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少し政治ネタになるかもです。政治話が嫌いな人は読まないでください。
昨年末に事務所や住宅スペースの現行カレンダーの下に新年のカレンダーを吊るした。年明け後の三が日は暇を持て余しているので、新しいカレンダーにめくり替えて廻る。で気付いた。元号(和暦)が入っていない。
仕事上でいただくカレンダーも使いやすさでいつも購入するカレンダーにも「元号」(和暦)のスペース部分が空白である。
昨年の6月頃までに「新元号は○○です。」と発表されていれば、カレンダー屋さんも入れることができだろうに・・・
せめて4月までは「平成31年」と入れることができたはずだが1月からすでに外されている。カレンダー業界の様々な事情もあるであろうが、ゆりかごは同業界の怨念にも似た政府への嫌がらせであると思っている。
明日は成人の日であるにも拘らず本日成人式を開催する市町村が多くある。何年か前なら成人の日は1月15日だったのに連休を作るという、ゆりかごには理解できない理由で成人の日が動いた。その他の祝日も動いた。体育の日とかできたばっかりの海の日とか。
祝日の日の指定には祝日法がかかわってくるが、おバカな国会議員の政争の具にされてしまう。カレンダー業界は過去に何度も早く決めてくほしいと要望してきたが政治屋さんたちは国民のカレンダーに配慮が少なかった。事実今年の5月の10連休はカレンダーへの明示はない。2020年のオリンピック開会式の祝日も定かではない。
元号(和暦)はゆりかごにとって不便な暦ではない。「明治時代は」とか「大正年間には」とか「昭和っぽいね」とか日常の生活に結構深く時代の区切りとして存在している。昭和から平成の移行の時は大変だったがそれすらも時代の区切りに立ち会えたと思えば良い思い出でもある。今回は予定されている皇位継承であり元号の変更も予定されている。ならば早くに国民に告知すれば良いと思う。
一皇位一元号と決めたのは至極最近のことである。「大化の改新難しい(645年)」と学んだのは小学生時代だ。一千数百年の後、明治の頃に皇室典範で決めたことだ。そこに国民の意思や生活への考慮は無かったのは明らかだ。だって当時は天皇家は当時は神格化され不可侵の存在だった。
戦後の昭和天皇や現天皇(平成天皇と呼ばれるようになる。)のように国民と共にあることを望まれるのならなおさらである。一部の学者とか右翼的な人々によって新元号の発表が遅らされている。4月が譲歩案のぎりぎりだったそうな。
元号(和暦)が大切と思う気持ちは理解できるが大切にし過ぎての「ひいきの引き倒し。」となったと思う。結局「西暦」を使用した方が・・・になってしまった。
4月はじまりの多くの年度事業に「平成31年度」とは言えないのである。今年の新1年生は小・中・高・大でどのように入学式を迎えるのだろうか?
先日、運転免許証の更新を受けた人は有りもしないとわかっている平成36年の期限が書かれている免許証を持っている。
おそらく次の改元までは私は生きていないであろう。元号(和暦)が国民生活に浸透できるような政策決定であってほしかった。空白のカレンダーを見るたびに私はそう思う一年になると思う。
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