戯言
終戦記念日
2015/8/15(土) 午前 5:53
84さいになる母から終戦について詳しい話を初めて聞いた。
8月14日に母の住んでいた太田市に大規模の空襲があったそうだ。中島飛行機工場があったためであろう。当時母は14歳だったそうだ。
「油の入った爆弾がいっぱい落ちて、あちこちに火がついた」(焼夷弾のこと)
焼夷弾がたくさん落とされて辺り一面真っ赤に燃えていたという。母が住んでいた家の西は田んぼであったが、そこに爆弾が落ちたと言うことだ。そのときには、家の南に掘った防空壕に4姉妹(長女は不在)で避難していたという。一晩中防空壕の中にいたらしい。父親(私の祖父)は、布団を頭からかぶり、防空壕には入らず家の中を出たり入ったりしてたということだ。我が家が心配だったのだろうか?
私の娘が、
「おばあちゃん、その頃、日本は戦争に勝つと信じてた」と尋ねた。
する
...
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