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先日出張で行った時に何気なく大通公園にある黒田清隆の像をiphoneで写メった。札幌に約5年間転勤で住ん
でいたが、大通公園に薩摩藩出身の黒田清隆の像がなんであるのか兼ねてから疑問を持っていた。
彼の経歴やエピソードはちょっと凄すぎるので簡単に説明しよう。
・薩摩藩出身で西郷隆盛に従事する。
・有名な生麦事件で抜刀した人を止めようとしたが間に合わなかった。
・西郷と長州の桂小五郎を対面させ薩長同盟を成立させた実務者。
・戊辰戦争で北越、宮古湾、函館と歴戦する。
・西南戦争従軍。
・北海道初の知事に任命。屯田兵を作る。札幌農学校(今の時計台)を作る。
・第2代内閣総理大臣に任命される。
経歴を見ると文部両道だが、黒田自身はどちらかというと情が厚く、頭で考えるよりも体が先に動くタイ
プだったらしい・・。そして黒田清隆といえばやはり酒だろう。いわゆる酒乱なのだ。酔っぱらうと刀を振り
回すことはしょっちゅうで、明治9年には北海道小樽沖を軍艦で航海中に酔っぱらって大砲を崖に向かっ
て打ちまくっていたが、その一弾が高島村に落ち、村の娘を一人殺害してしまった。そして極めつけは何
と言っても有名な妻殺害疑惑だ。
明治11年、酔っ払って自宅に戻った黒田は、妻の清から当時黒田が懇意にしていた芝神明の芸者との
仲を恨んだ小言を散々聞かされて、しばらくは小言を黙って聞いていたがいつまでたっても尽きない小言
に逆上した清隆は、居間から日本刀を取り出すと袈裟懸けに妻を切り倒してしまったのだ。
同じ薩摩閥の川路大警視から薩摩閥の重鎮大久保利通に報告が上がり、大久保は
「黒田はそんなことするわけがない」と同じ同郷のよしみもあり事件をもみ消した。結局妻は病気で死ん
だとされるが、真実は不明だ。翌年にその大久保利通は島田一郎に惨殺されるのだが、斬刊状にこの
黒田の妻殺しの事件も書かれているのだ。真相はどうであれ、酒から招いた大きな惨事になってしまっ
たことは確かだ。北海道でももっと評価されてもと思うのだが、こういう裏事情があると思うと納得せざる
おえない。大通公園の黒田清隆像。ほとんどの札幌市民の人は誰なのか知らないんじゃないのかな?
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東京都品川区
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