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本が好きで、かなりの蔵書がありますが、特に好きな本や、感じることが多い本を紹介します!
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●たった一人の勇気でも世の中は変わる!人権運動の母「ローザ・パークス」●

たった一人の勇気が、民衆を動かし、ついには世の中を変えることがあります。

黒人、白人。

同じ人間であるにもかかわらず、肌の色の違いによって、あらゆる差別の中で暮らさなければいけない時代がありました。

権力、法律、マスコミ、どれもが平然と人種差別をし、人間の権利を踏みにじっていたアメリカ。

そんな差別社会で「人種隔離は憲法違反」と、法律の上での勝利を勝ち取り、怒濤の公民権運動を起こすきっかけを作ったのは、たった一人の名も無き女性でした。

★ ★ ★

アフリカ系アメリカ人、いわゆる黒人の歴史は、あまりにも悲惨です。

かつてアフリカから奴隷船で連行され、家畜の如く労働をさせられました。

子どもの目の前で母がムチ打たれ、親は我が子を売られていきます。

「奴隷解放」後も、あらゆる差別と迫害をうけ、気まぐれに殺されていきました。

当たり前のように虐げられ続ける世の中。

黙って耐えるしかった時代に、はじめて法律の上で人種差別の悪が証明されました。

その活路を開いた女性はローザ・パークス女史。

社会的な地位などまったくない、一庶民でした。

私はこの事実を知った時、この世には、一人の力では到底あらがいがたい巨大な「社会」に、たった一人で戦いを挑んだ女性がいたのかと、感動しました。

「もっと詳しく知りたい!」

そう思って書店で書籍を探し、購入したのが「ローザ・パークス自伝」と「ローザ・パークスの青春対話」の二冊でした。

★ ★ ★

私は本を手に取り、はじめてローザ・パークス女史の写真を見て、驚愕しました。

国家権力や法律、マスコミにたった一人で戦いを挑んだ人物です。

私は、鉄の信念を持ち、鋼の精神力を備えた、眼光鋭き強面の女性の姿を想像していました。

しかし、女史の顔は私の想像とはまったく逆。

「なんという、優しい瞳なんだ・・・・・」

そこにあったのは、まるで全てを包み込んでしまいそうな、優しく温かな姿でした。

ページをめくると、別の写真があります。

やさしく微笑む表情には、心優しき人格がにじみでています。

「これがあの大闘争をやり遂げた人なのか・・・・」

どんな罪をも許してくれそうなこの優しい微笑みの、いったいどこに不撓不屈の信念が埋まっているのか・・・・

私は、この温厚そうな女性の姿と、大革命とがどうしてもつながらなく、不思議で仕方有りませんでした。

★ ★ ★

今やパークス女史は、全米に止まらず、多くの国の教科書に紹介されるほど、歴史的な人物になっています。

一庶民だった女史が、世界を変える指導者になった日。
それが1955年12月1日です。

当時デパートで服の仕立てを手伝っていた彼女が、仕事を終えて帰宅しようとするときに事件は起きました。

場所はアラバマ州、モンゴメリー。

パークス女史は帰宅するためにバスに乗りました。

当時は、レストラン、待合室、広場の水飲み場でさえ「白人用」と「黒人用」に分けられていました。

黒人用はいつも一段下におかれ、白人用を使用したり、文句を言ったりすれば、殴られ、蹴られ、リンチされ、まさに殺されかねないくらいの人権侵害が横行していました。

当然バスにも差別があります。

女史はバスに乗ってから気がつきました。
「あの時の意地の悪い運転手ではないか」

12年前、バスの後ろがいっぱいだったため、女史は前からバスに乗りました。

しかしその運転手は「前から乗るな!」と、バスを降りさせたのです。

白人は前、黒人は後ろ。
座席も混んでくれば、黒人は立って白人に席を譲らなければいけません。

12年たっても、運転手は何も変わっていませんでした。

