葭の塾

葭の髄から我孫子ゆかりの文化人たちを覗いています

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 毛沢東の讃辞(続き)

 宏文学院の出身者には、もう一人、黄興という大物がいます。黄興は孫文の盟友としてともに辛亥革命を指揮した人物で、これまた魯迅と同じ年に入学しています。黄興は在学中に同郷の学生たちと土曜会なる反清結社を組織します。学業半ばに帰国した黄興は、秘密結社を率いて一九〇四年に挙兵を図りますが、事前に事が漏れて日本に亡命し、翌年の夏、宮崎滔天の紹介で孫文と出会います。

 現代中国の国歌の作詞者として名を留める田漢もまた、宏文学院で学んだ人物です。映画人でもあった田漢は抗日映画『風雲児女』を制作、主題歌として自ら作詞した「義勇軍行進曲」(作曲者は聶耳)は中国全土で大ヒットします。「もろびと心を一つに、敵の砲火をついて進め!」という力強く昂揚的なこの歌は、民族の解放を追求する決心を示したものとして再評価され、作詞後四十七年も経った一九八二年十二月の全国人民代表大会において中華人民共和国の正式の国歌と定められたのでした。

 しかし、歴史はまことに皮肉な展開をみせます。宏文学院の例ばかりではなく、日本で学んだ清朝留学生のほとんどが、時勢に目覚めて反政府運動に関わっていくのです。国家再生を託したはずの留学生たちは国家打倒を叫びはじめ、明治三十八年(一九〇五)には黄興が指導する湖南派学生を中心として「中国革命同盟会」が結成されます。革命運動の高まりを危惧した清国政府は日本政府に対し過激な留学生の取締りを要請、これを受けて文部省は留学生監督令を公布します。これに抗議した留学生たちは宏文学院を皮切りに七校でストライキに入り、この行動を批判した朝日新聞の記事に対して投身自殺をした学生が現れたため騒動は益々大きくなり、この年の末から二千人の留学生が一斉帰国するという事件が起ります。
この間、嘉納の留学生たちを見る眼は、揺れ動いているようです。

 柴崎信三氏『魯迅の日本 漱石のイギリス』(日経新聞社)によると、弘文学院を開いた直後、中国を視察して帰国した嘉納は、留学生のリーダーで急進的な改革を進めようとする楊度を、「目標実現のためには儒教倫理に基づく保守主義に凝り固まっているエスタブリッシュメントの連中の信用を勝ち取ることが必要だ」と、戒めています。幼年時より四書五経に親しみ、儒教倫理を重視する嘉納ならではの言葉ですが、一方留学生のほうは打倒孔子に凝り固まっている連中ぞろいで、のちの魯迅も、嘉納の教育方針と留学生たちの意識との乖離について、次のような思い出話を残しています。
 「或日の事である。学監大久保先生が皆を集めて言うには君達は孔子の徒だから今日は御茶の水の孔子廟へ敬礼しに行こうと。自分は大いに驚いた。孔子様と其の徒に愛想尽かしてしまったから日本へ来たのに又おがむ事かと思って暫く変な気持になった事を記憶して居る」(『現代支那に於ける孔子様』)

 しかし、それよりのち明治三十五年『国士』四十四号に発表した一文で嘉納は、清国が覚醒することは「実に清国の為に慶すべきのみならず、世界の為に亦慶すべき事なり」と断じます。清国が欧米列強に分割されるのは世界騒乱の元になる、清国が保全発達することはわが国をして騒乱の渦中に投ずる不幸を免れしめることにもなるのだ、という論旨の背景には、その前年に起こった北清事変によって列強に分割されかかった清国の憂うべき情勢があります。事ここに至れば、喫緊の課題として、時勢に目覚めた留学生たちがたとえ急進的であろうとも母国の覚醒を促す速やかな行動に出ることを、嘉納はむしろ期待し出したように思えます。

 この一文の中で、嘉納は続いて、このため留学生にはより高度の専門教育を施したいから、今後は本国で普通教育を済ませた者を派遣されたい、と要求しています。嘉納の要求に応えたのか、清国政府は、本国の中学堂、師範学堂を卒業後に留学先の語学を修得したものでなければ留学を認めないことに方針変更します。不幸なことに、この方針変更は逆効果を招き、その後の日本留学生は急激に減少するようになり、経営が立ちゆかなくなった宏文学院は明治四十二年七月に閉鎖に至ります。
 学院の閉校式にあたって、嘉納の述べた挨拶は「清国からの依頼によって清国人教育の学院を設立したが、今日その依頼が無くなったので閉鎖する」という趣旨のものでした。この淡々たる語調の中に、「事、志と反した」という嘉納の無念の心情が垣間見えるようです。

