「ただし」のブログ 「 あの日、そのとき」。

自分探しの旅路。お付き合いいただき、ありがとうございます。

時代の箱舟。

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私は、いま何処にいるのか。

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世はすべて事もなし。

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11月3日。文化の日。晴天。
 
 家中の戸を全て開け放し、家族総動員で大掃除をする。
めぐる山並みは紫紺の稜線を連ねて、太陽は中天に輝いている。
 
 念を入れて磨き上げた風呂には、湯気をたてて屋根の上の温水器のお湯が満たされている溜め込んだ書類の整理も大方片付いた。夕餉の仕度の台所からは家人の鼻歌が聞こえている。テレビでは六大学野球の早慶戦がはじまった。 ゆったりと炬燵に陣取って、いただききものの羊羹をつまみながらコーヒーを飲んでいる。                             
 
 秋の叙勲で、女優の田中裕子さんが紫綬褒章を受賞した。喜びの感想を聞かれて、「相変わらず」を「ありがたい」と思う日々を重ねたいとコメントした。すっきりとした、とてもいい言葉である。
 
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世はすべて事もなし。
 
 
 
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  尖閣湾での衝突事故から端を発した中国国内での排日デモ。ロシアのメドぺージェフ大統領の北方領土訪問。経済界の武器輸出三原則の見直しなどの声に背中を押されて、「平和ボケ」「弱腰外交」「国益」などという言葉が声高に聞こえてくる。時に合わせて、産経新聞出版から、前航空幕僚長の国母神敏雄が「中国にもアメリカにも舐められないために」などという本を刊行したりしている。
 たしかに「ロシア大統領がロシアの領土を訪問してなにが悪い」などと嘯かれては、日本人としてカチンときても不思議はない。映像証拠に明らかなように、わが国の監視船に故意に衝突した犯人の中国船の船長は、あちらでは「英雄扱い」なのだそうだ。道義を重んじて下手にでれば付け上る理不尽なやりかたに「馬鹿にするな」「なにくそ」と思うのは人情であろう。
 
 先輩の古老が、昭和のはじめの二、二六事件の頃に似ているとぼやいた。 海上自衛隊が沖縄沖でミサイル迎撃訓練をしたり、米国との軍事同盟のもとで南シナ海の警備を増強したりするのをみていると、なぜかどこからか「硝煙のきな臭い匂い」がするといった。                         長引く不況、世界経済のいき詰まりもあの頃の状況に酷似している。誰かが、ひそかに戦争を仕組んでいるのではないか。現に、米国、中国、ロシヤは、地球規模の破壊力を持つ核兵器をいまだ平然と生産し続けている。 「憂国」という言葉は危険な両刃の剣だ。使いようでは国を滅ぼす。ここは忍耐と我慢だ。かって満州の原野で悲惨な戦争に挺身した老兵のことばが身にしみて聞こえてくる。
 
なにもせず、手をこまねいたま、このまま黙って流されていっていいのか。
平和憲法の前文を読み返している。
 
 
 
「青年日本の歌」 

狂気の夏。

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 いまから65年前、この国はアメリカと戦争をしていた。
サイパンの空軍基地から飛び立ったB29戦闘爆撃機は、富士山を目標に編隊を組んで飛来し、御前崎の上空を右旋回して、東京や京浜の主要都市に無差別攻撃を続けていた。なにもかも跡形もなく焼き払う皆殺爆撃である。
 
 この盆地の城下町も例外ではなかった。この年の7月、七夕の夜にけたたましく空襲警報のサイレンが鳴り響いた。200機の編隊で来襲した爆撃機のうち、80機が進路を変えてこの地方都市に襲い掛かった。無防備の街はひとたまりもなかった。黒焦げになったビルの残骸を残して、あたり一面、すべてが一夜の内に灰燼に帰した。死傷者2、180名と記録にある。
 