黒人は、白人に席を譲ることを強要したのです。

「混んできたから、席を譲れ。さっさと席を立った方が身のためだぞ」

乗っていた黒人は席を立ちました。

しかし、パークス女史は立ちませんでした。

「はやく立て!」
運転手が怒鳴ります。

しかし女史は
「ノー!」と叫んだのです。

「お前を逮捕させるぞ!」
「かまいませんよ!」

女史は、どんなに脅されても席を譲りませんでした。

やがて警察官がやってきました。
「どうして立たないのか?」

女史は警官を見据えて、逆に言い返しました。
「どうして、あなた達は皆、私たちをいじめるのですか!」

人種差別が当然のことのように存在し、逆らえば命さえ危なかった時代です。

誰もが「自分一人が何をやっても変わらない」と思っていました。

しかし女史は、たった一人で、とうとう声を上げたのです!

★ ★ ★

女史は後日、この時のことを、席を譲らなかったのは体が疲れていたからではなく、「いじめられることに疲れていた」からだと語りました。

みんな同じ人間です。
なぜ、肌の色の違いだけで、差別され、虐げられ、殺されなければならないのか!

権力者が許しているからなのか!

法律やマスコミが後押ししているからなのか!

こんな転倒の理念がはびこった社会では、みないばりくさる人間ばかりになってしまったではないか!!

おかしな社会に、甘んじれば甘んじるほど、ますます彼らはつけあがり、横暴の度合いが増していきます。

こんな社会を、誰かがやめさせなければいけない。

いったい誰が・・・・・

いや、誰がではない。
私だ!

女史は、自ら一人立ったのです。

★ ★ ★

時代を変えるのは、どこかの誰かではありません。

苦渋を余儀なくされていながら、いつ現れるかも知れない救世主を夢見ているだけでは、何も変わりません。

まさに、「もうたくさんだ!」と、立ち上がった勇気の一人から、時代が音を立てて変わっていくのです!

★ ★ ★

席を立たなかったパークス女史には、これから生まれてくる子供達への慈愛もありました。

「こんなことは私の時代で、もう、いいかげん、やめさせなければ!」

女史の行動は、どこまでも人間に対する温かな真心に支えられていたのです。

「虐げられてきた、幾多の同胞達のために!
これから生まれてくる世代のために!」

その信念は固く、ついに女史は逮捕されました。

しかし、この逮捕をきっかけに、町の黒人の怒りは爆発したのです!

「彼女の逮捕を、黙ってみていていいのか!!」

パークス女史は、町のみんなから慕われていました。

いつも朗らかで、聡明で、優しい・・・・
あんないい人はいない!!

人間を愛し、誠実を貫いてきた女史には、戦う以前からその人柄によって、幾多の戦友を作っていたようなものです。

女史の人柄を知る同胞達は、共に立ち上がったのです。

そして「差別するバスには、もう乗らない!」と、あの「バス・ボイコット(乗車拒否)運動」に発展していきました!

これにはマーチン・ルーサー・キング牧師がリーダーとなり、三万人もの人々が団結しました。
皆誇り高く、バスに乗ることをやめ、何駅分も歩いて出勤しました。

また、車を乗り合わせたり、黒人のタクシー会社は、バスと同じ料金で運転し、運動を支えました。

当然、嵐のような妨害が起こります。

「黒人がなにをやっているのだ!生意気な!」

パークス女史は、デパートをクビになり、脅迫電話も鳴りやみません。
マスコミはデマで中傷を繰り返し、リーダーのキング牧師も、家が爆破されました。

しかし、どんな迫害にも団結は揺るがず、バス・ボイコットをはじめ抗議運動は続けられました。

このことは全米以外にも話題を呼び、世界の「良心」を揺さぶりました。

「人種差別はおかしい!」

徐々に世界的に世論が高まり、運動開始から一年後、ついに合衆国最高裁判所は「バスの人種隔離は憲法違反」との宣言をしました。

ここから一気に公民権運動が広がり、やがて「人種隔離法」に終止符を打ったのです!

