京そぞろ歩き

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東北院の軒端の梅


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長保元年(999)11月7日、定子は第一皇子・敦康親王を産み落としますが、道長は愛娘・彰子の入内を 強行、更に翌年2月25日、彰子を中宮、定子を皇后とする前 代未聞の一帝二后の藤原家のこの世の春 この院内の小堂に、彰子に仕えた和泉式部が住んでいた、彼女は庭の一本の梅を大層愛情をそそいだ 和泉式部に付いては方つていましが、越前守大江雅致の娘。 はじめ和泉守橘道貞と結婚し、夫の官名 により和泉式部と呼ばれました一女少式部内侍(死亡)までもうけましたが。その後、道貞と別れて 冷泉天皇の皇子兄弟為尊親王、敦道親王と恋愛し、そのときの情熱的な恋愛体験を物語ったのが 『和泉式部集』『和泉式部日記』などです。両親王が亡くなった後、藤原道長の娘、一条天皇中宮彰子 に仕えました。その中で藤原道長の家司である藤原保昌と再婚、愛に生き、恋に生涯を終えた女性と 申しましょうか、平安期の女流歌人の第一人者で、歌もそれはそれは、燃えるような恋の歌がほとん どした。

この式部 が愛した梅が、寺の移転、時代の移り変わりをえて、謡曲「東北」の物語とともに、いまも ここに植えつがれているのです。
和泉式部がなくなって、何年かのちのことで御座いましようか・・・・・・・・・・・・
諸国行脚の、一人の旅の僧が、たどりついたのが、東北院。僧が見事に咲いた梅を観ていると、女性 が現れ和泉式部が植えた「軒端の梅」と謂れを語り、我は梅の主と花の中に消えます。
僧は法華経を唱えていると、和泉式部が美しい姿で現れ昔の物語を話し舞を舞います。やがて別れを 告げて方丈に消え、僧は目覚めると梅の香が漂っていたという。






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