「本土決戦」「一億玉砕」のときが近づいたのだ。
すでに沖縄は、米機動部隊によって焦土と化し、死者9万、民間人15万人が戦火に飲み込まれた。ドイツは連合国へ無条件降伏し、日ソ不可侵条約を無視して、ソ連軍は満蒙国境をこえてなだれ込んできた。日本本土が、沖縄と同じ運命をたどることは誰の目にも明らかだった。それでも時の政府は国民の前で絶叫した。「われわれは戦争完遂に邁進する」。
 
 敵前上陸に備え、海岸線に塹壕が掘られた。動けるものは女も子供も、年よりも武器を取って戦うのだ。玉砕とは、御国のために玉と砕けるということである。死を賭して敵に体当たりすることである。
 おじいさん10歳だった。小学校のことをあの時代は国民学校といった。5年生ともなれば立派な少国民である。お兄さんたちは、少年航空兵として特攻隊に乗り敵艦に突っ込んでいった。その姿を目の当たりに見ている。「後に続くものを信ず」といった言葉が耳に残っている。死んで護国の鬼になると覚悟を決めていた。
 
8月6日。広島にピカドンが落ちた。一瞬にして市民二十数万人が殺された。
新聞に新型爆弾だと載っていた。
終戦の詔勅が降りたのは、それから間もなくのことである。大人たちはラジオの前に正座し、声をあげて泣いていた。今日のように、雲もない青い空に太陽が燃えていた暑い夏の日だった。
 
戦争は「狂気」である。
人々を狂気に追い込んだのは、この国の政、官、財の特権階級である。
 
 
 
 
 
 
 
昭和16年12月8日。日本は米英両国に宣戦を布告した。第二次世界大戦の始り
である。その日は朝から軍艦マーチが鳴り響き、アメリカ海軍最大の極東軍事基地、パー
ルハーバーでの大戦果のニュースに国中が沸きかえった。今から70年ほど前のことである。                       
開戦から3年後の12月8日、2歳を過ぎたばかりの男の子が、ひっそりと死んだ。
敵機、B29の編隊は、昼夜を分かたず本土に来襲し、主要都市は灰燼の中にあった。
みんな食べ物に飢えていた。むろん薬など、あろうはずもなかった。

病室の真ん中に、ベッドが置かれていた。電灯は灯火管制のために黒い布切れで覆
われていた。裸電球の明かりは、真っ暗な病室の中で、死んだ子供の上にだけ、丸く輪を描いてい
た。そのために、子供の顔が、スポットライトを浴びているようにように見えた。木枯らし
が、ごうごうと窓を叩き、母親が声を上げて泣いていた。子供に取りすがり揺すってい
た。生き返ってくれ。

母親は教師だった。若い男の先生は次々に出征し戦場へ行った。教師は聖職者と呼ばれて
いた。心身ともに疲れていた。夜遅くまで学校に居残り、仕事をこなした。自分のことは
次の次だった。

子守の役目は、兄弟の役割だった。
小学校3年生の長男は、幼い弟を乳母車に乗せたまま、いつものように草原で友達と遊び
ほうけた。たちまち冬の陽は落ち、広場には夕闇が忍び込んだ。寒風が吹き始めていた。

母親が帰ってくると、部屋中を駆け回り、絡み付いて大騒ぎして甘える子が、その晩に限
っておとなしかった。三日目に、あっけなく死んだ。医者は肺炎だといった。                              
土葬だった。墓穴に棺を落とすとき、「私が殺したんだ」と母親はいった。
「この子と一緒に埋めてください」。「こんなつめたい穴のなかに、この子を置き
去りにはできない」。
 
 
毎年、終戦記念日が近くなると、このときのことを思い出す。
まるで映画のシーンのように。
鮮明に。
                                    
 