★ ★ ★

特筆すべきことは、この歴史的な大革命が武力を持たない「非暴力」によってなされたことです。

国家、権力者、法律、マスコミ、そして世間。

この壁はあまりにも大きく、武器を持たずに抵抗することなど、夢想だにできません。

事実過去の革命の歴史は、血で血を争う武力による闘争を繰り返してきました。

しかし、「平和」を求める手段として「暴力」を使うなど、おかしな話です。

結局革命を成し遂げたとしても、新たな暴君を生んだだけで、しばらくすれば、また同じような差別社会に戻ってしまいます。

しかし、人間の良心は武器よりも強かったのです!

人種隔離の革命は、たった一人の名も無き庶民の「ノー!」の声で始まり、民衆の連帯によって成し遂げたのです。

その最初に立ち上がった勇気の女性、パークス女史。

女史が持っていた最高の武器は、「優しさ」でした。

パークス女史が優しい人間だったからこそ、皆の心をつかみ、団結したのです。

まさに「優しさ」こそ、あらゆる巨大な壁に抵抗しうる、唯一にして最強の武器なのです!

私が驚愕した、あの優しい笑顔・・・・

その笑顔こそ、国家や権力に打ち勝っていける、真に強き人間の姿だったのでした。

★ ★ ★

現在、人種差別以外にも、様々な差別がまだ存在するとおもいます。

「権力者」と「庶民」。

この間にも、理不尽な差別があるのではないでしょうか。

今、日本の国会はまさに激動しています。

庶民とはあまりにもかけ離れた金銭感覚をもつ政治家が、国の中心者として君臨しています。

景気を下降させ、国に借金を作り、その尻ぬぐいを国民の税金でしようとしています。

まさに「権力者の好き放題」です!

傲慢な政治家にいつも泣かされるのは、底辺にいる庶民ではないでしょうか。

いつまで「国民無き政治」に甘んじなければいけないのでしょうか。

黙っていればいるほど、彼らはつけあがっていきます。

「こんなことは、もう、いいかげん、やめさせなければ!」

今、誰かが立ち上がらなければ、取り返しのつかないことになるのは明かです。

「誰かではない。私が!」

たった一人の革命でも、「優しさ」を武器にすれば、必ず歴史は変えられるはずです!

パークス女史は毅然と当時を振り返っています。

「もうたくさんだ! と叫ぶ時がやってきたのです」

「その時、私たちは、それまで抑圧され続けた先祖たちと、これから生まれてくる世代のすべての人たちのために立ち上がったのです!」

今こそ、女史の叫びに学ぶときです。

「政治は、国民のために有るべきだ!」
「政治家よ!国民のための政治をしろ!」

今まで政治家の好き放題に耐えてきた人たちのために。
また、これから社会に羽ばたいていく青年達のために、毅然と声を上げるときだと思います!

