

良心を離れた自由は存在しない

サタンの説く自由は、無秩序な、デタラメな自由。
良心が正しく働いてこそ、本当の自由が来る。

良心があるのに、磨けてなくて、壊れかけてて、情けないです。

お父さん、

良心が正しく働くものになりたいです。
あなたを悲しめる、親不幸なものになりたくないのです。
私たちが親不幸なものとならないように
どうか、守って下さい
罪を犯さないように、
あなたが、戒めて下さい

告白

告白

聖書は、父からの手紙であると、私に教えてくれた人がいます。
本当にそうだと、今、心から思います。聖書は、断片的にしか、知りませんでした。聖書は、神様の書というより、人類が神様を悲しませた歴史が綴られた書、そんなイメージが強かったからです。イエスさまを証す書だということは、わかっていましたが、なかなか、読めない箇所もありました。
神様は、親ですから、何故、私が読みたくないかも、知っておられました。だから、時を待って、忍耐強く導かれました。聖書の神様は、嬉しそうではありません。むしろ、悲しい、切ない、裏切りを何度も受けながら、更に愛を与え続けた父の記録です。その中で神様の笑顔が殆どないからです。読むと、悲しみが、苦しみが、私を、襲いました。ダビデ、ソロモンの後、国は分裂し、最後には国を失う民。その分裂、滅亡は、神に反逆する度に起こる。神は、不信仰を嘆き、憤りながらも、愛を示し、導き続ける。ダヒデの詩篇までは、よんでいましたが、その後の、旧約聖書は、殆ど読んでいませんでした。
しかし、読み進めるうちに、神様が、どれ程に、私たちを愛し、離なすまいと、必死でサタンと闘われていたか、歴史は神様の涙であり、血であり、神様は、正に、私たちの親であることが、証明できる書でした。
神様に選ばれた人たちは、何時もサタンの攻撃対象になります。
国を持てない彼らは、いつも、放浪するしかありませんでした。神様の民は、居場所がありません。何故なら、神様ご自身に居場所がないからです。この世は、サタンが支配しており、サタンが神様を追い出すのです。神様に用いられた民や人が、歓迎された歴史はありません。亡くなったあと、かなり後代にならなければ、受け入れられることは不可能でした。
これは、恥ずかしいことですが、以前の私の見解は、間違っていました。私は、イスラエルの民を心から、受け入れることができませんでした。そして、イエスさまが、愛した12弟子や、パウロも。でも、それを、悲しまれていた、神様や、イエスさまがいたこと、私もまた、裁き人であったことを、ここに告白します。お父さん、ごめんなさい。イエスさま、許して下さい。あなたが、愛した者を、私は、自分の思いで、はかりました。申し訳なく思います。

私に、聖書は父からの手紙であると、教えてくれた大切な友人に感謝しています。
聖書をきちんと読んだおかげで、私の中に聖書の人々に対する不信が亡くなり、申しわけない気持ちでいっぱいになりました。


