゚:*:・陽だまりで子守唄♪ 双子含む5人育児 ・:*

長男8歳・次男6歳・長女3歳・双子1歳(男女ミックスツインズ)

東日本大震災

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3.11


震災から6年。

あの日、2歳だった長男は、もうすぐ小学3年生。
生後7ヶ月だった次男は、もうすぐ卒園、新小学1年生になります。

長男は、まだあの日の記憶があります。


お友達と、粘土の道具を取り合いになってた時、
(仙台市内の支援センターで)
いきなり揺れて、ガラスの割れる音がして。
喧嘩した罰が当たったと思ったんだ。

お母さんと、寒い中走って走って。
コウちゃんは、おんぶされてて。
おうちに着いて、すぐにお父さんが帰ってきて・・・
暗い暗い道を、みんなで車に乗って、
山形の、ばあちゃん家に行ったんだよね。

コウは、当然のことながら、全く記憶がありません。
少し小首をかしげて、震災の話を、じっと聞いていました。

震災の話になると、不思議と子ども達は静かになり、
真剣な眼差しで耳を傾けます。

生きていることが。
普通の暮らしが出来る事が。
どんなに幸せか。


そんな子ども達は、もうすっかり山形っ子。

でも、今日は土曜日。
土曜日は、まだ仙台のスイミングスクールに通っています。
なので、みんなで、仙台に行きます。

今日の午後は、私とヒナと双子は、近くのショッピングモールで過ごしていました。
2時46分が近づくと、音楽が鳴り止み、
震災から6年の放送が。
みんな立ち止まり、店員さん達も、お店の前に並び。

黙とう、の声と共に、1分間の黙とう。
誰一人動かず、祈りを捧げていました。


ケイとコウと主人は、スイミングクラブにて。

2時46分は、スイミングの真っただ中なのですが、
45分にはみんなプールサイドに上がり、
46分に、みんなで黙とうしたそうです。

6年が経ち、記憶も薄れつつありますが、
やはり、この時間になると、思い出さずにはいられません。

津波の被害に遭われた地域の方々や、原発事故で故郷を追われた方々は、
もっともっと、大変な思いをされ、今も、苦労が多いと思います。

一日も早く、幸せだと思える日々がやってきますように。

この日は、おそらく東北全体が、祈りの日になっていると思います。

ケイの小学校では、昨日の終わりの会でも、
震災の話があり、命の大切さを想ったと。
3.11は、毎年校庭に半旗が掲げられていると聞きます。

今日は仙台のマンションで過ごしたので、
ますます、震災を意識した日になりました。

実は、まだマンションの廊下の床、直していません。
構造体は無事だったし、よーく見ると、少し波打っている程度なので。
(うちのマンションは、一部損壊で済みました。)

単身赴任ということで、旦那が住んでいるだけですし、
子ども達に、震災の事を忘れないで欲しいなぁ、
とも思うので、しばらくこのままでいいかな、と。

震災の日の夜になると、自然と、空を見上げます。

あの日の夜空は、満天の星空。
停電で、漆黒の空には、
見た事も無いくらいの、無数の星たちが
悲しく美しく光り輝いていました。

今日の空にも、星がありましたが、
街明りで、見えるのは少しだけ。
もう、すっかり元通りの、仙台市内でした。

地震に備えて その2


まだ、テレビにを点けるたびに流れる、地震の字幕。
なかなか余震が終息しませんね。
ホント、早く収まってほしいです。


さて、東日本大震災の時の事で、猫砂に引き続き、もうひとつ思い出した事が。


それは

◆お料理が入った鍋類を、シンクに置いて出かけること。
◆滑らないシートと転倒防止グッズで食器を守り、割れた食器による怪我を避ける方法。


当時、子供たちを電車に乗せて出かけた事を何度か記事にしましたが、
自宅のある最寄駅で降り、一度マンションに戻りました。その後支援センターに出かけ、
そこで被災しています。

その日、わずかな時間でしたが、子ども達を着替えさせたりする間、
簡単な煮込み料理を作っていました。
材料を切ってただ煮るだけの、ポトフ的なものだった記憶があります。

