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今日は書評です。紹介する本は純文学。芥川龍之介の羅生門です。
僕が文学に興味を持つきっかけになった本です。高1の教科書に載っていました。でも当時はなぜおもしろいのか、わかりませんでした。今になってやっとなぜこの本が面白いのかわかる本です。
ではあらすじを紹介します。
雨の中、とほうに暮れている青年。彼が羅生門の中へ入ると、一人の老婆に出くわした。彼女は床のいくつも転がっている死体の髪の毛を抜いていた。青年は老婆へ強い怒りと強い悪を感じる。話を聞くと、死体の髪の毛でカツラを作り売るという。飢え死にするから仕方が無いという老婆へ、青年の怒りは消えていく。
そして青年は、このままでは自分も飢え死する身なのだと告げ、老婆の衣服を剥ぎ取り逃げていった…
他人の「悪」へは厳しく弾圧するが、己の「悪」は容認する。そんな人間の本質を描いた、純文学の最高峰です。
では、青年が老婆の衣服を剥ぎ取った行為。それが悪い行為なのか悪くないのか、今日は皆さんと一緒に答えを出していこうと思います。
答えを導くにあたって、僕はアインシュタインの相対性理論の哲学的応用を用いようと思います。
まず、みなさんは相対性理論をご存知ですか?たぶん、名前は聞いたことあるけど、内容は知らないという方も多いと思います。
そこで、できうるかぎり簡単に説明しようと思います。
皆さんは、夜、車に乗って道路を走ったことはありませんか?頭上には月が輝いています。車が走り出すと月が動き出す。車が止まると月も止まる。こんな経験をしたことはありませんか??
では、皆さんに質問します。実際、月は動いていますか?それとも、月は止まっていますか?
答えは、止まっている……………、と、すべての人が答えると思います。
これがニュートンの考え方です。
そして、アインシュタインの答え。それは、月は動いている、です。
すざけた答えだと思いませんか??だって、月が動いているわけ無いじゃないですか。車が動くから、月が動いているように見えるだけです。
でも彼は、月が動いている、と答えるのです。
自分の眼から見て、月は動いている。だから、月は動いている。
これが相対性理論の考えかたです。
物事の全ては、常に相対的に存在し、主体的な考えは常に正しい。
これが相対性理論の哲学的な応用です。
これを羅生門にでてくる青年の当てはめてみると、青年から見て、老婆の衣服を剥ぎ取ることは仕方の無い行為。
よって、答えは、青年のした行為は、悪いことではない。これが答えです。
そして、読者の方の中には僕の考え方は間違ってると思う方もおられると思います。それも主体的な考えなので正しいのです。それが答えです。
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