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<三光院>
三光院は昭和9年に創立された釈迦如来を本尊としている尼寺。
三光院の植栽の中に山岡鉄舟先生之碑と刻んだ石碑が建てられている。
新門辰五郎の紹介で侠客小金井小次郎と親交があり、請われて墓碑銘を書いている。
鉄舟は小次郎と小金井をよく散策した。小次郎の斡旋で土地を購入した場所が三光院のある場所だ。
晩年の鉄舟が住処とするつもりだったのだろう・・。
三光院は精進料理を出すことでも有名。
初代住職が財政難に陥った院の窮余策
として始めたのがきっかけだとか。
山岡鉄舟先生之碑
<江戸東京たてもの園>
東京都所有の江戸東京博物館の分館として平成5年に建立された。
現地保存が不可能な歴史的建造物を移築し、展示している。
入場料400円。
園内ボランティアガイドは無料。
三井財閥代11代当主邸宅。
明治30年建築。
高橋是清邸。
二・二六事件で是清が惨殺された2階の
部屋も移築されており、又、映画「千と千尋の
神隠し」の千が住んでいた部屋のモデルとされている。
安政2年に建てられた台東区下谷に
あった居酒屋鍵屋。
江戸時代から実在した居酒屋が忠実に
移築されている。ちなみに鍵やは現在も鴬谷で6代目が営業している。
八王子千人同心組頭の家。
旧宇和島藩伊達家の門。
旧宇和島藩伊達家が大正時代に東京
に建てた屋敷の表門。伊達家の木彫りの
家紋が施されている。
自証院霊屋
上野戦争で輪王寺宮(北白川宮能久親王)は彰義隊に担がれ、寛永寺から三河島、浅草に逃げ、市ヶ谷の自証院に匿われた。自証院で10日程過ごし、仙台に向かい、奥羽列藩同盟の盟主になった。
自証院は戦災で焼き尽くされたが、慶応5年建立の霊屋がここに移築されている。
午砲
水戸藩主徳川斉昭の命により造られた青銅砲である。明治四(1871)年からは皇居内旧本丸に移され、毎日正午になると時を報せる空砲が打たれた。昭和四年(1929)にサイレンに変わるまで五十年以上活躍した。
歴史的建造物が現存する可能性は極めて低い。関東大震災、先の戦争での東京大空襲、そして遺産相続の問題をかいくぐった建物がこうして保存されていることは大変喜ばしいことである。
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東京郊外
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