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●今の日本人に警鐘を鳴らす「阿Q正伝」魯迅●

私は、上司にコビるゴマスリが大嫌いです。

会社を良くしていこうという気概もなく、不満があっても、上司に意見する勇気はない。

実力がないので、やることといえば、できる人の足を引っ張るか、強い者のご機嫌をとるしかない。

いつも上司の顔色をうかがい、他人の失敗をことさら喜ぶ。

そしていつも自分より弱い者を探すことに血眼で、見つければ容赦なくイビリ、「自分より下の人間が居る」と、安心する。

それが、ゴマスリの共通の姿のように思います。

その根底は「自分さえ良ければいい」「他人のことはどうでもいい」という、強烈なエゴがあり、まさに、自分を守るためには、どんな無様なことでも甘んじて行う。

でもそうやって、強い者にコビることが、本来誇り高い自分の魂を、どれほど傷つけることになるか・・・・・

しかし本人には、まったくその自覚がないことに、本当の不幸があるのかもしれません。

「阿Q正伝」

その主人公である阿Qは、まさにそのように、自分のためだけに生きた人物です。

自分を満足させるためだけに、醜き行動をとりながらも、常に自分を正当化しつづけた憐れな生涯。

「阿Q」

まったくふざけた名前ですが、彼の本当の名前は誰も知りません。

小説では、阿Qの名前を探ろうとしますが、すぐに断念します。

正式な名前など、どうでもいい。

なぜなら、阿Qには「実態がない」のだから・・・・

阿Qは、今、この瞬間が満足であるかどうか。
それが全てでした。

中身はからっぽ。
信念はない、哲学もない。
世間の風に、そのまま揺られながら、その中でただひたすら自分の満足感のために生きていく。

実態が、ないというのは、自分の中に「思想」や「哲学」や「宗教」がないということです。

確かな思考の基盤がないため、その場その場で、ただひたすら自分を満足させるためだけに、自分流の言い訳を考えては、空しく満足しました。

哲学無き人間は、世間という波に、いいように翻弄されながら、かくも空しく生きていくのか・・・・・

まさに、そういう、悲しくこっけいな姿が阿Qでした。

阿Qは、とてもプライドが高い。

しかし、いつもバカにされ、からかわれてしまう。

怒り狂って、からかう連中に立ち向かってはいくものの、いつも逆にやっつけられてしまう。

プライドがズタズタな阿Qは、それでも「フン、せがれにやられたようなものだ」と、自分を満足させる。

そしてすぐ元気を回復し、上機嫌になるのです。

からかう連中は、それを知り、次にとっくみあいになった時に「俺たちはせがれじゃないぞ!」と言いながら阿Qをやっつける。

そして「さあ、どうだ、せがれにやっつけられているのではないぞ、おいら、虫けらって、言ってみろ!」と、容赦なく攻撃します。

阿Qは苦痛からのがれたい一心で、恥も外聞もなく「おいら虫けらさ」と叫びます。

そのあまりにも醜い姿・・・・

しかし、それでも阿Qは「われこそ、自分を軽蔑できる、第一人者さ」と、勝ち誇るのです。

「自分ほど自分を軽蔑できる者はいない!」

なんと空しき、理屈でしょうか。

しかし、自分の優越感を取り戻すための、この悲しき「精神的勝利法」で、阿Qはいつでも意気軒昂で生きていくのです。

その「精神的勝利法」は、不動の思想ではなく、その場その場で、自分にとって都合良く作り出される、空しき屁理屈にすぎません。

ある意味、確かな哲学がなければ、いつも自分のいいように理屈をつくっていけます。

その理屈が、以前言っていたことに反していても「以前はそうだが、今は状況が違う、この場合はこれでいいのだ」と、自分が納得すればいいだけです。

そんな不確かな自分を、基準にしながら生きていく阿Qは、浮き沈みを繰り返しながら、ついに哀れな末路へ、転がっていきます。

村に辛亥革命の波が一気に押し寄せました。

革命党におびえる村人。

その姿を見て「革命も悪くないな」と、阿Qは考えます。

自分も革命党の一員になれば、自分をいじめた村人の鼻をあかしてやれる!

阿Qは、革命党きどりで「謀反」を口にします。

あの阿Qも革命党なのか!

そういって、村人が自分に怯えてバカにできなくなる。

阿Qの革命観は、結局その程度なのです・・・・

しかし、いくら口で謀反を叫んでも、革命党は、自分を迎えに来てくれない。

結局阿Qは、革命党には入れないので、その格好だけでも真似ようとして、辮髪(べんぱつ)を巻き上げて、見かけだけ繕いました。

しかし、哀れな阿Qが真似たのは、盗賊の姿。

革命党と盗賊団の区別もつかない阿Qは、有力者の家を強奪した犯人一味として逮捕されてしまいます。

そして最後は銃殺刑・・・・・

「助けて・・・・・」

阿Qは、声にならない叫びをあげながら、死んでいきました。

不動の思想や哲学や宗教を持たない、確たる自分がない阿Q。

その姿は、人間としてあまりにも醜く、救いがなさすぎます。

正直読んでいて、いい気はしません。

しかし、作者である魯迅が訴えたかったものは、何なのか?

