福岡県筑豊、田川のタクシーおもしろ話、田中有二

色んな人と出会います。人生の参考になればいいですが

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魚沼産こしひかり

 とある民家に迎えに行くと、玄関に、魚沼産こしひかりと書かれた、60キロ入りの米袋が置いてあり、中から、50がらみの男性が出て来て、
 「腰が悪いけん、手伝おてくれんね」
 と、言うので、二人でその米袋を、タクシーのトランクに乗せた。
 行き先は、介護タクシーの事務所で、目的地に着くと、
 「これを降ろしたら直ぐに帰るけん、ちょっと待っといてくれんね」
 と、言うから、米袋を下ろすのを手伝って、事務所の中に運び込んだ。
 事務所には、四人の中年女性がいて、びっくりしたような顔で出迎えた。
 そして、男性はこう言った。
 「今までお世話になったけん、これをみんなで分けて」
 四人は、満面の笑みで立ち上がり、
 「そんな事してくれなくても」
 すると、男性は、冷めた表情でこう言った。
 「その笑顔が、仕事をしている時にあったらねえ」
 一瞬、その場が凍りついた。
 「冗談、冗談、冗談たい」
 その言葉で、いくらか場がなごんだので、女性の一人が言った。
 「〇〇さんが居なくなるのは、残念やわ」
 「残念なのは、きつい仕事を押し付ける者が、居なくなるからやろう」
 又場が凍りついたが、その氷を解凍する様に、別れの言葉を述べた。
 「じゃあ、これで失礼するけど、これをみんなで分けてね。今すぐに分けるよりも、一と月ほどして分けた方が、乾燥して丁度いい具合になってるやろう」
 四人の女性は、深々と頭を下げて見送った。
 その男性を乗せての帰り道、しみじみと訳を語ってくれた。
 「俺、ここに勤めてから、腰を悪うしてねえ、人の介護どころか、俺が介護されたいわ」
 我々の仕事にも、遠距離と近距離がある様に、どうも介護タクシーの仕事にも、いい仕事と悪い仕事があるらしい。
 「他の連中は、家が百姓でもしていて、出来た新米を、あの事務所の女共にやるから、全く手のかからない、楽な仕事ばっかり貰おて、俺にはロクでもない仕事しか回さんやったんや」
 「どんな仕事?」
 「団地の五階から、車椅子ごと下ろしたり、おんぶをして下ろしたり、しかも大きなジイさんやバアさんばっかりで、人形みたいに全く動かんから、重たいのなんの、腰も悪うなるばい」
 「ほおう、たまらんねえ」
 「そこで文句を言うと、『ちゃんと、順番で平等に配車してるわ。たまたまあんたにそんな人が当たるのよ』と言って、ますますロクな仕事を回しよらん」
 「そんな仕打ちをされてて、あんな事する必要ないやん。こしひかり60キロ、さぞ高かっとろう?」
 「いいや、タダ」
 「家で米を作っとると?」
 「いいや、中身は、英彦山川産すなひかり、川砂たい」
 そう言えば、この男性、中身が米だとか、みんなで食べてくれなんて、一言も言ってない。ささやかな仕返しであろう。
 さて、一ヶ月後が見ものである。