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選択。

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朝食を囲みながら家人が尋ねた。
「きめたの」
「うん」
 
選挙区選挙では、ベテラン議員に新人の女性候補が挑んでいる。
朝刊の一面トップには、写真入りで直近情報が載っている。
「組織力で優位に立ち、3選を目指す現職を、世代交代を訴える若い女性候補が激しく追い上げる展開」なのだそうだ。
「現職、それとも新人の方なの」
「それはいえない」
「ということは、第三の候補って言うことですか」。声のオクターブが高くなる。
「わたしは新人候補。なんていったって32歳の若さを買うわ」ときっぱり。
「純粋で誠実で、一生懸命で人柄がいい」と意気軒昂である。
 
主権在民。いずれ国民大衆が国の将来を決める。                        
本当に決められるのか。最後まで決断がつかない人たちだっているだろう。投票率は前回並みの63〜65㌫だという。
朝食もそこそこに、連れ立って近くの公民館の投票所まで歩いていく。
 
「二大政党が過半数をかけて戦っているんだ。どちらを選ぶにしても、国の行く末や明日の暮らしに直接の影響がでてくる。借金だらけの状態で、これからの年金、医療、介護はどうするのだろう。若さや人柄や好き嫌いで選ぶというのはどうかなぁ」。「それに、去年は民主党、今回は自民党というのも一貫性がなく、任せたといいながら手の裏を返すようで、なんかおかしくはないか」。といいかけてはっとした。     ご機嫌を損ねたら後がコワい。
それにしても、「自分の一票に責任をもって投票できるなんて、あんたは、エライ」。と横顔をのぞいたら、「理屈ではありません。これは女性の勘です」。とにんまり。
そういえば、女性票を握るものが天下を握ると誰かが言ってたなぁ。
 
 
午後は雨になりそうな気配なので、人々の出足も好調なのだという。選挙区選挙の結果は深夜12時ごろには確定する。
 
 
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いずれにしても、選挙結果は、浮動票の行方できまる。
この国は、どこに行こうとしているのか。
国の借金、883兆円。
雨もよいの空は、どんよりと重い。
 
それにしても、なんか暗く重い、この空気はいったいなんだろう。
亡き人を弔うために集まった人々の、空しい儀式のようだ。
 
 
 
 
[メモ] 選挙区(改選数73)に251人、比例代表(同48)に186人の計437人が立候補した。

破壊は一瞬。

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崩れ落ちるときは、かくも無残に儚いものか。



知り合いの旅行会社の社長室の壁に、A4の用紙に大きくタイプされたメモが貼ってあった。

「破壊は一瞬。建設は死闘」

自(みづか)らに問いかける自戒の言葉であろうか。

ご本人は朝から出かけたままでケイタイも繋がらない。


いつなにが起きてもおかしくない修羅場の世界が見えてくる。

不況のあおりを受けてここ2、3年の業績は前年対比15%以上落ち込んでいる。

どこまで落ちていくのか。

仕入れを下回る安売りが恒常化していて回復の見込みがない。

これまで7万円が相場だった沖縄のパッケージ旅行が3万円台を切った。

それでも客足は動かない。

得意先を回っても、旅行どころではない事情が露骨な応対に透けて見える。


なんとかしなければならない。

貯金を取り崩し、生命保険を解約し、従業員の給料を削り、歯を食いしばって凌(しの)いできた。

開業以来25年。雨の日、風の日、これまでの道程(みちのり)にもさまざまな山坂があった。

そこをなんとか頑張ってきた。



息を抜いたらお仕舞いだ。

昨晩の電話の声が耳の底に残っている。




「やればなんとかなる」

「我慢だ」

それでも仕入れ代金の決済日は確実に、着実にやってくる。

原価割れした試算表の向こうに、銀行員の冷ややかな横顔が浮かんでくる。


「惰性は闇。後退は死」

ここでしくじれば、全ての努力も栄光も、家族も暮らしも一瞬のうちに瓦解する。


破壊は一瞬。

どこかで鐘が鳴っている。

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