先週のことですが、家内が朝日放送の「土日どうする」を見ていて、「ホテル阪急インターナショナルのアフターヌーンティを食べたい!」と言います。

家内は、テレビで見たものが食べたくなる傾向があるのですが、特にアフターヌーンティは好きです。今までも京都亀岡のドゥリムトン(英国村)のレストラン「ポントオーク」のアフターヌーンティや、香港のペニンシュラホテルのアフターヌーンティなど、あちこちで食べ歩いています。

そこへ娘がやってきて、「京都の国立近代美術館でやっている、横山大観展に行きたい」と言います。そこでお父さんは、二つとも実現することにしました。

次の日、日曜日に、車でホテル阪急インターナショナルに行きました。アフターヌーンティセットは、2階のティーラウンジ「パルテール」でいただけます。

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30分ほど待って、アフターヌーンティ・セットが運ばれてきました。昨日のテレビの影響か、アフターヌーンティ・セットを頼む人が3組ほどいました。

アップにすると

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豪華なものです。

次に名神高速を使って、京都国立近代美術館に行きました。

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横山大観の「紅葉」の看板が置いてあります。

反対側も綺麗です。

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雨のためか、日曜日なのに美術館は混んでなく、ゆっくりと見えました。下の写真は、4階からの眺めです。

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大観の作品が、時代順に展示してあり、作品の変化の過程が良く分かりました。今まで、大観という人は、戦時中は、作品を売ってその売り上げで飛行機を軍部に寄付するなど、戦争に協力していたのに、敗戦になると占領軍に積極的に接待するなど態度が豹変し、作品はすごいけれど人間的にはどうかと思っていたのですが、今度の展示を見て、大観という人は芸術家であり、天才であったのだけれど、世間のことは分からない人だったと納得しました。


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お茶の勉強会、六月

家内が短大で、お茶の授業をするので、お花を用意したり、道具を運んだりと忙しい思いをしました。
特に、今年は花が早く咲いて、うまく用意できないかもしれないと家内が悩んでいるので、紫陽花やホタルブクロ、ツユクサなどいろりろネットで買いました。結局、もとからあった紫陽花が、綺麗に咲いてくれました。

短大の授業も無事終了して、今回はいつものお茶の勉強会です。

まず、待合の掛軸です。

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四条派の画家 西山完瑛先生の「葮江飛禽図」です。

四条派とは、Wikipediaによると、『四条派(しじょうは)は、日本画界でも大きな派閥である。江戸時代中期頃、呉春(松村月渓)を祖とし、岡本豊彦や松村景文らが発展させ、京都画壇で一大勢力となり、その後塩川文麟、幸野楳嶺、竹内栖鳳、西山翠嶂、堂本印象などと現代まで続いている。』と書かれています。

また、西山完瑛先生は、思文閣のホームページによると、『四条派の画家。大坂生。名は謙、字は子受、通称を謙一郎、完瑛は号。西山芳園の子。画法を父に受け、人物・花鳥を能くする。また儒学を後藤松陰の門に学び、播州明石侯に仕える。明治30年(1897)歿、64才。』と書かれています。

葮は、「むくげ。アオイ科の落葉低木」の意味です。


そして、茶室の掛軸とお花です。

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掛軸は、河野斗南先生の「竹有上下節」です。

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◎(竹有上下節(たけにじょうげのふしあり)とは
「人間平等の面だけを主張し、老幼の差別順序を無視し、貧富、上下の差別のみを認めて人間としての平等を認めないのは物事の一面しか見ていない。悪平等の傾向にある社会への警鐘でもある。」と書かれています。

作者略歴は、
◆河野斗南(こうの・となん)◆
1914年生まれ。本名・河野仁寿。早稲田大学を卒業されています。
斗南、又は、宗伯と号し、別号を杜南、扣月山房、一斎(篆刻)とも名乗っていられます。

「幼少の頃より書を能くし神童と謳われる。長じては、書と篆刻を旧満州国皇帝の師、惺斎金台錫先生に師事し、四君子を松林桂月先生に師事し、各書体の蘊奥を極める。

 中国書の正統派として著名で、各書体に通暁し、特に隷書、篆書、古篆書では当代随一である。さらに風格ある漢詩創作については、並ぶものなく、加えて、篆刻については「美術年鑑」「美術家名鑑」等で、常に最上位に評価されている。

