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来月から裁判員制度が始まる。私はこの制度に反対である。
裁判員制度の対象となるのは、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大な犯罪の疑いで起訴された事件あるが、どうも納得いかない。
一般の市民は実際の裁判を見たことがない。いや、裁判所に行く機会さえない。
そんな市民に殺人事件の裁判を行なえと言うのは、自動車の運転免許をもっている人に自動車を設計しなさいと言うようなものである。
自動車の操作を知っていても、機構や材料や燃焼や摩擦や電子制御などいろいろな0専門知識と開発の経験がないと設計はできない。裁判もそれと同じで弁護士がどう弁護するのか、検察がどう追求していくのかという知識がないと、目のまえに示された悲惨な事実にあっとうされるだけであろう。そんな市民の判決内容を決めるなどと言うことは無理である。また、このような状況が予測される中で、被告人の人生を左右して良いものではない。
私は離婚裁判をしたが、そのとき裁判官のいい加減さに驚いた。裁判官は初めからシナリオを作っているのである。誰がどうみても私の方が正しいことを主張し、それに証拠を提出したが、裁判官は自分のシナリオに合うようにするため、私の主張には触れることなく相手の証拠のない主張を事実として認め判決を下した。
高裁で証拠をちゃんと見てほしいと裁判官に話したが、「読まない。」の一言で済まされた。そして、本当に読まなかったようで、判決文はそうとういい加減であった。
裁判官の資質を問う必要がある。
裁判員制度を導入するのであれば、民事に導入すべきである。
小さな出来事の積み重ねの先に重大犯罪が起こるのではないだろうか。
民事裁判に世間の常識があれば、民事裁判を活用するようになり、重大犯罪に発展することを防げる。
裁判員制度のHPには
「刑事裁判が必要としているのは、あなたの良識です。」
http://www.nichibenren.or.jp/ja/citizen_judge/index.html
とあるが、裁判官に良識が必要で、刑事裁判よりも民事裁判に市民の良識が必要である。
刑事裁判への裁判員制度に断固反対である。
裁判員になったら、「見ざる。聞かざる。言わざる。」で行こう!
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