ホント、無意識だったんですが、出かける前、なんか予感がして、
お鍋をシンクの中に置いて出かけたんです。

そして、あの大地震。

何とか子供たちを抱えて、吹雪の中、必死で家に戻りましたが、
ドアを開けるのが怖かったです。
エントランスはガタガタ壊れていて、立体駐車場も壊れているのを見て、
家の中もきっと悲惨なんだろうなー、と。
同じマンションの方から、「たぶん家の中は割れた食器とかで大変だから、
靴のまま入った方がいいよ。」と声をかけられ。

ところが。恐る恐るドアを開けると、そんなにいつもと変わらない風景が・・・
ミャー・・・と猫がびくびくしながら近付いてきただけでした。

シンクに置いてきたお鍋は、深型だったこともあり、中身がこぼれることなく、
もちろん、床に落ちる事も無く、無事でした。

また、なんと!我が家は皿一枚割れていませんでした。震度6強なのに、
本当に奇跡のようなもので。


実は、前の日曜日、主人が100均から「すべらないシート」を買ってきて、
食器棚に敷いていました。
同時に、すべての食器棚に、転倒防止グッズも取りつけていました。
タンスにも取り付け、テレビも後ろから吊っていました。

東日本大震災の前、何度も大きな地震があり、もしかしたら、もっと大きいのが来るかも?
と思って、ホームセンターと100均に走った主人。
この人、勘が良いんです。

そして、起きてしまった震災。

いろんな人の話を聞いても、食器が割れなかったのは我が家だけでした。
たった100円のシートが、家族を怪我から守ってくれる事があるんですね。
あれ、本当にすべりません。
熊本のような直下型だと、難しい面もあるかもしれませんが、
敷いていて無駄は無いと思います。

ただ、本の部屋(子供たちがよく遊んでいる、本棚がいっぱいある部屋)
は、転倒防止対策をしていたにもかかわらず、ありとあらゆるものが散乱。
本棚も倒れていました。子供たちが居たらと思うと、ぞっとします。
出かけていて良かった!と思った光景でした。


我が家ではよく、夜ごはんの支度をして出かける事があります。

震災後、出かける前は、食べ物が入った鍋類はシンクへ、が習慣になっています。
夏は、食べ物が傷むので冷蔵庫ですが。(冷蔵庫も中からは開かない)
冷蔵庫も転倒防止の対策しています。

また、夜も、こぼれて欲しくないものは、シンクに入れちゃいます。
何となく気になるので、シンクはいつも綺麗に磨くようにしています。

作り置きの物は、数日間の食料にもなりうるし、床に散乱しちゃったら、
断水後のお掃除はとても大変だと思います。
なので、少しでも食料を守り、後処理の手間がかからないように。

出かけている時や夜間に大地震があった時に備えた、ちょっとしたアイディアでした。

あとは、家がつぶれるほどの地震が起こらない事を祈るのみです。


被災したあの場所へ。 ケータイ投稿記事

昨日の事です。


震災から2ヶ月が過ぎ、あの日居合わせたママからお借りした、子供達の着替えを返しに行きました。


顔面蒼白になる程の恐怖を味わった場所だけに、ケイの心の傷が心配でしたが、彼は、
「行ってみる。」と笑顔でした(*^_^*)


バス停から保育園までの道すじは、ガラスと天井が崩落した建物が手付かずで、(一応、宮城県警のテープと立入禁止のコーンで囲われてはいた)当時のまま。
仙台の中心部はかなり綺麗になったけど、周辺地域はまだまだです。
保育園自体は無事でした。敷地内の壊れたアスファルトは修繕中で、ちょうど、配管の水漏れの工事をしているところでした。
園庭の地割れは、重機を入れて直したけど、4月の大きな余震で再び一部が陥没したと、先生が嘆いていました。

支援センターに一歩足を踏み入れた時、ケイは、こんにちは!と元気に挨拶しました。
でも、直後に、

「お母さん、地震来ないよね?」
と、少し不安げな様子。

大丈夫だよ、来ないよ。さあ、ミニカーで遊ぼうか?
と言ったら、

「うん!」
と笑顔になりました。

先生方は、
「あの後、大丈夫だった?」
と、温かく迎え入れて下さいました。

あの日の事や、普通の給食が出せるようになった事(市内の小中学校ではかなり長い間、コッペパンと牛乳だけだったと聞いていたので気がかりだった)などの話をしました。


ふと、センターを見渡すと、会いたかった先生の姿がありません。

あの時、次々に襲う余震のさ中、優しく子守唄を歌ってくれた先生です。


T先生は、お元気ですか?