それは、人間としては、決して悪人ではないものの、確たる自分がなく、その弱さゆえに、世間の波にいいようにもまれながら、破滅へと転がり落ちていくあわれな人間の姿。

魯迅は、信念無く生きる人々に、

「そうであってはならない!」
「民衆よ目覚めよ!」
「確たる自分を持て!」

との、覚醒への強烈なメッセージなのだとおもいます!

魯迅が生きた当時の中国は、まさに激闘の時代でした。

封建的な圧制に、いいように翻弄される国民。

戦争、革命。

結局、力での革命は、支配者の頸を交代するに過ぎない。

国民の大多数が阿Qであれば、いくら革命が起こっても、何も変わらないのです!!

阿Qは、ただひたすら自分の満足を満たすだけに生きた。

「世の中に貢献しよう」「社会をよくしていこう」なんて、さらさらおもわない。

自分さえよければ、それでいい。

阿Qは、自分が苦しみから逃れるためには、どんな醜い命乞いもしました。

自分の私腹を肥やすためには、雇い主にコビて、どんなおせじも使いました。

人間として卑小な自分を感じたときは、都合の良い屁理屈を作り上げて、自分の心を癒しました。

そして、決して自分を高めようとは思わず、強い者の足をひっぱり、自分より弱い人間を捜し、優越感を得ようと腐心したのです。

この阿Qのように「世の中を変えようとする勇気のない」「自分を高める努力が出来ない」、そういう民衆が目覚めない限り、結局社会は変わらず、権力の交代劇に終わってしまうのです。

魯迅は、この哀れな阿Qの姿を通して、民衆の心を変えようとし、頭脳を変えようとしたのだと思います。

国民への思いやり無き悪政の世の中。

魯迅は中国の歴史を「奴隷になりたくてもなれない時代」と「しばらくは安全に奴隷でいられる時代」の繰り返しだといいました。

一部の政治家や権力者に、いいように操られる世の中。

まさに、今の日本の現状だとおもいます。

確かに今の日本は、戦争をしているわけでもないし、国全体が今日明日、食べるのに困るほどの危機的状況にまではなっていません。

しかし、深刻な不況で、先行きは暗く、個人では明日の食べ物さえ事欠く人だって、多いはずです。

そんな中、献金疑惑や脱税疑惑があって「私はめぐまれた環境にいたので、財産管理が甘い」などど、ヌケヌケと言う人間が首相であり、あれだけ威勢よく夢のような政策を掲げていたにもかかわらず、まったくふるわない口だけの政党が、国の運営を行っているのが現状です。

今は魯迅の言う「しばらくは安全に奴隷でいられる時代」から「奴隷になりたくてもなれない時代」に転落するかもしれない、瀬戸際だと言えるかもしれません。

今年の夏、多くの国民は、民主党に期待をして、政権交代に一石を投じました。

しかし今、民主党は、その期待に応えているとは言い難く、まったく実績がふるわない理由も、「前政権が悪かったからだ」と、責任転換に、終始している始末です。

鳩山政権がやっていることは、国民をまったく無視して、マニフェスト第一で、経済対策はまったくなしです!

補正予算を執行停止し、赤字国債大量発行の危機で、せっかく明るさが見えた日本経済に悪化の兆しを作りました!

