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本棚の奥から、文部省が昭和24年に発行した中等国語の教科書がこぼれ落ちた。
戦後間もなく、まだ市街地には戦禍の傷跡が生々しく残っていたころである。子供たちに寄せる新生への意欲が、行間に満ちている。 その中の、詩一編。 『福士幸次郎 』「太陽の子」 自分は太陽の子である。 まだ燃えるだけ燃えたことのない太陽の子である。 今口火をつけられている。 そろそろくすぶりかけている。 ああ、この煙がほのおになる。 自分はまっぴるまの明るい幻想にせめられてやまないのだ。 明るい日光の原っぱである。 ひかり充ちた都会のまん中である。 みねにはずかしそうに純白な雲が輝く山脈である。 自分はこの幻想にせめられて、 今くすぶりつつあるのだ。 黒いむせぼったい重い煙を吐きつつある。 ああ、ひかりある世界よ。 ひかりある空中よ。 ああ、ひかりある人間よ。 総身目のごとき人よ。 りこうで健康で力のあふるる人よ。 自分は暗い水ぼったいじめじめした所からうぶ声をあげたけれども、 自分は太陽の子である。 燃えることをあこがれてやまない太陽の子である。 日本が、生まれ変わろうとしていた頃の教科書である。 テレビも洗濯機も冷蔵庫もなかった。駅前広場に闇市が軒を並べていた。 映画館は劇場と呼ばれ、石坂洋次郎原作の青春映画「青い山脈」が上映されて大ヒットになった。 アメリカ軍の占領下にあった今から60年前のことである。 青い山脈 若く明るい 歌声に 雪崩れは消える 花も咲く 青い山脈 雪割桜 空のはて 今日もわれらの 夢を呼ぶ 父も夢見た 母も見た 旅路のはての その涯の 青い山脈 みどりの谷へ 旅を行く 若いわれらに 鐘が鳴る 雨に濡れてる 焼け跡の 名も無い花も ふり仰ぐ 青い山脈 輝く峰の 懐かしさ 見れば涙が また滲む 古い上着よ さようなら さみしい夢よ さようなら 青い山脈 バラ色雲へ あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く 青春のパラダイス 晴れやかな 君の笑顔 やさしく われを呼びて 青春の 花に憧れ 丘を越えてゆく 空は青く みどり萌ゆる大地 若きいのち かがやくパラダイス ふたりを招くよ 囁くは 愛の小鳥 そよ吹く 風もあまく 思い出の 夢に憧れ 丘を越えてゆく バラは紅く 牧場の道に咲く 若きいのち あふれるパラダイス ふたりを抱くよ 花摘みて 胸にかざり 歌ごえ 高くあわせ 美わしの 恋に憧れ 丘を越えてゆく ゆらぐ青葉 白き雲は湧きて 若きいのち うれしきパラダイス ふたりを結ぶよ 岡晴夫の甘い歌声は、軽快なメロイディに乗って焼けトタンの街に響き渡った。 戦後2年目の夏のことである。 当時、「山の彼方に」憧れた青年男女は、いまや八十路の坂をくだっている。 「丘を越えて」夢みた「幸せ」とは、一体なんだったのか。 山のかなたに 山のかなたに あこがれて 旅の小鳥も 飛んでゆく 涙たたえた やさしの君よ 行こよ みどりの尾根越えて 月をかすめる 雲のよう 古いなげきは 消えてゆく 山の青草 素足でふんで 愛の朝日に 生きようよ 赤いキャンプの 火をかこむ 花の乙女の 旅の歌 星がながれる 白樺(しらかば)こえて 若い時代の 朝が来る 山の彼方(かなた)に 鳴る鐘は 聖(きよ)い祈りの アベ・マリア つよく飛べ飛べ こころの翼 光る希望の 花のせて 青春という言葉の、なんとみずみずしく、晴れやかなことか どこか遠くで、鐘が鳴っている。 |
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「日本が青春だったころ」はいつなのかはまだ理解できませんが、
「国破れて山河あり」は遠い記憶の片隅にあります。
いつまでも若い気分でいるのですが、先日久し振りに結婚式に出席して、
ハイテク技術に驚きました・・・
時は、刻々と過ぎているのですが、いつの日も大切な時は色褪せないものですね。
2009/2/22(日) 午後 10:41 [ ももりん ]
笠田さん。■長く続いた暗い戦争が終わったとはいえ、戦塵にまみれ貧窮のた焼け野原から「青い山脈」のうたが生まれました。限りない繁栄と成長を求めて山の彼方を目指したあの若者たちは、いま何処へいってしまったのでしょう。疲れ果て老いて行く国を見るのは辛いことです。今はまさに時代の大転換の時。「国破れて山河あり」。極寒の冬もいつかは去って、春は再びめぐり、青春もまた甦るに違いない。そう信じています。
2009/2/25(水) 午後 10:50