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「パープルサンガ」ご存知京都をフランチャイズとするサッカーJリーグのチーム名である。このネーミングの由来を私は聞いたわけではないが、我々には直ぐ察しがつく。「山紫水明」京都の自然の美しさを表現したこの言葉こそ、恐らくその出所であろうと思う。残念ながら今シーズンも成績振るわず、J1からの降格が決まった。スポーツ欄でどうしてもこのチームの成績が気になるのは、やはり郷土愛というものか。来シーズンは頑張って是非とも復活して欲しいものだ。しかしこのネーミングは実によく出来ていると思う。
先日の新聞の第一面に「屋上看板あきまへん」の大きな活字が目についた。京都市が全国で初めての、屋上や点滅照明の看板を禁止する市条令の制定に乗り出すとの事である。高層建築の規制もより厳しくすると言う。随分画期的な制令だと思うが、勿論私は諸手を挙げて賛意を表する。風情ある古都の町並みを何時までも保存する為には、やはり徹底した施策が必要だ。ロンドン、パリ、ローマ等々欧州の街々の、街自体が深い歴史を物語っている様な風情は、幾世紀にも亘る厳しい規制と努力があって、今日の景観があると思う。
私の一週間に亘る京都逍遙の旅は、改めて優雅な山紫水明の自然と、風雅溢れる古都の町並みの佇まいを、再認識する旅となった。殆ど昔と変わらない山河や家並みに、深い感動と喜びを覚えたり、その反面時代によって大きく変貌した夜の巷、特に私の出生地木屋町界隈は、過去の閑雅情誼の雰囲気は今や見る影もなく、猥雑喧騒の町へと激しく変化しているのを見るのは悲しくて辛い。破壊された環境の回復は、先ず不可能と考えるだけに、今回のような環境保全の市条例が、もっと早く発令されておればと、悔やまれてならない。
墓参とお寺巡を目的に考えていた今回の帰郷も、その行き先の全てがやはり過去の思い出に深くつながり、あらゆる場面で京都在住四十余年に亘る、私の半生の過去の一駒一駒をフィードバックさせる、まさにセンチメンタルジャーニーと言える旅になった。「京都逍遙」と題して、私の一週間の帰郷の思い出を10編のエッセィにまとめた。この記録以外訪問した清水寺や東福寺などの記録は割愛したが、丁度今頃盛りを迎えたそれら寺々の鮮やかな紅葉シーンが、テレビの旅特番を賑わしている。再び後ろ髪を引かれる思いである。
それは懐かしい風物だけに留まらず、思い出多い人達とのめぐり合う機会がもてた事が、更に旅の喜びを深くした。小学校の頃より絶える事なく、温かい心使いを示してくれる心優しい友との出会い、四十年間図らずも不通だった懐かしい縁者との再会、それに遙か昔天国へ逝った母を知る、唯一の身内から聞く母の思い出は、何れも代え難い喜びだった。その他大阪勤務時代の知人友人との久々の懐旧談や、ネパールで子供達への奉仕活動に励む、敬愛する僧侶との歓談など、やはり改めてこれら人達とのご縁の大切さを認識した。
仕事では殆どその後半生を旅に過ごした様な私の生活だっただけに、この歳に至って改めて故郷への思い入れは、その地に変わらず住み続ける人より、一入激しいのかもしれない。関東へ移住してからも三十年以上は過ぎた。しかし未だ本籍は京都のままで移籍しないのは、今生が終わるまで京都人でありたいという、私の京都への執着の思いでもある。更に今生だけにとどまらず、昨年私が京都の菩提寺に申請した生前戒名の字句の中にも、京都を表現する最も適当な「雅」の一文字を思いつき、来世までの思いを託し書き留めた。
ただ過ぎに過ぐるもの、帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。
清少納言 枕草子
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