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家里 次郎(いえさと つぐお)
天保10年(1839)〜文久3年(1863)4月24日

新撰組入隊時期 壬生浪士組結成の時。よって文久3年3月12日

出身 伊勢国松阪(飯高郡黒田新田)

父は小林清右衛門 母 あさ の2男として生まれる。

京都残留メンバーの1人

浪士組取扱方・鵜殿鳩翁より、京都残留を希望する浪士の取りまとめ方を、殿内義雄と共に委任される。

文久3年3月25日か26日  殿内義雄の暗殺。しばらくは、隊にいたようだが、隊を脱走。

京阪で同志を探し奔走。

その後、
文久3年4月21日  壬生浪士隊は将軍・徳川家茂の警護のため下坂を警護中に芹沢らに捕らえられる。
これも、他の説があり、隊を脱走はしておらず、家里も将軍の警護の任に同行していて、何らかの問題がおきて、

文久3年4月24日  常安橋会所において、詰め腹を切らされた。
この家里の切腹を、近藤は郷里に書状を送っている。
書状を送った理由で考えられる事としては、義兄・家里新太郎が紀州藩の縁があることが理由と考えられる。

享年:23歳

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2007/6/16(土) 午後 0:49 [ - ] 返信する

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