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もう何年か前の話である。
駅から乗せた中年の男性は、
「〇〇病院に急いでやってくれんね」
と、言った。
何でも、山の上にある老人病院に、入院している母親が危篤らしい。
そんな事情なら、ぶっ飛ばして行くしかない。
幸い、ネズミ捕りをしそうな場所もないし、きっと間に合わせてやるぞ思った。
しばらく町中を走って、いよいよ田んぼの中の道に、差しかかろうとしていた時、後方から、救急車のサイレンが聞こえて来たので、
“これは丁度いい、こいつの後ろに付いて行けば、堂々と飛ばして行けるぞ”
道路脇に車を停めて待っていると、やっと俺のタクシーを追い越して行ったので、ピタリとその後ろに付けたが、なかなか前に進まなかった。
救急車なのに、非常に安全運転なのである。
しまいには、救急車を先頭に、長い車の列が出来てしまった。
もしかしたら、この救急車も、俺と同じ、山の上の病院に行ってるのかも知れなかった。
こんな車の後ろに付けていたら、いつになったら病院に着くか、分かったもんじゃない。
そっちも救急で急いでいるかも知れないが、こっちも急いでいるのである。
とうとう我慢し切れなくて、救急車を追い越して、先に行ってやってしまった。
どんな奴が運転しているのか見てみると、若い運転手が、フロントガラスに顔を貼り付けるようにして
ハンドルを握っていた。
見る見る後方の救急車は、小さくなってしまい、もうサイレンも聞こえなくなっていた。
病院の玄関にお客さんを降ろして、かなり戻った所で、やっと長い車の列を引き連れた救急車とすれ違った。
そのすれ違いざま、助手席の男性が、何やらこちらを指差して、わめいているのが印象的だった。
営業所に戻ると、早速、救急本部から、救急車を追い越して行ったと、俺の車のナンバーを名指しで、苦情の電話がかかってきた。
そこで、受話器を取って言ってやった。
「こっちも、死に目に会えるかどうか、急いでるお客さんを乗せてたんや。あんなノロノロ運転なら、助かる者も助からんぞ。救急車の運転をさせるなら、あんな安全運転をする運転手より、元暴走族にさせた方がよっぽどいいぞ」
そう言ってやると、怒ったのか、ガチャリと電話を切ってしまった。
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