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震災から6年。
あの日、2歳だった長男は、もうすぐ小学3年生。
生後7ヶ月だった次男は、もうすぐ卒園、新小学1年生になります。
長男は、まだあの日の記憶があります。
お友達と、粘土の道具を取り合いになってた時、
(仙台市内の支援センターで)
いきなり揺れて、ガラスの割れる音がして。
喧嘩した罰が当たったと思ったんだ。
お母さんと、寒い中走って走って。
コウちゃんは、おんぶされてて。
おうちに着いて、すぐにお父さんが帰ってきて・・・
暗い暗い道を、みんなで車に乗って、
山形の、ばあちゃん家に行ったんだよね。
コウは、当然のことながら、全く記憶がありません。
少し小首をかしげて、震災の話を、じっと聞いていました。
震災の話になると、不思議と子ども達は静かになり、
真剣な眼差しで耳を傾けます。
生きていることが。
普通の暮らしが出来る事が。
どんなに幸せか。
そんな子ども達は、もうすっかり山形っ子。
でも、今日は土曜日。
土曜日は、まだ仙台のスイミングスクールに通っています。
なので、みんなで、仙台に行きます。
今日の午後は、私とヒナと双子は、近くのショッピングモールで過ごしていました。
2時46分が近づくと、音楽が鳴り止み、
震災から6年の放送が。
みんな立ち止まり、店員さん達も、お店の前に並び。
黙とう、の声と共に、1分間の黙とう。
誰一人動かず、祈りを捧げていました。
ケイとコウと主人は、スイミングクラブにて。
2時46分は、スイミングの真っただ中なのですが、
45分にはみんなプールサイドに上がり、
46分に、みんなで黙とうしたそうです。
6年が経ち、記憶も薄れつつありますが、
やはり、この時間になると、思い出さずにはいられません。
津波の被害に遭われた地域の方々や、原発事故で故郷を追われた方々は、
もっともっと、大変な思いをされ、今も、苦労が多いと思います。
一日も早く、幸せだと思える日々がやってきますように。
この日は、おそらく東北全体が、祈りの日になっていると思います。
ケイの小学校では、昨日の終わりの会でも、
震災の話があり、命の大切さを想ったと。
3.11は、毎年校庭に半旗が掲げられていると聞きます。
今日は仙台のマンションで過ごしたので、
ますます、震災を意識した日になりました。
実は、まだマンションの廊下の床、直していません。
構造体は無事だったし、よーく見ると、少し波打っている程度なので。
(うちのマンションは、一部損壊で済みました。)
単身赴任ということで、旦那が住んでいるだけですし、
子ども達に、震災の事を忘れないで欲しいなぁ、
とも思うので、しばらくこのままでいいかな、と。
震災の日の夜になると、自然と、空を見上げます。
あの日の夜空は、満天の星空。
停電で、漆黒の空には、
見た事も無いくらいの、無数の星たちが
悲しく美しく光り輝いていました。
今日の空にも、星がありましたが、
街明りで、見えるのは少しだけ。
もう、すっかり元通りの、仙台市内でした。
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東日本大震災
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なかなか余震が終息しませんね。
ホント、早く収まってほしいです。
さて、東日本大震災の時の事で、猫砂に引き続き、もうひとつ思い出した事が。
それは、
◆お料理が入った鍋類を、シンクに置いて出かけること。 ◆滑らないシートと転倒防止グッズで食器を守り、割れた食器による怪我を避ける方法。
当時、子供たちを電車に乗せて出かけた事を何度か記事にしましたが、
自宅のある最寄駅で降り、一度マンションに戻りました。その後支援センターに出かけ、
そこで被災しています。
その日、わずかな時間でしたが、子ども達を着替えさせたりする間、
簡単な煮込み料理を作っていました。
材料を切ってただ煮るだけの、ポトフ的なものだった記憶があります。
ホント、無意識だったんですが、出かける前、なんか予感がして、
お鍋をシンクの中に置いて出かけたんです。
そして、あの大地震。
何とか子供たちを抱えて、吹雪の中、必死で家に戻りましたが、
ドアを開けるのが怖かったです。
エントランスはガタガタ壊れていて、立体駐車場も壊れているのを見て、
家の中もきっと悲惨なんだろうなー、と。
同じマンションの方から、「たぶん家の中は割れた食器とかで大変だから、
靴のまま入った方がいいよ。」と声をかけられ。
ところが。恐る恐るドアを開けると、そんなにいつもと変わらない風景が・・・
ミャー・・・と猫がびくびくしながら近付いてきただけでした。
シンクに置いてきたお鍋は、深型だったこともあり、中身がこぼれることなく、
もちろん、床に落ちる事も無く、無事でした。
また、なんと!我が家は皿一枚割れていませんでした。震度6強なのに、
本当に奇跡のようなもので。
実は、前の日曜日、主人が100均から「すべらないシート」を買ってきて、
食器棚に敷いていました。
同時に、すべての食器棚に、転倒防止グッズも取りつけていました。
タンスにも取り付け、テレビも後ろから吊っていました。
東日本大震災の前、何度も大きな地震があり、もしかしたら、もっと大きいのが来るかも?
