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「肉体と心」は死ぬが、「魂」は永久に生きつづけ、
何度も生まれ替わる
私の会社では「致知」と言う雑誌を使って
読書会を毎月行なっているが、8月号に
「幸せに生きるための祈りと魂の働き」
と言うテーマで、二人の大学教授が対談で話された。
1人は遺伝子工学の立場で筑波大の村上和雄先生、
もう1人は京都府立医科大学の棚次正和先生で宗教学の立場で話された。
霊的な、あるいはオカルト的な話に
アレルギー反応する方も多いが、
この世で説明のつかない不思議な話は実に多い。
私の個人的な考え方も入れて、謎に挑戦してみたい。
「心」と「魂」の違いを考えたことありますか?
「心」は外からの刺激を受けるとクルクル変るが、
「魂」は変らない。
金色夜叉に登場するお宮が「お金」に目がくらんで、
貫一を振ってしまう女心の変化は、そのよい例である。
「心」の語源は「コロコロ変る」からとったとか、
心臓の音から来たという方もいる。
それでは心変わりのしない「魂」とは何者だろうか?
我々の体は炭素と酸素と水素という元素で出来ており、
元々宇宙にあったものだが、
命を終えると千の風になって、
又地球に戻り、植物や動物の組織の一部になる。
だから、生きている時の自分の肉体は、
宇宙あるいは地球からの借り物なのである。
死んでしまうと、
肉体と「心」は貸主の宇宙・地球に戻すが、
死んでも戻さないものがある。
それが「魂」であり、
肉体の借主であり主人でもある。
「魂」とは何者か、違う言い方をしよう。
我々は正月になると神社に行って
「商売繁盛」「家内安全」などを祈るが、
朝日や夕日や荘厳な大自然を見ても思わず手を合わしたくなる。
つまり「祈り」をあげたくなる。
これは宗教が誕生する以前の原始時代でも同じであり、
人間の根源的な姿ではないだろうか。
自分と他人、あるいは自然等の区別がなくなり、
全ての命が繋がっていると感じると、
感謝の念が生じる。
これを感じるのは「魂」ではないだろうか。
人間には「自分さえよければよい」と言う意識があるが、
この様な人を我がままとか,自我意識が強い人と呼ぶ。
この「自我」と言う余分な意識がなくなると、
人間は他人や自然と根底で繋がっていると言うことを実感する。
つまり、自分は創造主の様な何かによって、
生かされていると感謝して、
素直に「祈り」を捧げたくなる。
この気持は「心」の様に「コロコロ変る」ようなものではない。
それが「魂」である・・と思いませんか?
話は変るが、
「祈り」をささげる状態は、当然幸せであろうと思う。
しかし、世界の「国民幸福度」の調査で、
何と日本は90位だと言う。
経済力世界3位、長寿世界一でありながら、
幸せではないと国民は感じている。
何故だろう?
その原因は、
「お天道様」の大切さを忘れ、
「おかげさま」の感謝の念を持たず、
「自分さえよければ」と言う欲望に走り、
日本国民が命の根源と繋がっている
と言う実感を失い始めているせいではないか。
そんな中で今回の大震災が起こったが、
東日本の方々が自分達の代わりにあの苦しみを受けてくれたと
日本人の多くの方々が気付き、
自分のことの様に心を痛めたのは、
命の根源の繋がりが大切であることに気付いたのかも知れない。
東日本大震災は、日本人を目覚めさせ、
世界にも日本人の素晴らしさを知らしめるための
“創造主の意図”が働いたと考えると、
日本の役割は大きいですね。
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