と尋ねると、


T先生ね、3月いっぱいで、退職されたの。

ショックでした…
退職される事、全然知らなくて。
お礼も、さよならも言えなかったのが、心残りです。

でも、お元気だそうで、たまに支援センターに遊びにいらっしゃっていると聞き、安心しました。
またお会いしたいなぁ。


一通り遊んだ後、粘土遊びをしよう!という話になりました。


実は、ある意味、粘土遊びは越えなくてはならない壁。
なぜなら、3/11、粘土遊びを始めたばかりの時に、あの巨大地震が起きたからです。

案の定、
「地震来ないよね?」
と、ケイ。

でも、先生の楽しそうな表情に、すぐにいつものケイに戻りました♪

さ、餃子を作ろうかな!

じゃあ、僕は、中身を作る!

こうして、先生とケイと私の合作の、粘土餃子が出来上がりました(≧▽≦)


あの時に止まってしまった時間が、2ヶ月を越えて動き出した瞬間でした!
コウも、テーブルをバンバンしながら、喜んで見ていました。


お母さん、また○○保育園、来ようね!


帰り道、ケイは楽しそうに言いました。

夕方の心地よい風に吹かれながら、たくさん歌を歌って、帰路につきました。

希望の風船 ケータイ投稿記事

イメージ 1

今日、買い物で出かけた先に、こんな素敵なものが。


希望の風船

埼玉県内のララガーデン3ヶ所から、仙台のララガーデンに届いた、応援メッセージです。

大人から子供まで、たくさんの方々からの温かいメッセージが散りばめられていました!
眺めている人々は、みんな笑顔でした(*^_^*)埼玉の皆さんありがとうございました。




さて、GWはすご〜〜く遠くまで出かけてきました。
そこで、素敵な出会いがありました。後日記事にします(o≧∇≦)o

また、今日は一日早い節句のお祝いをしました♪

皆さんはどんなGWをお過ごしでしょうか。
 
 
マンションの敷地内の桜が満開です!
 
イメージ 1
 
 
また、すぐ近くの公園のしだれ桜も、ちょうど見頃になりました。
震災があった今年も、桜はいつもと変わらず咲いてくれています。
 
イメージ 2
 
 
 
 
さて、昨日は、近所のとある商業施設に行ってきました。
 
先々週位から、フロア限定で開いていたんですが、いよいよ、全館オープン
まだ、やっていないお店もあるけれど、ようやく日常が戻ってきた感じです。
 
この周辺には3つの立体駐車場があるんですが、使えるようになったのは1箇所のみ。
なので、地下鉄やバスで来る人が多く、びっくりするくらい歩行者が多かったです。
 
中に入ると、子供達に風船を配っていました
ケイも、風船をもらって大喜び
 
そして、少し買い物をしていると、1階エントランスから素敵な音楽が
 
ケイも行きたいというので連れて行くと、仙台在住のミュージシャン、齋藤めぐむさんの、
エレクトーンコンサートが行われていました。
同じビル内の保育園の子供達もたくさんいて、賑やかでした。
 
ライフラインが全て復旧した今、生活に不自由しなくなりましたが、文化的なものに触れる機会が
すっかり無くなっていた事に気付かされました。
街から、音楽って消えていたなぁ、って。
 
ケイは、風船を片手に、演奏の様子をじっと見ながら聞き入っていました。
 
僕も、えんそう、やってみたい。
 
ぽつんとつぶやきました。
 
 
私達の視線の真っ直ぐ先には、ガラス越しに、波打つ道路や、壊れた歩道、
剥がれたタイルとブロックが見えました。
連日、たくさんの人が作業にあたっていて、確実に元の形に戻りつつある・・・
 
ああ、前の生活ってこうだったんだよねって。
なんだか、じーんときちゃいました。
 
 
 
 
その後、買い物をしていたら、メッセージツリーを見つけました。
紙に復興への思いを込めたメッセージを書き、それを貼って大きな木を作るんです。
私も、参加してみました。
 
 
 
停電の暗闇の中、
星空と、
子供達の笑顔が
キラキラ輝いていました。
大丈夫!
 
ケイ&コウ
 
 
 
参加した子供には風船のプレゼントがありました。
ケイは入り口でもらっていたので、
二つ目の風船は、コウに。
コウは、小さな手をギュッと握って、しっかり風船を持っていました。
 
会場に集まっている、未来を担う子供達は、みんなとびっきりの笑顔でした。
 
 

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