と思って、ホームセンターと100均に走った主人。
この人、勘が良いんです。
そして、起きてしまった震災。
いろんな人の話を聞いても、食器が割れなかったのは我が家だけでした。
たった100円のシートが、家族を怪我から守ってくれる事があるんですね。
あれ、本当にすべりません。
熊本のような直下型だと、難しい面もあるかもしれませんが、
敷いていて無駄は無いと思います。
ただ、本の部屋(子供たちがよく遊んでいる、本棚がいっぱいある部屋)
は、転倒防止対策をしていたにもかかわらず、ありとあらゆるものが散乱。
本棚も倒れていました。子供たちが居たらと思うと、ぞっとします。
出かけていて良かった!と思った光景でした。
我が家ではよく、夜ごはんの支度をして出かける事があります。
震災後、出かける前は、食べ物が入った鍋類はシンクへ、が習慣になっています。
夏は、食べ物が傷むので冷蔵庫ですが。(冷蔵庫も中からは開かない)
冷蔵庫も転倒防止の対策しています。
また、夜も、こぼれて欲しくないものは、シンクに入れちゃいます。
何となく気になるので、シンクはいつも綺麗に磨くようにしています。
作り置きの物は、数日間の食料にもなりうるし、床に散乱しちゃったら、
断水後のお掃除はとても大変だと思います。
なので、少しでも食料を守り、後処理の手間がかからないように。
出かけている時や夜間に大地震があった時に備えた、ちょっとしたアイディアでした。
あとは、家がつぶれるほどの地震が起こらない事を祈るのみです。
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昨日の事です。
震災から2ヶ月が過ぎ、あの日居合わせたママからお借りした、子供達の着替えを返しに行きました。 顔面蒼白になる程の恐怖を味わった場所だけに、ケイの心の傷が心配でしたが、彼は、 「行ってみる。」と笑顔でした(*^_^*) バス停から保育園までの道すじは、ガラスと天井が崩落した建物が手付かずで、(一応、宮城県警のテープと立入禁止のコーンで囲われてはいた)当時のまま。 仙台の中心部はかなり綺麗になったけど、周辺地域はまだまだです。 保育園自体は無事でした。敷地内の壊れたアスファルトは修繕中で、ちょうど、配管の水漏れの工事をしているところでした。 園庭の地割れは、重機を入れて直したけど、4月の大きな余震で再び一部が陥没したと、先生が嘆いていました。 支援センターに一歩足を踏み入れた時、ケイは、こんにちは!と元気に挨拶しました。 でも、直後に、 「お母さん、地震来ないよね?」 と、少し不安げな様子。 大丈夫だよ、来ないよ。さあ、ミニカーで遊ぼうか? と言ったら、 「うん!」 と笑顔になりました。 先生方は、 「あの後、大丈夫だった?」 と、温かく迎え入れて下さいました。 あの日の事や、普通の給食が出せるようになった事(市内の小中学校ではかなり長い間、コッペパンと牛乳だけだったと聞いていたので気がかりだった)などの話をしました。 ふと、センターを見渡すと、会いたかった先生の姿がありません。 あの時、次々に襲う余震のさ中、優しく子守唄を歌ってくれた先生です。 T先生は、お元気ですか? と尋ねると、 T先生ね、3月いっぱいで、退職されたの。 ショックでした… 退職される事、全然知らなくて。 お礼も、さよならも言えなかったのが、心残りです。 でも、お元気だそうで、たまに支援センターに遊びにいらっしゃっていると聞き、安心しました。 またお会いしたいなぁ。 一通り遊んだ後、粘土遊びをしよう!という話になりました。 実は、ある意味、粘土遊びは越えなくてはならない壁。 なぜなら、3/11、粘土遊びを始めたばかりの時に、あの巨大地震が起きたからです。 