事実、政権発足後、株価が下がってきています。

他に問題をざっとあげても
●地元の意見を無視した八ッ場ダム建設中止
●事前相談無しの高速道路4車線化凍結
●自治体の事務経費など131億円を無駄にし、子育て世帯を失望させた子育て応援特別手当の停止
●地域医療再生基金の大幅削減
●批判だけさんざんして代替案を示せない年金
●ブレまくる普天間飛行場移設問題
など、山盛りです。

なのに、なぜ民主党に期待した国民は、これほどおとなしいのでしょうか?
なぜもっと民主党に怒りの声を上げないのでしょうか?
なぜ国民を無視した政界を、変えようとしないのでしょうか?

支持率は下がりつつあるとはいえ、まだまだ追求の声は甘いのが現状です!

「政権交代」

これは、決して民意ではなかった。

これは、国民が自分の信念で判断し、出したものではなく、テレビが無責任に作った風潮に、流されるままに従ったに過ぎない結果なのだとおもいます。


付和雷同。

時の風潮に流されるままの精神風土は、いいかげん終わらせるべきだと思います。

国民は、ちゃんと自分の頭で考える努力をし、「ウソを絶対に許さない」という、賢明な目をもたなくてはいけないと、強く思います。

そのために必要なのが、確かな思想であり、哲学であり、宗教です。

日本は、世界有数の無信仰社会といわれますが、それは違うと思います。

トルストイは言いました。

「宗教をみとめない人々の宗教とは、有力な多数が行っている一切のことに従うという宗教であり、より簡単に言えば、現行権力への服従の宗教なのである」と。

「これだけは許さない」「これだけは守る」
胸中に、そういう確固たる信念をもった人は、強い。

今は、確固たる信念を持って、声を上げる時だと思います。

「有力な多数が行っていること」に、盲目的に従っているのは、現状追随です。

「しかたないさ」と言いながら「現行権力への服従」をし続けていけば、いつまでも権力者のおもうままです。

今は、国の運営の危機!

いったい誰が、憂国の叫びをあげるのか!

決して、阿Qであってはいけないと思います。

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私は、ミステリーファンです。

中でも、本格推理小説が大好きです。

私を本格推理ファンにしたのは、島田荘司でした。

私がはじめて島田荘司の本を手にしたのは、デビュー作の「占星術殺人事件」でした。
特に深い理由無く購入したのですが、読んでいて感激でした!

今まで数々の推理小説を読んできましたが、全て謎を解く材料を提示し「読者への挑戦」として、さあ、謎が解けるか?!
と、本当に読者に挑戦してくる本ははじめてでした。
さらにページを進めると、ある過去の事件の話が出てきて、謎を解くヒントは、今目の前に提示された。どうだい、ここまできたら、説けるかな?と、再度挑戦!

これほどの情熱をもって書き上げられた小説は、本当にスゴイと思いました。

批判を恐れずに書けば、推理小説は、読者が推理することを楽しむものです。
それが、事件の解決まで推理する材料を与えず、解決後に明かしたりする本の、なんと多いことでしょうか。
毎月、洪水のように発刊される推理小説に、いったい、どれほどの作家が、どれほどの情熱をもって、読者に挑戦するくらいの自信作を、世に送り出しているのでしょうか。
うがった言い方をすれば、サラリーマンのように、とにかく殺人事件を小説化していくような、「商業推理小説」全盛の時に、原点回帰のような、本格推理の登場は、ある意味、「異端」であったかもしれません。

この本は読者への挑戦以降が、謎解きの図解等が見えないように、袋とじになっている単行本と、文庫本を所有しており、単行本を残して文庫本を先日オークションに出品しました。

出品の説明文が以下の通りです。

商業ミステリーに堕していた時代に、本格的な推理小説を復興させた、島田荘司の処女作。
江戸川乱歩賞に数回ノミネートされながらも、受け入れられず、受賞無しでのデビュー。
当時は受賞無しでのデビューは三流作家とのレッテルが貼られていた。
名声や肩書きなどを超越し、純真に推理する醍醐味を味わえる本格推理復興の源流作です。

なんとも偏った説明ですが、私の思い入れがどれほどのものか、わかると思います。

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