朝日新聞社社印をはじめとして、近衛文麿旧公爵、吉田茂元首相、岡部旧子爵、徳川旧公爵、
酒井旧伯爵、松平旧子爵、浅野旧侯爵、三井家等、政財界人著名人の印刻に数多くの絶品を残している。
特記すべき代表作は「百寿図」で皇室に献上の栄に浴した。

 近年は「揮毫寶鑑」(1978)を刊行。
また、1991年10月に北京の天安門広場に面した中国革命歴史博物館で書道展を開催し、1994年9月には
台北の国立国父紀念館で個展を開催するなど、国際的に活躍している。」と書かれています。

お花は、菖蒲です。

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お菓子は、むらかみの「なでしこ」です。

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今回は、食籠を新しく買いました。

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蓋の裏も綺麗に描かれています。

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今回から、NさんとKさんは、とうとうお点前の稽古を通しで始めました。最初は、ドタバタでしたがなんとか薄茶が点てられました。まだまだ先は長いようです。がんばりましょう!

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ワインを楽しむ会

久々のヴィアーレ大阪の「ワインを楽しむ会」です。今回はイタリアワインを楽しむ会。講師はJ.S.A認定シニアワインアドバイザー 中村 彰氏。

中村氏の講演で覚えているところは
イタリアは、世界2位のワイン生産国。なんと第1次世界大戦の戦勝国。16の州と独立国、それぞれが独特のぶどうを栽培しているそうです。

中村氏は、有名百貨店でワインの仕入れを担当していたとのこと、実践的な話が聞けそうです。食事の準備ができています。氏のお話とワイン、そして食事と最高の組み合わせです。

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試飲のワインは、ガヴィ(白)とキャンティ クラシコ(赤)。
ガヴィは、トリノ、フランスとの国境、ティエモンテ州のワインです。

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このワインは、甘すぎず。適度な酸味があり。とても飲みやすいワインです。

前菜が運ばれてきました。

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スープは、今の気候に合わせた良く冷えたスープです。

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次は、キャンティ クラシコ、赤ワインです。

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キャンティ クラシコはトスカーナの産、イタリアワインで一番有名だそうです。黒ブドウに白ブドウを10%混ぜる。飲みやすく香りがいいそうです。

フランス人はおいしいワインは輸出して、そうでないワインは自分で飲む。イタリア人はおいしいワインは自分で飲むそうです。いかにも、ありそうです。

キャンティは有名なブランドになったので、数多く生産され安めのワインも多くなったので、ブランドの再生のために、クラシコができたそうです。

魚料理が出てきましたが、写真を撮り忘れました。すみません。
次は、肉料理です。

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そして、デザートです。

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質問タイムに、シャンペンの製造方法について質問すると、丁寧に答えていただきました。

ワインを楽しんだ一日でした。

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お茶の勉強会、五月

五月のお茶の勉強会です。もう六月に入ってしまったので。慌ててアップしています。

五月からは、風炉です。半年ぶりに風炉を出しました。

茶室の掛軸は、大徳寺塔頭小林太玄老師直筆の掛軸です、「白雲自去来」と書かれています。

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「白雲自去来」とは、掛軸倶楽部によると、『禅林句集』 にある五言対句 「青山元不動。白雲自去來。」(青山もと不動。白雲自ら去来す。)の一句で、白雲は妄想や煩悩などの例えで、雲が次から次へと湧き起こり去来しても、山は元の姿のままそこにあるように、人間は本来の仏性があり、これに気づくなら煩悩や妄想の雲に惑わされることはないとのこと』だそうです。良い状態です。

また、大徳寺塔頭小林太玄老師は。Webio辞書によると『昭和13年(1938)奉天生。6才のとき出家し、花園大学卒業後相国寺僧堂の大津櫪堂に参禅。昭和50年大徳寺塔頭黄梅院住職に就任した。 』と書かれています。

お花は、紫陽花です。

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待合の掛軸は、細合喝堂先生の作です。兜の絵と「薫風自南来」と書かれています。作品状態は、 紙本肉筆です。本紙、表装共に良好(美品)です。  桐共箱付  軸丈 縦 125㎝×幅 60㎝ 

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細合喝堂先生の略歴は、『茶道具 翔雲堂』のHPによると
大徳寺塔頭龍源院 住職。   細合の読みは「ほそあい」と読むそうです。 龍源院は、大徳寺の塔頭の中で一番古く、 仏恵大円国師を開祖として、 能登の畠山義元・周防の大内義興・豊後の大友義親が創建したようです。
龍吟庭・東滴壷・阿吽の石庭などの庭が知られるとか。 
方丈前の石庭は昭和末期に細合喝堂和尚の監修の元、造られたそうです。


