北海道は素敵です!!

贋金だらけの日本に住んでいます。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

https://youtu.be/aNe7vqy7dng
 「ヒトラーと一緒に笑う」恐ろしさ

映画『帰ってきたヒトラー』が、6月17日より日本で公開される。1945年に自殺したはずのヒトラーが、2014年のベルリンにタイムワープし、その卓越した話術を活かしてテレビ番組のスターになるという内容だ。

原作であるティムール・ヴェルメシュの同題小説は、2012年にドイツで発売され、同国内で250万部を超えるベストセラーとなった。映画のパンフレットによれば、現在、日本を含む世界41カ国で翻訳されているという。

かくも売れている以上、人畜無害なエンタメ作品か……といえば、さにあらず。なにせ、テレビ番組のスターになったといっても、ヒトラーはまったく「改心」していないからだ。

ヒトラーはその偏狭なイデオロギーを堅持し、世界制覇の野望を語り、ユダヤ人を憎悪している。ただ、その振る舞いがモノマネ芸人のブラックジョークと勘違いされ、民衆に受け入れられてしまったのだ。

ヒトラーは当初こそ戸惑うものの、次第にその立場を利用し、支持者を獲得していく。なるほど、安直に敵と味方をわけ、「イエスか、ノーか」を迫るその言動は滑稽ではあるものの、価値観の相対主義がはびこる現代にあって、ときに新鮮で痛快ですらある。

こうした人気を背景に、ヒトラーはついに政治の世界にも乗り出す。原作の小説は、ヒトラーが思いついたポスターのスローガンとともに、薄気味悪く終わっている。

「(引用者註、ナチ時代は)悪いことばかりじゃなかった」
歩き出すのだ。このスローガンとともに。

映画版はさらに後味が悪い。

ヒトラー役に扮する俳優が突然町中に現れて、アドリブ形式でひとびとに突撃インタビューを敢行。ヒトラーの意見に同調してしまうドイツ人の姿をあぶり出していく。そして最後には、本物の難民排斥デモの映像が重ねられるのだ。

現実と虚構の不気味な混ざり合い――。それまで無邪気に笑っていた観客は、ここで現実社会の問題をつきつけられ、ゾッとさせられる。

その恐ろしさの原因は、原作者ヴェルメシュの言葉を借りれば、「ヒトラーを笑っている」つもりが、いつの間にか「ヒトラーと一緒に笑っている」にすり替わっていることによるものだろう。われわれは、知らず知らずにヒトラーの話術に取り込まれ、彼に共感し、同意してはいなかったかと突きつけられるわけだ。

この独特の恐ろしさこそ、本作を特徴づける最大のポイントである。

この映画が受け入れられた理由

このように『帰ってきたヒトラー』はとても刺激的な作品だが、欧米では概ね肯定的に評価されているようだ。

その理由はこうである。ドイツ人はナチ問題についてもう十分に啓蒙されている。だから、ブラックジョークを受け入れる余裕がある。また、学校教育のようなお固いものだけでは退屈で効果が薄い。そこで、ブラックジョークによる啓蒙も有効だろう、と。

私もこの意見に完全に同意である。とはいえ、この意見はなかなか重い。なぜなら、これは社会の啓蒙とセットだからだ。もし、社会が民族差別や排外主義に染まってしまえば、このブラックジョークは反対に作用する恐れがある。

ドイツはドイツ人のものだ。難民はでていけ。そういえばかつてヒトラーという政治家がいたな。彼の言動にも一理ある。そうだ、「悪いことばかりじゃなかった」――と。これではまったく意味がない。それどころか有害ですらある。

この点、映画版は、ヒトラーの言動と昨今のヨーロッパにおける難民排斥の動きを意識的に結びつけており、たいへん啓発的である。あたかも、「この作品が薬になるか、毒になるか。それは現実社会に生きるお前たちにかかっている」といわんばかりだ。