超玉の輿

 近頃、にわか成金の一家が住みだした豪邸がある。
 日本式の大きな屋敷で、豪華な庭に囲まれていた。
 つい数年前まで、元気のいいじいちゃんが、一人で住んでいて、脚立の上に乗せた足場板の上に乗って、よく庭木の手入れをしていたので、
 「おっさん、危ないぞ」
 と、声をかけると、
 「心配せんでよか」
 と、わざと足場板をゆすって、おどけて見せていた。
 奥さんはとっくの昔に亡くなり、子供も出て行っているので、のんびりと優雅に暮らしていたが、寄る年波には勝てず、ヘルパーさんに伴われて、我々のタクシーで、病院通いをするようになってしまった。
 よっぽど気に入っているのか、いつも付いて行くヘルパーさんは、同じ人であった。
 年の頃なら、五十そこそこ、いつもきれいに髪を染めて、ちょっと色っぽい、お尻の大きな美人であった。
 やがて、じいちゃんの姿が見られなくなり、くだんのヘルパーさんが、ひんぱんに出入りする姿を見るようになった。
 噂によると、じいちゃんは寝たきりになり、ヘルパーさんが、付きっきりで面倒を見ているらしい。
 下世話な近所の者は、
 「あのじいさんは、昔からスケベやったからなあ。何処まで面倒を見て貰っているか、分かったもんじゃねえぞ」
 と、やっかみも込めて、噂し合っていた。
 そして、じいちゃんは亡くなり、子供たちがのんびり帰って来たが、ちゃっかりヘルパーさんが、籍を入れて奥さんに収まっていた。
 子供たちが
 「お前は、色気でじいさんをたぶらかして、籍を入れたんやろうが」
 と、大声でわめき散らしても、もう後の祭りである。
 「なんで死ぬ前に知らせてくれなかった。死に目に会わせてくれなかった」
 散々言われたヘルパーさんは、通夜の席で、こうタンカを切ったらしい。
 「あんたらは、父親が悪いのに、一人でも面倒を見に帰って来たかっ。シモの世話を一度でもしてやったかっ。あの人は、いつも言ってたわ、『あんな薄情な子供たちより、わしはお前に看取られて死にたい』とね」
 みんなは、老人の事を枯れているなんて言うが、死ぬまで色気があるらしいから、もう死期が近付くと、孫や子供の事よりも、自分の事を一番に考えるのであろう。
 可愛い孫たちに財産を残してやろう、なんて考えは、とっくに吹っ飛んでしまっている。
 その後、豪邸には、ヘルパーさんと、その娘らしい二十代の女の人が住んでいたが、
 「あのオナゴ、あの大きなケツをじいさんの顔に押し付けて、ハンコを押させたに違いなかばい」
 「あのオナゴなら、わしでもハンコを押すばい」
 なんて、近所のスズメがピーチクうるさいので、とうとう豪邸を、にわか成金に売って、出て行ってしまったのだ。

大仏さん

 後輩に、目が細くて、優しい顔だちの板前さんがいる。
 そんな風貌の上に、頭がパンチパーマなので、昔から、「大仏さん」とか「大仏君」と呼んでいた。
 その大仏さんは、職場に出勤する途中で、よくうちの営業所に寄って、時間稼ぎに話し込んでいた。
 「お前、ぼちぼち床屋に行かんと、食べ物を扱う仕事なのに、不潔な感じがするぞ」
 「床屋に行きたいけど、金欠病たい。この頭、結構金がかかるんばい」
 しばらく床屋に行ってないのか、パンチパーマどころか、アフロヘアーみたいになていた。
 そんな話をしている所に、未だ入って間もない、新米の若い運転手が帰って来た。
 そして、大仏さんに向かって、こんな事を言った。
 「こんにちわ大仏さん」
 一瞬ギョッとした大仏さんに向かって、更にこう続けた。
 「そんな伸びた頭じゃ、大仏さんらしくないけん。早く床屋に行った方がよかばい」
 すると、大仏さんは、顔を真っ赤にして立ち上がった。
 「きさんっ、誰に向かって大仏さんと言いよるとかっ」
 面食らった新米に向かい、胸ぐらをつかんで殴りかかった。
 とっさに、間に割り込んで、大仏さんをなだめすかし、何とか落ち着かせたものの、プイと怒って出て行ってしまった。
 「お前、大仏とか言うたらつまるか」
 「いや、みんなが大仏さんと言いよるから、てっきり名前かと思うとったんたい」
 と、新米は、今にも泣きそうな顔で言った。
 我々は、昔からの付き合いで、しかも後輩であるから言えるのであって、あかの他人が言えば、大仏さんは板前だけに、三枚におろされて、刺身にされるかも知れない。
 「それにしても、人は見かけによらんもんやねえ。あんな優しい顔をしとるのに」
 その通リ、いかつい顔をしているのに、優しい人もいるし、一見優しそうなのに、とんでもない奴だったするからだ。
 でも、今日の場合は、仏さんでも神様でも、きっと怒るに違いない。

