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整形外科医院から乗せた、膝の悪いばあちゃんは、乗り込むと必ず、こう念を押す。
「家までいかんでね。手前でよかけんね」
「膝が悪いとに、家の前まで行かんでいいと?」
「よかよか、ちょっとは歩かんと、いよいよ歩けんくなるたい」
そんな強がりを言っているが、本当は、痛くて歩きたくはないのである。
大抵降りるのは、家のずっと手前で、しかも家からは死角になっている場所である。
こちらとしても、家の玄関まで乗せて行きたいのだが、以前、家の前で降ろしている時に、中から、五十がらみの男が出て来て、両目を吊り上げて、こんな事を言った。
「これ位の距離を、タクシーに乗りやがって、贅沢をするなっ。膝の痛いの位、我慢せえっ。病院に行ったら、病院代が勿体なかろうが。家でじっと寝とったら、その内自然に治るわい」
ロクに仕事もしないで、ばあちゃんの年金で暮らしているのに、お前には、こんな事を言う権利はない筈である。
そこへ持って行くと、配送中のトラックの運転席から、杖をついてゆっくりと歩く、年老いた母親を見つけて、
「こらっ、又歩いて帰りよる。タクシーに乗って帰れと、いつも言いよろうがっ」
と、怒鳴り上げ、ばあちゃんも照れくさそうに
「あれ、見つかってしもうたねえ」
と、笑って答えると、
「又こけて、骨でも折ったらどうするんやっ。金は生きている内に使わんと、あの世には持って行けんとぞっ」
と、もう一度怒鳴ってから、トラックの助手席に、ばあちゃんを押し上げて乗せ、走り去って行く、孝行息子もいるというのに。
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