といっても、本作は決しておカタイ映画ではない。むしろ面白く、笑える箇所も多い。だが、それゆえにこそ、笑って済まされぬ重い課題を観客に与えるのである。この構成は実にみごとであり、高く評価されているのも宜なるかなと思われる。

日本の民族差別とブラックジョーク問題を想起せよ

しかしながら、日本においては『帰ってきたヒトラー』が単にネタとして消費される可能性もないではない。この国では、ヒトラーも、ユダヤ人問題も、難民問題も、ドイツほど切迫してはいないからだ。

あるいは、本当に「悪いことばかりじゃなかった」というベタな感想も出てくるかもしれない。経済政策や環境保護政策などを例にあげて、ヒトラーの政治を部分的に擁護する声は、いまでもしばしば聞かれる。

ヒトラー再評価は論外にしても(経済政策ひとつとっても、ヒトラーのそれは他民族・他国からの収奪を前提にしており、部分的に切り離して評価することは適当ではない)、本作はネタ的な消費をある程度織り込み済みではある。日本でも人気を博する『ヒトラー〜最期の12日間〜』のパロディー・シーンなどはそのひとつだ。

ただ、それだけでは本作の核心に触れたことにはなるまい。本作は、民族差別やブラックジョークの問題を我が事として引き受けてはじめて、啓蒙的な作品となりうるからである。

そこで、日本では、日本固有の民族差別やブラックジョークの問題を考えることが重要になってくるだろう。

たとえば、今年4月に発生した熊本地震の折、ツイッターで「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などというデマが広まった。そのとき、興味深いやり取りがあった。

民族差別だと批判される一方で、あるツイッターのユーザーが「これは、関東大震災のときのデマを踏まえたブラックジョーク。今日び、朝鮮人が井戸に毒を入れるなんて誰も思わない。こんなネタを本気にするほうがおかしい」という主旨の反論を行ったのである。

なるほど、社会が十分に啓蒙されていればそういえたかもしれない。だが、現在の日本は、レイシストの集団が、在日コリアンに対する誹謗中傷を唱えながら街路を徘徊する程度には劣化している。その状況下では、さきのツイートはブラックジョークではなく、単に有害な情報と捉えられるほかなかった。

ブラックジョークも、社会の相関物である。日本には、こうした不謹慎な「ネタ」で遊ぶという文化があるし、それはそれでただちに悪いと決め付けることはできない。ただ、現代社会に対する問題意識を失うと、ブラックジョークはときに、マイノリティに対する単なるむき出しの暴力になってしまう。このことは常に心にとどめておかなければならない。

このように、日本においても民族差別やブラックジョークは、アクチュアルな問題として存在する。『帰ってきたヒトラー』で描かれているテーマは、必ずしも遠い国の話ではないのだ。

ヒトラーの一挙手一投足をネタにするのも結構だが、身近な問題を念頭におくことで、本作の核心もよりしっかりと掴めるに違いない。もちろん、ポピュリズムの世界的な台頭や、社会の「右傾化」などと関連づけるのも悪くないだろう。

本当の主人公はわれわれ観客だ

以上のように考えると、『帰ってきたヒトラー』の本当の主人公はヒトラーではなく、むしろわれわれ観客なのではないだろうか。

そもそも、自殺寸前のヒトラーは満身創痍だった。パーキンソン症候群で手は震え、慢性的な腸の痙攣にも悩まされていた。ところが、映画ではなぜか健康を回復し、1930年代のように精力的に活動できている。

これはご都合主義そのものだ。1945年から2014年(原作では2011年)へのタイムワープだって、荒唐無稽である。あくまでこのヒトラーは、われわれ観客に思考を迫るための舞台装置にすぎない。

これに対し、われわれ観客は、本作を薬にも毒にも変える力を持っている。単なる「ネタ」として消費して終わるのか。あるいは、ヒトラーの主張に同意してしまうのか。それとも、社会の啓蒙に役立てるのか。