ブロッコリー

 大邸宅に迎えに行くと、奥さんが、大きな旅行バッグを二つ持って出て来た。
 それをトランクに乗せながら、これは遠行きのいい仕事だと確信した。何故なら、近くだと、自分の高級車でウロウロしているし、時折リ外国に行くので、福岡空港まで行くか、悪くても、新幹線の小倉駅だからだ。
 やがて、主役が、ロボットみたいにゆっくりと歩いて出て来たが、かって、その筋の幹部をしていただけに、七十も近いのに、いまだに態度だけは大きい。
 後ろのドアを開けると、助手席に乗りたいと言って、乗り込むなり、背もたれをいっぱいに倒して、うつ伏せに乗り込んだ。
 「今から入院や、着いたら直ぐに手術や」
 行き先は、峠を一つ越えたところにある、痔の専門病院なので、まあ悪い仕事ではない。
 「たまらんぞ、パンツがすれただけで痛いけん、なるべくゆっくりやってくれ」
 言われた通りに、ゆっくりと走っているのに、
 「おい、もっとゆっくり走らんかっ」
 と、うるさいのなんの。
 その内、ズボンを下げて、色鮮やかな柄物のパンツを丸出しにして、
 「エアコンをかけて、こっちに風が来るようにしちゃれや」
 花冷えで、まだ肌寒いのに、たまったもんじゃない。尻に冷たい風を当てているので、見事な柄物のパンツだなあ、とよく見ると、それは、尻まで入った入れ墨だった。
 「ひでえもんや、まるでブロッコリーか、カリフラワーみたいになっとる。見てみるか?」
 誰が見るもんか。
 峠にさしかかり、ゆっくり登っていると、後ろは大渋滞である。恐らく、後続の車は、
 “このタクシー、何を考えとるんや」
 と、イライラしているに違いない。それなのに、
 「いてえ、いてえ、もっとゆっくり走らんかっ」
 と、うるさいので、思い切りアクセルを踏み込んで、一気にスピードを上げてやった。
 「こらっ、ゆっくり走れと言いよろうがっ」
 もうこうなったら、ヤケクソである。
 「ゆっくり走って、ジワジワと痛いのが長引くよりも、サーッと走って、早く着いた方が、痛いのが短くていいたい」
 「バカタレッ、いとうてたまるかっ」
 「サロンパスでも、ジワジワとはがすより、サーッと一気にはがした方が、痛いのが短くて気持ちがいいたい」
 「バカタレッ、サロンパスと痔を一緒にするなっ。きさん、覚えとけよっ」
 そうこうしている間に、病院の玄関に着いたが、よっぽど嬉しかったのか、一円のチップもくれないで、おまけに、
 「荷物を運んでくれ」
 と、言う始末。
 バッグを二つ持って、ロボットの後に続きながら、よっぽど指カンチョウをしてやろうか、と思ったものである。
 今なら、過去の悪事を白状させるには、元幹部の患部を攻撃するだけで、直ぐにゲロするに違いない。 
 

正義の味方

 その昔、わが町には、運転免許を持った者で、知らない者が一人もいないと言われた、有名なT丸と言う警察官がいた。
 誰もが、一度や二度お世話になった事がある筈で、50ccのバイクに二人乗りしている時、後姿を見つけて、急いで後ろの者が飛び降りても、しっかり見ていて捕まえる。
 又、バイクに無灯火で乗っていると、必ず暗闇から
 「こらーっ」
 と、現れて捕まえる。
 当時は、今みたいに飲酒運転はうるさくなく、赤い顔で車を運転しているのを、警察官に見つかっても、
 「気を付けて帰れよ」
 と、言う程度で、未だおうへいなところがあった。
 ところが、T丸氏は違っていた。
 祭りの打ち上げで、みんなで酒を飲んでいて、自分も一緒に飲んでいるのに、その中の誰かが、こっそり抜け出して、バイクに乗って帰ろうとしようものなら、駆け出して行って、即検挙である。
 とにかく、友人であろうが、親戚であろうが、土下座しようが、泣き落としであろうが、絶対に許さないのである。
 ある時、バイクの二人乗りを咎められた者が、こっそり酒を一升持って行くと、
 「贈賄罪で逮捕するぞ」
 と、言われたそうである。
 ここまでだと、出世の為に点数稼ぎをする、只の嫌われ者だが、そうでもなかった。
 痛快な事に、職場の歓送迎会が、料亭であった夜に、近くの道路で待ち構えていて、飲酒運転をして来る、同僚であろうが、上司であろうが、片っ端から検挙したそうである。
 そのせいでか、出世はおぼつかず、派出所勤務のまま定年を迎え、その後、公営ギャンブル場で警備員をしていたが、以前捕まった事のある者は、積年の恨みがあるので、わざと車をぶつけるようにして、
 「こらっ、しゃんと誘導せんかっ」
 と、怒鳴りまくり、もう国家権力でないので、哀れなものだった。
 もう故人になってしまったが、やっぱり、このように正義感の強い人は、政治家の汚職事件担当の、特捜部の検事にするべきであった。
 ところが、聞くところによると、四国にはもっと正義感の強い人がいて、奥さんに車で警察署まで送らせておいて、署に着くなり
 「お前、さっきの路地を出る時、一旦停止をせんやったなあ」
 と、叱りつけて、しっかり青キップを切ったそうである。


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