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妹が亡くなって2週間が過ぎた。
いつも、兄さん、兄さんと世話をやいてくれた横顔がいとおしい。
友達がいっぱい集まって別れを惜しんでくれたよなぁ。
頼まれれば、自分のことを勘定にいれず、尽くしてくれた妹よ。
今頃は、どこをどう歩いているのだろう。
ひとりぼっちの、冥土の旅は淋しかろうなぁ。
友達の農園に手伝いに行った。初夏の日差しは強く、連日35度を越える 熱暑の日が続いていた。早朝からの作業を終えて、自宅にくつろいだ昼下 がり、浴室で汗を拭っていた最中に倒れた。くも膜下出血だった。
およそこの世のことでで、いつまでも変わらず、あり続けるものはなにも ない。形あるものは、いつかは壊れていく。諸行無常は浮世の道理と承知 はしているものの、突然の別れに言葉を失った。
無念だったと思う。去年の秋に待ち望んでいた初孫が生まれた。可愛い女の子だった。いつもと変わらぬ日々の暮らしに、まぶしく輝く新しい生き甲斐が生まれた矢先だった。携帯電話の待受け画面に頬づりしながら、日々の成長を喜んでいた姿が眼に浮かぶ。
今日は、お盆さんを迎える菩提寺の清掃会に出かけた。お前がいつもそ うしていたように、門前のお地蔵さんの頭巾とお前掛けを新しくして祈った。
お父さんやお母さんが待っている冥土まで、道中無事に連れて行ってお くれ。そして、伝えておくれ。真面目に一生懸命、がんばって生きてきたと。
妹よ。思い切り泣くがいい。この世で出会ったすべての出来事を、そして、どんなに辛抱してきたかを話すがいい。母さんの膝にすがって泣くがいい。耳を傾けながら、お父さんは黙って優しく背中を撫ぜてくれるだろう。
熱い涙で洗い流した寂静の涅槃で、安らかな眠りについておくれ。生きている間、お前のことは決して忘れやしない。
百日紅の梢でミンミン蝉が、しきりに鳴いている。
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今日の出来事あれこれ
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山峡の盆地の街に梅雨の季節がやってきた。
住宅地の中に点在する田圃に水が入り、いつの間にか早苗が植え渡されている。もともと田園地帯だったこの地域に、都心から人々が移り住んでから間もなく半世紀になろうとしている。開発されて都市公園にになったこのあたりは、かって志麻の荘といわれた有数の穀倉地帯であった。
夕暮れの遊歩道に、犬を連れた常連の年寄りたちが集まってくる。水田から風が立ち、古墳の丘に添って流れていく。一日が静かに終わり、何事もなく、すべてが記憶のなかの風景に溶け込んでいく。
夜のTVニュースを眺めていたら、日本柔道連盟の古参理事が、エレベーターの中で若い女性にセクハラした容疑で、業界から永久追放になったという。「それがどうした」といったら、それで話が途切れてしまい、家人からイヤねと睨まれた。陽が昇り陽が沈む。ただそれだけのことである。
亡き王女のためのパヴァ−ヌ / ラベル(Pavane pour une infante défunte/Ravel)
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縁側のガラス戸越しに黒い影が飛び交って、消え残った残雪の庭の餌台に山の鳥たちがやってくる。いつもは小雀の親子の食事場所なのだが、この時期の里山はまだ凍った雪に覆われているので、普段はあまり見かけない奥山の住人たちがこのあたりまで出張ってくる。
なかなかの大食漢で、メインのパンくずはもちろん、賞味期限の過ぎたヨーグルトやバナナやりんごの切れ端なども、喉を鳴らしながらさっぱりときれいに平らげていってくれる。食卓に並べる朝食の準備が遅れたときなど、頭上の電線に行儀よく並んで、奇声をあげて催促する。常連の雀の家族たちといえば、お客さま最優先とばかりに軒先の屋根に群れながら、ことの成り行きを眺めているばかり。待ちきれない二三羽が灯篭の上に舞い降りてきて何か叫んでいる。