案の定、 「地震来ないよね?」 と、ケイ。 でも、先生の楽しそうな表情に、すぐにいつものケイに戻りました♪ さ、餃子を作ろうかな! じゃあ、僕は、中身を作る! こうして、先生とケイと私の合作の、粘土餃子が出来上がりました(≧▽≦) あの時に止まってしまった時間が、2ヶ月を越えて動き出した瞬間でした! コウも、テーブルをバンバンしながら、喜んで見ていました。 お母さん、また○○保育園、来ようね! 帰り道、ケイは楽しそうに言いました。 夕方の心地よい風に吹かれながら、たくさん歌を歌って、帰路につきました。 |
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希望の風船 埼玉県内のララガーデン3ヶ所から、仙台のララガーデンに届いた、応援メッセージです。 大人から子供まで、たくさんの方々からの温かいメッセージが散りばめられていました! 眺めている人々は、みんな笑顔でした(*^_^*)埼玉の皆さんありがとうございました。 さて、GWはすご〜〜く遠くまで出かけてきました。 そこで、素敵な出会いがありました。後日記事にします(o≧∇≦)o また、今日は一日早い節句のお祝いをしました♪ 皆さんはどんなGWをお過ごしでしょうか。 |
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マンションの敷地内の桜
また、すぐ近くの公園のしだれ桜も、ちょうど見頃になりました。
震災があった今年も、桜はいつもと変わらず咲いてくれています。
さて、昨日は、近所のとある商業施設に行ってきました。
先々週位から、フロア限定で開いていたんですが、いよいよ、全館オープン
まだ、やっていないお店もあるけれど、ようやく日常が戻ってきた感じです。
この周辺には3つの立体駐車場があるんですが、使えるようになったのは1箇所のみ。
なので、地下鉄やバスで来る人が多く、びっくりするくらい歩行者が多かったです。
中に入ると、子供達に風船を配っていました
ケイも、風船をもらって大喜び
そして、少し買い物をしていると、1階エントランスから素敵な音楽が
ケイも行きたいというので連れて行くと、仙台在住のミュージシャン、齋藤めぐむさんの、
エレクトーンコンサートが行われていました。
同じビル内の保育園の子供達もたくさんいて、賑やかでした。
ライフラインが全て復旧した今、生活に不自由しなくなりましたが、文化的なものに触れる機会が
すっかり無くなっていた事に気付かされました。
街から、音楽って消えていたなぁ、って。
ケイは、風船を片手に、演奏の様子をじっと見ながら聞き入っていました。
僕も、えんそう、やってみたい。
ぽつんとつぶやきました。
私達の視線の真っ直ぐ先には、ガラス越しに、波打つ道路や、壊れた歩道、
剥がれたタイルとブロックが見えました。
連日、たくさんの人が作業にあたっていて、確実に元の形に戻りつつある・・・
ああ、前の生活ってこうだったんだよねって。
なんだか、じーんときちゃいました。
その後、買い物をしていたら、メッセージツリーを見つけました。
紙に復興への思いを込めたメッセージを書き、それを貼って大きな木を作るんです。
私も、参加してみました。
停電の暗闇の中、
星空と、
子供達の笑顔が
キラキラ輝いていました。
大丈夫!
ケイ&コウ
参加した子供には風船のプレゼントがありました。
ケイは入り口でもらっていたので、
二つ目の風船は、コウに。
コウは、小さな手をギュッと握って、しっかり風船を持っていました。
会場に集まっている、未来を担う子供達は、みんなとびっきりの笑顔でした。
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