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<北辰一刀流道場玄武館跡>
神田東松下町にある旧千桜小学校が玄武館跡地になっている。
玄武館は千葉周作によって開かれた北辰一刀流の道場。神道無念流の練兵館、鏡新明智流の士学館と並び、
幕末江戸三大道場の一つとして名を馳せた。山岡鉄舟、清川八郎、海保帆平、藤堂平助、山南敬助などが門人。
玄武館の西隣には東條一堂の瑶池館が
あった。瑶池館は漢学の塾で、玄武館
同様に流行った。現在は跡形もないが、
当時当地にはお玉ヶ池があり、その周辺
には玄武館、瑶池館以外にも梁川星巌の玉池吟社、佐久間象山の象山書院などの私塾が開かれており、学問や剣術を志して上京した若者たちはここに集った。
<お玉ヶ池種痘所跡地>
安政五(1858)年五月七日、幕臣川路聖謨の屋敷内で伊藤玄朴、箕作阮甫、竹内玄同といった蘭学者たちが、種痘所を開いた。この種痘所はわずか半年後、火災で焼けてしまったため下谷和泉橋通りに移った。のちの西洋医学所であり、東京大学医学部の前身である。
岩本町3丁目の交差点には記念碑がある。
お玉稲荷
現在の岩本町2丁目一体にはお玉ヶ池という
上野不忍池より大きな池が江戸初期から
あった。池のほとりに茶屋があり、お玉という
娘が働いていた。いつしか二人の男に求婚
され、悩んだ挙句身投げしたということから
お玉ヶ池という名がついたと言われている。
幕末のお玉ヶ池周辺には梁川星巖の玉池吟社、市川寛斎の江湖詩社、大窪詩佛の詩聖堂、東条一堂の瑶池館、佐久間象山の象山書院、千葉周作の玄武館、磯又右衛門の柔道道場など学塾、道場がひしめいていた。
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東京都千代田区
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