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広島と長崎に原爆が落とされて60年。
その日もきっと暑い日だったんだろうなぁと毎年考える。
消し去りたい歴史。でも、忘れてはいけない歴史。
昨日テレビを見ていて感じたのは、
60年経った今でも核が無くならないのは、
「核の恐ろしさが実感できないから」ではないかと思った。
知識として、計算上、核は一発で何万人の命を奪うことは世界中の人が知っている。
でも、身近な感覚ではない。
あまりにも巨大すぎて、なんだか分からないのだと思う。
日本人である僕だって、
東京に住んでいるとなかなか実感できない。
かろうじて、「日本人」という僕の中のアイデンティティーが
怒りとか悲しみを感じさせるぐらい。
他国では、自分よりももっと「遠い恐怖」でしかないのではと思う。
「実感」がないと、なかなか行動にうつせないのだろう。
環境問題だって、選挙だって、
「実感」がないから行動できない人は多い。自分も。
「実感」を手にするには、知っている方から直接伺わないと。
60年経ってしまった。早くしないといけない。
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世界が核、そして戦争の痛みを実感として共有しないと、この忌まわしい存在は放棄できないのでしょうか?宇宙から地球を見ることが出来るようになった人類。精神的にも地球を一つのまとまりとして認識できるように早くならないとまた悲劇が繰り返される恐れがありますね。
2005/8/6(土) 午後 11:17
盆休みに広島行ってきましたよ。さまざまな物を見てきました。人間の浅はかさと素晴らしさの共存した場所でした。訪れるだけでも何か感じられるはず。その土地の人々に会えばさらに想いが強くなる。原爆ドームだけじゃなく、今の広島の息吹そのものが「世界遺産」だと思いました。広島の地にみんなが触れることが出来れば、未来は暗闇ばかりじゃないのでは、と感じました。暇な時にでもブログ記事見に来てくださいな。http://blogs.yahoo.co.jp/nishi_yan74/folder/734607.html
2005/8/25(木) 午前 1:58