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入院生活

15日に退院し、自宅で不自由ながらも、細々と生活中。
 
入院生活は、とても楽しく、毎日笑ってた。
整形外科なので、内科的に問題ある人はおらず、毎日何かしらのお見舞いの品を病室の方々におすそ分けしていただき、ぶくぶく・・・。
年齢は、私なんぞよりもお年を重ねている方々ばかりでしたが、そこは同じ主婦、ゼネレーションギャップなどはどこ吹く風。
さらに、今のおば様方は、とにかく若くていらっっしゃる!
芸能の話題やら、旦那の愚痴やら、年代は問わないと、改めて実感。
 
 
2日に手術して、3日は、麻酔のせいか、微熱もあり、ぼーっとした感じで食欲もなかったのだが、4日からは、通常通り。
移動は、車いす。
看護師さんに「傷の痛みはどう?」と聞かれるのだが、傷が痛いと言うよりは、常に不自由な状態で(補装具が完成するまで、シーネで固定)ほかの筋肉、関節が痛い感じだった。
ま、痛み止め、抗生物質の点滴、投薬によって、抑えられていたのかも・・・。
 
7日に補装具が完成。
 
8日。
回診時、補装具を装着し、全過重のOKが出る。
主治医にいきなり足首を曲げられ、悶絶。
逃げ場がないのにもかかわらず、ベッドで逃げ惑う。
病室のおば様たち、大笑い。
主治医は、颯爽と出ていくのだが、あわてて「来週抜糸で、退院していいか聞いて〜〜〜〜」と看護師さんに頼む。
OKが出て、とにかく1週間が待ち遠しかった。
 
入院と同時に父も出張だったので、自宅には、子供たちと祖母(子供たちにしてみれば、曾祖母)。
祖母は、来年の2月に膝の人工関節手術が控えており、こちらも心配なのだが、今回は1週間ほど、来てもらい家事をしてもらった。
父が戻ってきて、男3人の生活に。
祖母がいる時も心配だったのだが、男3人、初めて過ごすので、こちらはこちらで、ますます心配だった。
早く1週間過ぎないかと、クリスマスを待つ子供のように、毎日カレンダーを見て過ごした。
 
毎日の電話で、生死の確認(笑)。
ちゃんと食べているか、学校はどうか、手伝いをしているか、お父さんはしっかりやっているか・・・。
 
15日。
抜糸。
どうも、抜糸は痛いというイメージがあって、ビビッていた。
膝の手術したおば様、腰を手術したおば様、それぞれ「ちょっと皮膚を引っ張られる感じよ、すぐ終わるし、大丈夫。」と励まされたのだが、実際は、「ああ、これはちょっと痛いかもよ」と主治医の言葉。
「いだい〜〜〜」とまたしても病室中に叫び声が聞こえたのは言うまでもない。
みんな抜糸の時、カーテンしてくれてたのに、なぜか私のときは、フルオープン・・・。
また、主治医が「足首の動きはどうだい?」と、手を伸ばしてきたのが背後から感じたので、「いやいや、大丈夫ですから」と足を引っ込めてお断り(笑)
来週、外来受診と言われ、終了。
またしても、病室のおば様たちに笑われたのであった。
 
 
今回入院して、人生において、大げさかもしれないけれど、とても良い経験になったと思う。
手術自体は、麻酔でわからないし、自分が頑張ることはないのだけれど、術後は、思ったより不自由だし、むくみがひどいし、アキレス腱よりも、移植のために取った膝の腱の方が痛かったり、「ホントに走れるようになるんだろうか」と不安に思ったりして、ここからは自分のがんばりが試されるのかと考えたり。
でも、病室のおば様たちもみんな前向きで、「リハビリきついけど、よくなるしかないんだわ」「すぐには、日常生活には戻れないけど、あの痛みがなくなったと思ったら、ほんと楽よ」と・・・。
いろんなおば様たちに出会い、励まし合い、笑い合い・・・こんなこと、そうそうないことだなと。
いろんなことを感じて、入院生活は終わった。
 
 
 

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