映画館を出たあとも、この問題はついてまわる。いいかえれば、『帰ってきたヒトラー』は、劇場を出たときから本当にはじまる作品なのである。

したがって、本作は自分の目と耳で鑑賞しなければならない。本稿をここまで読んだからといって、「ネタバレ」を恐れる必要はない。本作にあっては、実際に体験することこそが重要だからだ。

われわれは、ヒトラーの素っ頓狂な振る舞いに大いに笑うだろう。そして最後に、なんともいえない恐ろしさを味わうだろう。そのゾッとする感じは、体験しなければ絶対にわからない。

軍事や歴史をネタにする危険性

昨今、日本では軍事や歴史をネタにした娯楽作品が少なくない。現実と虚構をない混ぜにしている点でも共通性がある。百田尚樹原作の『永遠の0』などは、その最大の成功例だろう。

ただし、軍事や歴史をネタにすることにはリスクも伴う。すでに述べたように、いかに虚構の物語だといっても、そこに登場する人物や物事が現実のものである以上、両者が混ざってしまう可能性は否定できないからだ。それが特定の歴史観に読者を誘うものであれば、なおのこと警戒が必要である。

たとえば、『永遠の0』では、神風特別攻撃隊の元隊員という、それ自体では傾聴すべき存在と、単なる作者のイデオロギーが実に巧妙に混ぜ合わされている。そのため、架空の特攻隊員が繰り出す戦後民主主義批判や、左翼マスコミ批判は、一般的な評論文以上の説得力を持ちえている。

このような現実と虚構の混合は、歴史上何度も行われてきたのであり、決して軽く見るべきではない。軍事や歴史のネタは、「取り扱い注意」なのである。

これに比べ、『帰ってきたヒトラー』は、軍事や歴史をネタにした娯楽作品でありながら、最後にはしっかりと不気味な恐ろしさを観客に与え、ヒトラーから距離を取らせてくれる。それゆえ、本作はきわめて稀有な存在なのである。かくのごとき作品が生まれ、ヒットし、正当に評価されるドイツに対しては、正直羨望の念を禁じえない。

ともあれ、本作は、軍事や歴史のネタ化が盛んな日本においても、話題を呼ぶ映画となるだろう。ぜひとも、劇場で鑑賞することをお薦めしたい。そして本作が、日本においても啓蒙的な作品として受容されることを願ってやまない。

辻田 真佐憲(つじた・まさのり)

「無題」書庫の記事一覧

閉じる コメント(6)

見てみたいです。そう言えばイシハラシンダロウの独り善がりの愚作映画(らしきもの)で、俺は君のためにこそ死ねる👻なんてのがあったような?あれはタイトルの誤りで、正しくは 俺は国のために民を騙せる💀だったんだとか。 転載させていただきます。

2016/6/15(水) 午前 7:54 [ 野良牛 ]

顔アイコン

> 野良牛さん
私も見たいです。ありがとうございます。

2016/6/15(水) 午前 7:56 [ yuu*a2*miki** ]

顔アイコン

ヒットラーの台頭は第1次大戦の講和条約にあり、従って第2次大戦の講和は、寛大なもの、食料まで送られた(あと代金支払ったが)。我が国はヒットラーに感謝すべき。彼に一部の正当性はある。

2016/6/15(水) 午前 8:55 [ - ]

これはもちろん公開初日に観に行く予定です。

2016/6/15(水) 午前 11:28 じゃむとまるこ

顔アイコン

> peterpan
あんた病気?診察受けた方がいいのでは?何科までは言いませんがてんてん。とっても心配!

2016/6/15(水) 午後 1:01 [ yuu*a2*miki** ]

顔アイコン

> じゃむとまるこさん
私も行きたいです。

2016/6/15(水) 午後 1:02 [ yuu*a2*miki** ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事