 さりながら、嘉納がひたむきに留学生教育にあたったことは紛れもない事実でした。
のちに日本へ留学した周恩来も学んだ松本亀次郎をはじめ、野の逸材を発掘しては教員に招きました。学院の教育には様々な工夫をこらし、日本語の授業と併せて日本の国情を知るために、教員に学生を連れて近郊の名所を巡らせました。体育を重視して秋には運動会を開き、寄宿舎では中国人向けの食事を配慮しました。授業内容は、日本語と英語、日本が摂取した西洋自然科学、地理歴史や世界情勢、さらには修身を加えました。国家の隆運を進める基礎となるものは国民教育である、その目的は国民全体の智力を進め、徳性を養い、体力を練らしむことにある、というのが嘉納の信念でありました。

 学院閉校より二年後の一九一一(明治四十四)年に辛亥革命が勃発し、宮崎滔天、頭山満らの援助を得た孫文が初代臨時大総統にかつがれて、清国は滅亡し、中華民国が誕生します。この辛亥革命の武昌蜂起に真先に呼応した将校二十一名のうち十九名は日本士官学校留学生であり、各地で統一行動を指揮した将校や活動家も十九名中の十四名は日本留学生でありました。孫文はやがて袁世凱に追われますが、新生中華民国初の国会議員選挙で当選した両院議員八七〇人のうち、日本留学経験者は二三四名、宏文書院出身者は二〇名の多きに上ったといわれます。清国再生を託された留学生たちは、清国を倒して新国家を樹立する道を選択したのでした。

 以降、中国大陸は幾多の合従連衡と内戦を繰り返したのち蒋介石が台頭し、第二次大戦後、蒋介石を台湾に追い落とした毛沢東の共産中国(中華人民共和国)が生まれます。それから五十年、現代中国はアメリカと対峙できるほどの超大国に成長しつつあります。
 清国は滅びても中国人民は外国の侵略をはねのけることに成功したのです。嘉納の真摯な教育は、欧州諸国や日本に肩を並べる国家にしたいという清朝の切なる要望に見事に応えた、といっていいのでしょう。

 残念なことに現代中国では、嘉納が新生中国に果たした功績などはまったく伝えられていません。中国各地の展示では、孫文すら彼の日本時代は「国父」が日本と関係があってはならないかのように故意に抹消され、魯迅記念館でも日本留学の事実は一行で片付けられていると、宮崎正弘氏は述べています(平成十六年十二月一日付産経新聞「新地球日本史」)。

 実は、嘉納は、千九百八十年代の中国人にもっとも親しまれた日本人の一人であったといいます。それは一九八一年の春から約一年間、全国ネットで放映されたテレビドラマ『姿三四郎(ツーサンスーラン)』(一九七〇年日本テレビ製作)で、竹脇無我のカッコいい姿三四郎とともに、矢野先生こと嘉納の沈着剛毅なイメージが中国観衆に深い印象を与えたのでした。放映当時の人気はまったく凄いもので、番組のある夜には街の不良も一斉にどこかのテレビにかじりついているので、おまわりさんは大喜びという冗談話が伝えられています。
 しかし、これはあくまでドラマの俳優としての人気で、その矢野先生がのちに魯迅も学んだ嘉納治五郎という人物であることなどは知ろうとする人もなかったことでしょう。

 まこと、嘉納は根っからの教育者でありました。それは、東京帝国大学の政治・理財科を卒業したときに、出世高禄を保証された官吏への道を一点の迷いもなく断り、さらに一年哲学選科にとどまって在学して学習院の教師に奉職したという経歴に現れています。
 嘉納は、政治・産業・軍事、どれをとっても、またそれがいかにすぐれたものであっても、五十年、百年をまたずしてその形を変えてしまうのであるが、しかし、教育は違う、「一人の人のなせることが、その一生の間にさえ何万人にもその力を及ぼし、さらにその死後、百代ののちまでその力を及ぼすことが出来る」と言うのです。その意味を嘉納自ら漢語にあらわした「教育ノ事天下之ヨリ偉ナルハ莫シ 一人ノ徳教広ク万人ニ加ハリ 一世ノ化育遠ク百世ニ及ブ」という有名な言葉は、そのまま、嘉納の墓所である東京都立八柱霊園の頌徳碑に写されています。嘉納が施した徳教には、日本人ばかりではない、中国人までが広く万人に加わったのでした。

 古来、隋唐の時代から日本は中国を師と仰ぎ、数限りない文物・制度を採り入れてきました。近代になって清国がはじめて日本に学ぼうとしたとき、嘉納が率先してこれに応えたのは、教育者としてのごく自然な行動であったことでしょう。
 近年、なにかと軋轢を増してきた日中両国の関係の中で、百年も前に、中国の発展に力を注いだ嘉納のような純粋な日本人がいたことを、私たちは語り継いでいかなければならないのです。(完)

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