また、このお軸に書かれている禅語、「薫風自南来」は、5月の定番といわれるほど、昔から茶人の間で好んで掛けられています。意味は、爽やかな5月の風を感じればよいことですが、やはり禅語です。もっと深い意味があります。

唐の文宗皇帝が、「人皆苦炎熱 我愛夏日永」(人は皆炎熱に苦しもうと、我は夏日の長きを愛す)と吟じたそうです。すると、近習の文人が「薫風自南来 殿閣生微涼」(薫風、南より来る 殿閣微涼を生ず)と二句をつけ一躍有名になったそうです。

風炉は、「宗勝風炉」です。


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宗勝風炉の栞によると
今を去る三百五十年前、慶長年間に加賀藩主前田利長が高岡に築城して、城下の興隆繋栄を計る為に鋳物師を招き、種々の鋳物をさせたのが、今日の高岡銅器隆成の始りであります。藤田家は藤原氏の後裔で、もと河内国丹羽郡にで、勅許御鋳物師として栄えておりましたがヽ高岡に招聘せられて利長公より鋳物師として居、屋敷を拝領した(御印地)所謂七人衆と称せられる家柄であります。其の後代々加賀藩の庇護の下に銅器鋳造に励んできました。

当代、宗勝(勝犬郎)は連綿とつヾいた業を取け継いで、種々の美術銅器を鋳造致しております。
中でも唐銅風炉は多年の伝統と技術を生かして造ったもので、茶事の作法に適うよう細部にわたって緻密な仕上げをなしてありしかも、高雅な風格ある独自の芸術的な趣は、常に茶道の諸先生より好評を受け広く愛好せられております。
又、唐銅火鉢、瓶懸は勝印として世に知られております。

と書かれています。

家内が、今回から「茶巾絞り」の稽古を始めました。以前の「袱紗捌き」も難しかったのですが、今回もパニックです。(お茶の達人の方から見ると呆れられそうですが)
家内は、キレキレです。なんと覚えの悪い人達かとあきれ返っています。

なんとかこなして、飲み会になだれ込みます。お点前は、まだまだ遠い。


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美山かやぶきの里で行われた放水訓練を見に行きました。

題して
「1年に2度だけの行事!今回は日曜日出発!
美山かやぶきの里一斉放水と初夏の5つのフルーツ食べ放題!」です。

いつもはテレビでしか見れない放水訓練が見えるということで、喜んで申し込みました。家内は「それがどうしたの」という雰囲気です。でも、フルール食べ放題に引かれてます。

梅田から出発。今回は川西出発がキャンセルになったので、申し込みが遅く前席オプションを張り込みました。なので一番前。新御堂から新大阪、さらに千里中央にもよりました。添乗員は、中年男性、博学のUさん。ネット申込み特典でお菓子をもらいました。キャンセルになっても、同一人物が申し込みと申し込みした時点のデータで座席が決まるのですが、今回家内に代わって私がネット申し込みの特典が欲しくて申し込んだので、前席オプションを追加したのですが、特典のお菓子は500円とはいかずです。

中環から名神、京都縦貫道、南丹SAで弁当積込。トイレ満員で、日吉PAに行く。ここで、トイレ休憩。今回多くのバスが美山に集結するので、そこらじゅうのSAのトイレが満員です。

出発後、バス内で弁当を食べます。現地ではとても食べれそうにありません。そうこうするうちに美山に着きました。美山は何度も来ているので、家内は優雅にお茶屋さんで、コーヒーです。私は、日頃見れない放水銃を見学に行きました。

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真ん中の赤いものが放水銃です。なkなかの迫力です。
1時半から、サイレンが鳴って、いよいよ放水訓練が始まりました。

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かやぶきの里なので、火に弱い!なので、年に二度、放水訓練行います。なかなか見事です。

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四の五の言ってた家内も見てます。
動画はこちら 


放水訓練は5分ほどで終了。篠山に向かいます。
篠山玉水到着して、お待ちかねの「フルーツ食べ放題」です。家内の食べっぷりは見事です。「ダイエットはどうしたの?」とは聞けません。

下の写真は今、改名を考えている篠山市役所です。

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市内の酒蔵「ほろ酔い城下倉」で、試飲してお酒を購入して帰ります。
なかなか見れない放水訓練を見れて、フルーツを食べて、お酒を買っていい一日です。


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