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初めてパソコンを触ったのが中学1年のとき。
友達は携帯を持ってて、自分だけもってなくて。
それでヤフーメールを使って交流して、その流れでこのブログを始めて。
もう何年前だろうか。
もう25歳。
こうやってたまーにふと思い出して、文章に書きだしてみる。
またいつかふと思い出した時の自分にあてて。
最後の記事が2013年。バイクを買ったばかりのころ。
会社で尊敬できる方がバイク好きで、その人にちょこちょこ着いて回ってた影響だろうか。
一緒にツーリングしたり、クラブに入って広島、名古屋、福井。いろいろ回ったな。
高速の降り口と山の下り急カーブで2回事故ったのは忘れない。
バイクを買った2年後くらい、会社を辞めた。
ボーナスもほとんど出ない。会社としては利益を生み出すためにいろいろやってて。
でも現場作業員の人たちは不満は言うけど、行動に出さない。
一日の生産ノルマが終わればダラダラとチャイムがなるのを待つ。
残業している他部署に応援にもいかない。
メーカーであるにも関わらず、品質も効率を考えない現場に腹が立った。
そういうところに不満を感じて、辞めた。
もっと自分の力で利益を生み出したい、自分ならできるはずだ。
本気でそう思って、転職に踏み切った。
新しい会社も工場。
完全な実力主義で、結果や人格で役職や立場が変わる。
現に工場長は入社5年目の33歳。
入社当時は不安よりも期待が大きかった。自分も工場長になりたい。なれるはず。
がむしゃら、とまでは言わないけど、自分なりに頑張った。
周りの自分に対する評価もちらちらと聞こえてきて、それが心地よくてまた頑張った。
上に上がるために、生産作業しながら事務作業もやって、
分かりやすい結果が欲しくて、
生産効率を上げるために、ロボットのプログラミングを勉強して、プログラムを変えて。
生産効率20%の上昇、生産必要人員マイナス1、資材費マイナス6万/月
入社1年でリーダーになった。
社内では独立したグループで、工場自体も本社とは別だったこともあり、
その工場内では工場長の次が自分となった。
でも
その時は嬉しさよりも、苦しいってのが本音だった 結果を出してリーダーになったものの、
結局そこに至るまでに、評価を上げる為に生産現場・生産管理の2つを抱えていた自分は限界になっていた。
周りを巻き込まずに一人で突っ走った為、手を貸してくれる人もいなけりゃ、助けてほしいの一言も言えない余計なプライドまで生まれてしまった。
最後は単純なギブアップ。退職。
退職願いを出し、最終出勤日まで何も思わなかった、むしろやり遂げた感が強かった。
誇らしい気持ちで送別会に向かったのを覚えてる。
でも今は違う。悔しい。情けない。
確かにいっぱいいっぱいだった。限界だったとも思う。
ならそう伝えればよかった。やめる必要はなかった。やり遂げてなんかない。誇らしいことなんてない。
残ったのは後悔と、たった1年5か月の職歴だけ。
さあこれからどうしようか。
振り返って文章にしてみたものの、情けないの一言で片づけられるなあと思う。
1社目では周りに不満を感じて
2社目は自信過剰が過ぎた。
どっちも自分勝手自己中心的な結末。
25歳。思っていたのと違う25歳。それでも25歳。
次は何歳の自分がこれを見るのか。
がんばらないとな。
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