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あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。
 
 
 オスカー様と呼ばれる男が、一日中、アポにしたがって、リムジンの中で
変装しては誰かになり、リムジンを降りては、何かをしでかすのですが……
 
 
 
 
 
 
 
 
始めは、オスカーがセレブで、道楽しているのかと思っていましたが、違いました^^;
 
 
オープニングから、パジャマ姿のカラックス監督が、夢かうつつか、と言う様子で、
そこにある扉をあける芝居で、始まりました。
 
 
そんな演出という虚構が、現実をよりリアルに見せるのが、
芝居なんだとは思いますが、
この、よくわからなさそう……と言う不安が
強烈な個性のドニ・ラヴァン(=オスカー)に、バトンタッチされていきました。
 
 
作品を、いきなり端折るのもナンですが^^;
次々と別人・変人を演じるオスカーには、人生は舞台だ!的なものもあるらしい
 
 
ですが、このドニ・ラヴァンという、個性のアクでギトギトした、
素晴らしい俳優の手にかかると
人はいくつもの人生を演じる、というのを越えて
もう、自分の人生という舞台からはみ出しちゃって、
人の人生もメチャクチャに
 してるよ〜、という感じ全開で (常軌を逸するのも含む) それはそれで、イイんです!(*^_^*)
 
 
(注:イイと言っても、人格はダメなのあり
白い杖の人を突き飛ばしたり、乙女の指を食いちぎったり という、
前後関係ナシの狂人はボツ。)
 
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 花だけ食べているならまだいい(>_<)    →
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カラックス監督は、実名の(アレックス・オスカー・デュポン)アレックスで、前3作を撮ったことから
今度は、オスカーという別の自分で描き出したいのかな、
などと俗っぽいことを、思っていたのですが
そんなオスカーが、アレックスと呼ばれるシーンもあり
やはり、アレックスに還るのか……とも……^^;
 
 
ここで、ある作家さんの仰ったことを。
それは、いわゆる素人が、を主語に、私小説を書きたがることへの苦言のようでしたが
作家いわく、という個人的な経験と視点で書いても、狭い世界しか書けないものだと。
(それは、私見だから、必ずしもそうとは言えないと思いますが^^;
 
 
私はそれを聞いて以来、
という主語の作品があるときに、個人という狭い世界に落ちないために
その作り手は、どう作っているのだろうか、ということが、無性に気になってしまいます^^;
 
カラックス監督は、本名のアレックス”“オスカーで、勝負する人なら
そこが、とても気になってしまう…^^;
 
 
自分を投影しながらも、自分ではないし、自分だけでもないという人物を
監督の分身のようなドニ・ラヴァンが、自分という殻を、ブチ破るように
演じて、演じて、演じまくる本作!
 
 
そして、
バンドネオンを、激しく演奏するドニには、心踊らされてしまった!
 
これも、脈絡もなく、ましてやインターミッションでのシーン。
オスカーだか、アレックスだか、ドニなのか、
演奏する彼を、なんて呼んでいいのかもわからないシーンに
熱くゆさぶるシーンを、持ってくるのですからねェ………ニクイですよ……
 
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カイリー・ミノーグとは、
ロマンティックかつ、恋の切なささえある......
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
多分、自分=の枠を超えて、ということを思ってみると
さすがに、絶賛の域なんだろうな〜とは思ってみますが
観念的な解釈を要求されるのは、ちょっと疲れますね……>>
 
 
ラストには、
リムジンが、車庫に戻ってきて、ファンタジーなひとこまを見せてくれました。
 
 
それも、古きフィルム倉庫のようだ、との解釈もあるようですが
私は、放っておきます……
 
 
申し訳ありませんが、『コズモポリスともども (←リムジンあり)
クセモノ的な超個性的な作品には、あんまり、ついていけないので
リムジンには、ちょっと、トラウマになりそう……
 
 
個人的には、『ポンヌフの恋人のような、個人の物語をしっかり見せてくれる作品を
私は待ってるぜ、と思います。 ^^;
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