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**☆(yutake☆イヴのモノローグ)☆**
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↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。
 

昔、見終わった後、じんわりと苦いような感覚が
言葉にできなくて、そのままになっていました。
覚えていることを とどめたく、雑談を述べます。
 
舞台は、戦後まもなくの頃。(昭和31年頃)
川端の食堂の子(少年)は、川船に住む姉弟と、友達になり
船に遊びに行ったとき、姉弟の“母の様子”を、見てしまいました――
母:加賀まりこ☆!)
 
大人の目線ならば、それはそれとして、
過ぎていくのかも、しれないものでも
子供が目にしたもの――というのは
済んだ心に、痛く、衝撃を残しながら刻まれるようで
見る者にも、訴えかけるものがあります。
 

▼〜▼内容にふれて雑談です。(記憶違いご容赦(>_<))
▼▼▼
 
子供の頃は、学生の頃も含めて
自分たちは、同じ世界に生きているものだ、と
思い込めています。
 
同じ教室で、同じ時間を、過ごしているだけなのに
教室外(家庭)のことも含めて
同じ水平面に存在しているーなどと…
 
だから、同窓会で再会したとき
違う人生を歩んでいるのは、当然のことなのに
懐かしさとは別に、
いいようもない“距離感“に、切なくなってしまうことも….orz
 
食堂の少年は、陸の上と川の上という、“住まい”の違いはあれど
むしろ、そこに新鮮さを感じながら
同世代の姉弟と、仲良くなったよう。
 
そんな少年が、川船で見たのは、
姐弟の母が、男に覆いかぶさられていたこと――
 
母が、子供たちに身の回りをさせて、小綺麗にしていたのは
自分は商売道具だったからで、こき使っていたのとも違った。
そして、子供たちは、“そのことをわかって”いるから
そのように、生活してきた――
↑この状況が、とても辛い……..
 
姉弟は、子供であって、子供ではいられない状況だったと……
だから、食堂の少年と、“子供同士“で遊べたことは
宝物だったと思う。
子供が、無邪気でいられるのは、貴重だ……
 
けれど、少年が、“見て“まもなく、川船は、移動していった。
少年が見たからかどうか、関係なく、いつかは
船は、移動する運命だったと思うけれど……
 
たとえ、何を見ても、少年は、彼らと友達だが
少年が、船に向かって、名前を呼んでも
彼らは、姿を見せずに、船は進んでいった。
それが、とてもとても、切ない………………
 
友達と自分は同じ世界に居るーと思っていても、実は
私たちは、それぞれの船に乗っていて
それぞれの川に流されて、生きているーーと、
気づかされるときが、いつか来る。
 
自分が感じたことのある、あの切ない寒さを
少年は、まだ幼いのに、それを知ってしまったのかと思うと
ああ、人生は残酷だよな〜〜〜〜〜〜と思う……
 

▼▼▼
 
川は、人生に例えられることが、よくありますが
この川は、“泥の河”にふさわしい……
 
清い白河を、進んでいきたいものですが
そうも、いかない……orz
 
だからこそ、だからこそ
心の中に、澄んだ何か
大切にしたいものが、あるのですよね!(^_-)-☆
 

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