冬の陽は、南天の小枝をあたためながら移ろっていく。葉っ端の上の雪解けの雫がゆっくりと膨らんで縁側に小さな水溜りをつくっている。たっぷりと水を吸って暖められた黒土の下から、春を待ちかねる生き物の息吹が聞こえてくるようだ。どこかに置き忘れた昔のドラマを思い出すように、懐かしくぼんやりと箱庭の情景を眺めている。
春よこい、早く来い。
過ぎ去った一年365日を重ねあわせて透かして見れば、一枚の絵が浮かび上がってくる。家族みんなで賑やかに食卓を囲んでいる情景だ。春夏秋冬と季節は変わり、いろいろなことがあったけど、幸せの記憶はとどまるところ家族団欒の食卓以外になにもない。
「世の中は、食うてハコ(糞)して寝て起きて、さてそのあとは死ぬるばか りよ」と呵呵大笑する一休禅師の声が聞こえてくる。
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師走も残り少なくなった日曜日。末っ子の最後の学園祭があった。園児たちの元気な姿に胸の底が熱くなった。ここは幻想の花園である。せこせこした世間のくびきから解き放された自由な空間がひろがっている。
こころの垢が洗い流されていく。ありがとう。いい日、一日。
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失くしものをした。
家人の使いで郵便局に出向く途中で、預金通帳と現金がはいった封筒が煙のように消えうせた。郵便局のカウンターで肩にかけたポーチを開いて、おもむろに入金の手続きをしようといたとき、はっとした。そこにあるはずの封筒が見当たらない。落としたのか。いや、ことによると家に忘れてきたのかもしれない。咄嗟に机の上に置き忘れたままの白い封筒が眼に浮かんだ。南無三頼むよとばかり愛用のバイクにまたがって再び来た路を引き返した。片道15分の距離である。
「あった!」と叫ぶ歓喜の期待は見事にはずれ、念のため机の下や引き出しの奥まで探したがあろうはずがない。すぐさま取って返して沿道の隅々まで目を光らせてみたがすべて徒労であった。 封筒には住所氏名が印刷してある。拾った人の善意に縋るしかないかと俯く足元から、晩秋の肌寒さが這い上がってくる。人影のない公園のベンチにボンヤリ座って、あれこれとこれまでの経過を反芻してみる。暮れなずむ陽の影が長く斜めに差して、残照に桜の紅葉がしきりに舞い落ちている。
とりあえず交番に届け出て、その足で郵便局に廻り、預金通帳の廃棄処分の手続きを済ませた。足取りが重く、まるで元気がない。交番の人が、私も年金生活者ですから事情はよくお察ししますと慰めの声をかけてくれた。
歳をとるということはこういうことなのか。とっくに歯が駄目になり耳が遠くなり、目がかすんできている。とうとう頭もボケてきたのか。人は生まれて、生きて、やがて死ぬ。いく川の流れの如く、日ごとに冥土への道を行くのだと教えられてきた。いよいよゴールが近くなってきたということであろう。
一部始終を家人に話した。信じられないだろうが、今でも魔法のように消え失せたとしか言いようがないと愚痴ったら、彼女は笑って受け流して「大難の前の小難。大事になる前の厄落としをしたと思えばお安いモノでしょう」と言った。やせ我慢だろうが諦めも早い。
加齢によって細胞は老化し、日ごとに記憶力は減退し注意力も散漫になる。これは明らかな事実である。この現実をありのままに認めて、すべてをそのまま受け入れようと思う。進み行く老いと二人三脚で、共存共栄の暮らしを楽しもうと思う。オレは今日から「大老人」になるぞと宣言したら、老人ボケを看板にしないでねとたしなめられた。
西山の稜線をオレンジ色に染めて夕日が落ちていく。かくして今日の一日は足早に過ぎ去り、明日はまだ、おぼろに霞む空の彼方にまどろんでいる。
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