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ある家に、ばあちゃんを迎えに行って、今まさに乗ろうとしていた時、中年の女性の運転するワゴン車が、切なそうに車庫から出て来て、横をすり抜けて走り去った。
「鬼嫁が出て行きよらす」
こちらのタクシーは、ばあちゃん言うところの、鬼嫁が運転するワゴン車を、追う形になって走る事になった。
「同じ方向に行くんなら、ちょっと乗せてくれてもよかりそうなものを」
結局ワゴン車は、ばあちゃんが降りる病院の前を通リ抜けて行った。
ワゴン車に乗っていたのは、長男の嫁で、長男が単身赴任しているので、じいちゃんは亡くなったし、今は、小学校高学年の女の子と、三人で暮らしているのである。
それから四、五日して、朝の十時頃、ばあちゃんを迎えに行くと、ちょっと小ぎれいな格好で出て来た。
「今日は、芝居が来とるけん、温泉センターに行くたい」
「ああ、小倉の温泉センターやね?」
「今日も朝早ようから、孫と出て行きよったけん、『たまには気晴らしに、わしも何処かに連れて行ってくれんかね。油代とめし代位は出してやるたい』って言うたら、『私達は、あんたら年寄りの行く様なとこには行かんたい』言うて、とっとと何処かに行ってしもうたたい」
「一体何処に行ったんやろうか?」
「恐らく、ショッピングセンターに買い物やろう、一緒に連れて行ってくれたら、孫に服の一つも買ってやる道は知っとるばい」
小倉の温泉センターに着くと、
「遠いけど、電話をしたら、ここまで迎えに来てくれるかね?」
「いいよ、あんまり仕事もないし、帰る頃に電話してくれたら、又迎えに来るよ」
そして、夕方になると、ばあちゃんから電話があったので、温泉センターに迎えに行った。
乗り込むなり、ばあちゃんは憤慨して言った。
「あのクサレ鬼嫁、あんたらの行く様なとこには行かん、言うてたくせに、ここに来とったたい」
「そんなら、乗せて帰ってもらえば良かったのに」
「そう思うて、二人の前を、何べんも行ったり来たりしたけど、二人共知らん顔しとったばい。親も親なら、、子も子たい」
「三人で住んでるんやから、仲良くせんと。それで、ご飯はどうしよると、一緒に食べよると?」
「わしは魚が食べたいとに、肉ばっかり出して、わしはライオンやなかばい。『肉よりも、青魚の方が体にいいとばい』と言うたら、『今さら体に気を使おてどうするかね。先は長くないとに』そんな事言うとばい」
「けしからん嫁やねえ」
「こないだなんか、体がきつかったけん、部屋で横になってたら、鬼嫁がやって来て、『あんた、寝てばっかりおったら、しまいには寝たきりになるばい。これはあんたの為に言ってやりよるとやけんね。誤解せんでよ』何があんたの為か、ちょっと横になっただけやのに」
「それで、大人しく起きたんかね?」
「誰が起きるもんか。あんまり頭にきたけん、はっきり言うてやったたい」
そして、二人の間で、こんな会話が交わされたらしい。
「あんたは恐ろしい女やねえ、あんたがここに嫁に来た時、何と言ったか覚えとるかね?」
「さあ、何と言ったかねえ、全く覚えてないわ」
「わしとじいさんの前に三つ指付いて、『いつまでも、お父さんとお母さんを大事にしますから、一緒に住ませて下さい』って、涙を流しながら言ったやないの」
すると嫁は、大きな口を開けて笑いながら、
「はははっ、あれ、あれは若気のいたりたい」
もうばあちゃんは、次の言葉が出なかったらしい。
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