葭の塾

葭の髄から我孫子ゆかりの文化人たちを覗いています

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はじめに

はじめに
 
退職してにわかに我孫子の文化に目覚めると、ご当地ゆかりの人物たちについてもっと知りたいと思うようになり、アビスタ市民図書館の「ゆかり人物コーナー」へ通う回数が増えました。新築移転とともにすっかり充実したこのコーナーには、生きているうちには到底読み切れないほどの書物が並んでいます。
 とはいえ「百里の道も一歩から」……知りたい人物の著作評伝評論を読んでみると、それなりの小さな発見に行き当たります。 
 今まで全く知らなかったこと、今まで知っていたことが間違いであったこと、知ってはいたがその陰に隠されていた意外な事実があったこと、などなど。
 とりわけ、今まで誰も言わなかったことに気づいたとき、あるいは今までの通説が誤っているのではないかと疑問を抱いたときは、知的興奮が高まります。
 そうしたときには、私はできるだけ文章で書き残したいと思うようになりました。

 センサーを磨いておくと、小さな発見は無数に見当ります。我孫子ゆかりの人物はあまりにも多く、題材には事欠きません。それにワープロソフトはありがたいもので、いつでもどこからでも書きはじめられ添削も意のままです。そこそこの分量になったところで、識者に読んでいただいてご批判を仰ぐことにしました。
 この連作エッセイの標題は、いろは歌留多の「葭(よし)の髄(ずい)から天井覗く」に因んで「葭の髄から……我孫子ゆかりの人物を覗く」と名付けました。葭はまた手賀沼の風物詩でもあり、晩春には巣作りに集う行々子(ぎょうぎょうし・オオヨシキリ)の鳴き声で沼辺は賑わいます。
 この諺は歌留多の「よ」の項に出てくるもので、その意味は「(葭の茎の管のような細い穴から覗いて天井全体を見たつもりでいる意から)きわめて狭い知識や経験で、大きな問題について勝手に決めつけてしまうことのたとえ」とあります(『成語林』)。
 私の覗いている葭の穴はあまりに細いので、識者のみなさまにできるだけ広げていただきたいという思いが秘められています。

 元よりこの連作エッセイは人物別に系統立てて書いているわけではありません。小さな発見がある度に人物の項を起こします。ある人物を書いている途中に別の人物にワープしたり、また元の人物に帰って書き足したりします。識者のみなさまに誤りをご指摘いただいたときは、速やかに書き直しもします。
 それゆえこの文集は永遠に未完です。識者の皆様には、未完の文集を読んでください、という無礼なお願いをすることになりますが、この点平にご容赦くださいますよう。
 平成十五年秋

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2006/1/13(金) 午前 9:28 [ tkt*0*81 ] 返信する

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