私に正しく聖書を教えてくれたあなたへ
私に足りないところ、浅くみていたこと。
悔い改めることが、できました。ありがとう。
霊の恩人です。

記事をかけたのも、大切な人たちに支えられたからです。

くじけそうなとき、一緒に祈り、共にいて、泣いてくれたあなたへ
あなたは、私の宝です。


神様が出会わせてくれた
大切な人たちへ

感謝と尊敬をこめて

見えないけれど、助けてくれた
たくさんの皆さんへ

護り、導き、示し続けてくれて
本当にありがとうございました。

悔い改め

私のことを、いつも心から心配し、思って下さっている方がいます。

でも、その方のことを、私は堅苦しく感じ、使われる言葉などにも、

引っ掛かりを感じてしまっていました。

いろいろアドバイスいただくことも、なんだかんだと言い訳をしては、

結局、素直に受け入れることができませんでした。


先日も、お会いした時、いつものようにアドバイスをいただいたのですが、

またいつものように、もっともらしい言い訳で話をすり替え、自分で決めた、

自分のできる範囲のことしかしようとしませんでした。

でも、私を心から心配し、真心を込めて言って下さっている、その方を

思った時、私の良心が、確かに咎め(とがめ)ました。

私のその受け答えに、天がガッカリされたのを、自分でも心のどこかで

感じたと思います。


「こうしたらどうかしら。」「こうするとこうなると思うんだけど。」と

言って下さることに対して、あぁだこうだと言い訳をしている自分に、

ふと気付きました。

これでは、相手の言うことを信じずに、自分のことばかり考えている。

これだけ、心から心配し、真心から言って下さっている、この方を思った時、

あまりにも自分本位な受け答えに、申し訳ない気持ちになり、その時、良心の

呵責を感じました。

しかし、その良心に従って悔い改めることができず、「わかりました、

やっぱりそうしてみます。」とは言えなかった時、それは、どんどん

相手に対する負債感、罪悪感へと変わっていきました。

相手の真心の前に、恥ずかしい気持ちになり、その罪悪感に、自分の自尊心の

ようなものが、耐えられなくなっていったと思います。

そこで、私が何を言ったかというと、「お体の方は大丈夫ですか?」でした。

確かに、その方は持病を抱えていらっしゃり、その日も顔色があまりよくなく、

気になってはいたけれど、その時出た言葉は、心からその方を心配し、気遣う

ものではありませんでした。

そうして、良心の呵責を、より強い自尊心、傲慢心による偽善で、覆って

しまったのでした。

相手を心から思うのではなく、その負債感に、自分自身が耐えられないために

気遣ったという動機になってしまいました。

相手を思う100%の動機の中に、自分の思いや都合が入ってしまうと、何をしても、

自己満足…結局何も実らないのです。


その後、yuriさんに「○○さんに会って、どうだった?」を尋ねられたのですが、

これだけのことがあり、自分自身も感じていながら、全然話がスッと出てきません

でした。

むしろ逆に、何もなかったかのように、明るく振る舞ってしまいました。

それはなぜか…悪いことをしたのが、わかっているから。

怒られたくない、いい子でいたい、謝ることから逃げる。

特別、意識的に隠そうとしたわけではありません。

でも、無意識に、そうしたことをしてしまうのが、正に長年沁みついた癖です。


人の言うことを聞かず、自分の思いで決めてしまい、言われたことをしなければ、

天も与えたいもの(私の幸せ)があったとしても、与えられない。

良心に耳を傾けず、無視する。

そこから生じる負債感、罪悪感。

それを何とかしようとするための、責任転嫁や偽善(いかにも善と見せかける行い)。

また、それを親に報告しないこと。

報告しなければ、親も子を、諭したり、正したりすることはできません。

それが、正に堕落の過程であり、人間の罪だと思いました。


では、なぜ、私は、こんなことをしてしまったのか。できてしまえたのか。

それは、相手がどれほど自分を思い、愛してくれているか、わかっていなかった

からです。

その人を通して、天は私に、私にとって必要なもの(成長のための助言、私の

悩みや苦しみを解決するためのカギなど)を渡したいのに、自分の勝手な思いで

人を見てしまい、それを捨ててしまったのです。

思いをはね返し、自分のことばかり話す私を、その方は、どんな思いで見て

いただろうか。

それでも、私の言うことを受け入れて下さり、帰る時、私の姿が見えなくなるまで

見送って下さった、あの姿は、神様そのものでした。


そのことを、yuriさんに諭してもらい、気付いた時、申し訳なくて、申し訳なくて、

泣いて悔い改めました。

神様の愛を「私など…」と言っては拒み、また、このようにして、傲慢心から、

その愛を捨て、これでは、もう天も成す術がありません。


親なる神様の自分への思い、愛がわからなくなってしまったこと、感じられなく

なってしまったこと。

これが、本当の「罪」だと思います。

人に迷惑をかけたとか、悪いことをしたということではなく、この罪が、

人を不幸にしている、大きな原因の一つだと思います。



(*:この記事は、ブログ「真記」(yell&yuri)と重複していますが、これをもとに
 お伝えしたい解説内容が異なるため、両方に載せました。)


                           (chell)

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