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鎌倉の円覚寺の僧堂を訪ね、和尚さまから観音さまのお慈悲についてお話を伺った。山内の静寂な霊気に包まれた晩秋の陽が、白い障子ごしにお堂の天井にに映っている。どこからか、ほのかに香の匂いが流れてくる。
この世に生まれてきた不思議さに思いを馳せて祈った。両親の慈しみを思い、今ここにある命の尊さに手を合わせて祈った。
生かされて生きてきたこれまでの日々に、お世話になり、おささえていただいた多くの人々とのご縁のおかげさまを思い、ありがとうございましたと、感謝のこころを込めて祈った。
歳を経た山門の老松の梢の上に、澄みわたった青空が広がっていた。 創建700年の遥かなときの流れと、そのうねりのただ中に、連綿と命を繋いで生きてきた人々の暮らしを思った。勤行の鐘の音は、今の世に、なにを伝えようとしているのだろうか。
妙香池(夢窓国師の築庭)遺構
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「風太郎」旅日記
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鎌倉の建長、円覚の古刹を訪れ油壺に宿をとった。
城ヶ島の岸壁で女の子が竿を投げていた。やわらかい晩秋の陽があたりをつつみ、潮の香りが風にのって埠頭の小旗をなびかせている。
横須賀で軍港めぐりの観光船に乗った。ねずみ色の艦船が停泊していた。尖閣諸島の領有権問題で国論がゆれている。現実の戦争を知らない世代が人口の75㌫を越えたと新聞にでていた。
なにごともなく平凡に過ぎていく当たり前の暮らしが、ないものにも代えがたく有り難く尊いものであるかを、東日本大震災の家族の苦悩が教えてくれている。かって若い青年たちは「愛国」と朱書した鉢巻を締めて、死を賭してこの国に殉じた。夢見たものはなんだったか。
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越後の古湯、大湯温泉をたづねた。山あいの奥只見湖の観光を兼ねている。いつまでも続く長いトンネルを抜けると一気に視界が開けた。その昔、銀の発掘でにぎわった銀山平というところから観光船に乗った。南に高山が聳え、その向こうは尾瀬沼である。紅葉の最盛期には少し間があると見えて観光客の姿もまばらだ。
よく晴れた秋の陽がまばゆく湖面に散って、深山の霊気がしずかに湖面を渉っていく。長いお付き合いの女友達と逢うことになっている。そのことを想っている。 校舎の窓ガラスに晩秋の陽が滲んでいる。あのひとが好きだといったショパンのピアノ曲が聞こえてくる。駅のホームで立ち止まり、小さく別れの手を振った白い横顔がおぼろに霞んでいた。
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今週のはじめに、伊豆海岸から三浦半島を旅した。好天にも恵まれ、すべてがとても幸運な旅だった。帰った日の翌朝から小雨が降り始め、今日はこの地方を大型台風が襲っている。
テレビの画像が撃ちつける波濤と風雨のすざましさを映し出している。この荒れた天候の中で旅するとしたら、どんなことになっていたのだろう。明日のことはわからないけれども、そこにはそれなりの生き方や楽しみが生まれてくるのかも知れないなどと思い巡らしている。
軒先を叩く雨足を聴きながら、旅先で写した思い出写真を眺めていると、つい昨日のことが、はるか彼方の出来事のように思えてきてならない。
沼津の港湾に隣接する魚河岸で、自慢の海鮮バイキングの昼食。
新鮮で豊富な魚介類のバーベキューが自慢。握り寿司、潮汁、飲み物やデザートも並んで食べ放題。
ここを目当てに観光バスでやってくる団体も多いとか。若者達の往来で、この界隈は終日賑やかだ。
伊豆の稲取温泉の旅館。ラウンジの展望ルーム。目の前に駿河湾の眺望。
七里ヶ浜から稲村岬にかけての湘南海岸のルート沿いには 、洒落たレストランが軒を並べている。
おだやかな午後の陽射しが、目の見渡すかぎりの海原の上に散っている。ブルースカイと紺碧の海。
鎌倉の大仏さんと出会ったのは、確か小学校の修学旅行のときだった。お土産に小さなミニチュアを買ったのを覚えている。八幡宮の甍の上に浮かんだ白い雲も、やしろの杜の梢を流れる風の音も昔と少しも変わっちゃいない。 わかっていることがひとつある。今日一日、精一杯しっかり生きていかなければ、死ぬときに、しっかり死ねないということだ。
さて、新しい明日には、どんな展開が待っているのだろう。 |
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京都での会議が終わった午後6時。誘われて今日が最後だという貴船の川床に出かけた。
鞍馬山と貴船山が迫っている川沿いの道は、人家の灯もまばらな昇り坂である。タクシーの運転手はさすがに馴れたもので、すれ違いの車をよけながら事もなげに昇って行く。やっがて漆黒の闇の中に煌々と灯をともす一叢が見えてきた。京の貴船の茶店の集落である。
川床(かわどこ)は納涼床である。貴船川に差し渡した舞台が設えてあり、赤い提灯が連なっていて、両岸から覆いかぶさるような古木の枝を照らしている。岩を噛んで水しぶきをあげている川面には、上流から降りてくる山の冷気が通りぬけていく。
「寒い」と、思わず友人が声を上げた。真夏日の川床の情景が目に浮かぶようだ。こんなところに涼を求めて、京料理を堪能するなど、いにしえの都人たちは、なかなか高級な趣向を思いついたものだなぁと感じいっている。絣の着物に赤いたすきをかけた可愛い女の子が羽織を着せ掛けてくれた。
自慢の鱧料理に熱燗で差しつ差されつ、天麩羅鍋を囲む。対岸の奥座敷から三味の音が聞こえてくる。酷暑を逃れて賑わう真夏の川床もいいが、人影まばらな初秋の川床も、なかなかのものである。
山あいの空に、煌々と秋の月がでている。
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