立派な大人の「食文化」

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鍋は美味しい

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先日の鍋奉行の来訪により、
ほぼ強制的に食す事になった「カレー鍋」


しかし・・・・その「カレー鍋」の美味さに圧倒され

それまで、そんなに「鍋」自体をあまり食さなかったオイラが

・・・・鍋に開眼。


知り合いから「冷酒」の美味しいのをいただいたので
鍋でもつつきながらいただこうかな?と思い・・・・














【塩ちゃんこ】!!!!
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いやぁ、美味かった!

普通に美味かった!


この記事のように・・・・

フツーに。。。美味かった!


シメはもちろん雑炊!


みなさんのシメはうどん?雑炊?
どちら?

ちなみにオイラ・・・・ラーメンもいいかな?と。




以上・・・短くてフツーの、食ブログでした。

感動的な初体験

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先日、仕事相手との飲み会があった。

その仕事相手というのが、一流の会社で
まぁ、そこの社員さんはいわゆる「ジュニア」とか「2世」とか・・・

つまり、良い家柄出身だったり、
父親がどこかのお偉いさんだったり、と。

お金持ちの「お坊ちゃん集団」の社員さんたちなのだ。

だが、それほど社会性が欠如していて
こちらに不快感を持たせるほどのことはない・・・


ないのだが・・・・
若干、常識から逸脱している感は否めなかった。

やはり話をしていると、
オイラたち庶民と金銭感覚や、様々な面でズレが生じてくる。


「母親は会社の専務なので、乳母に育てられた」とか・・・
「ウチは通いのお手伝いさんが3人いた」とか・・・
「小学生の時のお小遣いが3万円だった」とか・・・
「幼稚園から大学まで一貫校だったから、友達がずっと一緒だった」とか・・・
「家の敷地内にテニスコートが二面あった」とか・・・
「プールはひとつしかなかった」とか・・・


こちら側が店をセッティングする立場だったので
最初は「高級店を」と、考えていたのだが、

向こう側の要望で
『そんなお店は勘弁してください。堅苦しく飲みたくないんです。
 僕らだって普通の飲み屋で飲むことなんかいくらでもありますし、
 むしろフランクな雰囲気で楽しみたい』と申し出てくれた。


庶民に気を遣ってくれたのか?
一回転して「高いところ」からモノをいっているのか?

穿った見方・解釈をすれば
そんな風にも取れるだろうが、

オイラたちは
『おお、意外といい人たちじゃないか!』と
その申し出を素直に受け入れ、庶民的な居酒屋をセッティングした。


そして宴が始まってからは
オイラたちの方がむしろ面白がって、

前述したような彼らのバブリーな生活ぶり
わざと聞き出しては

『ほぅぅぅ』とか
『へぇ、スゴイですねぇ』とか
『うわぁ、うらやましい』などとリアクションし、楽しんでいた。


彼らの目の前に並んだ「居酒屋料理」。


恐らく、クチには合わないだろう。


だが、彼らは彼らで、こちらにも気を遣い
飲んで、食べて楽しんでいる風であった。



そして、面白かったのが・・・・


仕事相手の社員さんの中でも
一番歳の若い青年がいた。

その若い青年がある料理に食いついた。


『これは・・・・何ですか・・・・?』




青年が興味津々な顔つきで見つめている料理・・・・

それは「お好み焼き」であった。



価格「380円」

居酒屋メニューのお好み焼き。


多くのみなさんも、
この「お好み焼き」の味やクオリティは、概ね想像がつくだろう。


その青年は、こちら側の「お好み焼きの説明」を興味深く聞き
やがて、パクついた。


『美味い!これ美味いっすね!初めて食べました!』



彼らの仲間は、その様を見て失笑する者もいれば
大笑いする者も、興味津々で見つめる者もいた。


オイラはこの青年の「居酒屋のお好み焼き」に感動しながら
パクついている様を見て・・・・


『あ・・・これは・・・“目黒のサンマ”じゃないか・・・』



そんな事をボンヤリと考えていた。





【目黒のサンマ】
ある江戸の殿様が目黒まで「鷹狩り」に出た際に、供が弁当を忘れてしまった。

一同腹をすかせているところに嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってきた。

殿様が何の匂いかを聞くと、

供は『この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、“サンマ”というものを焼く匂いです。
   決して殿のお口に合う物ではございません』と言う。

殿様は『たわけ! こんなときにそんなことを言っていられるか! 
    その“サンマ”なるものを持ってこい!』と言い、

供にサンマを持ってこさせた。
食べてみると非常に美味しく、殿様はサンマが大好きになった。

それからというもの、殿様はサンマを食べたいと思うようになる。

あの「目黒で食べたサンマ」の味が忘れられず
サンマに思いを馳せる殿様。


ある日、殿様の親族の集会で好きなものが食べられるというので、
殿様は『余はサンマを所望する』と言う。

殿様がサンマなど庶民が食べるような魚を食べるわけがないから、
城の台所にサンマなど置いていない。
家来たちは急いでサンマを買いに行く。


そういった噺だ。



俗世間からかけ離れた生活をしている世間知らずの殿様が、
庶民の食べ物に初めて触れ、感動し、
家の者の困惑をよそに、「サンマ」を食べたいと熱望するといった
滑稽噺である。



子供の頃から、
なんの不自由も無い生活を送ってきた・・・
オイラの目の前にいる、この青年。

欲しいものはなんでも手に入り、
値段のことで迷ったり悩んだりすることもなく・・・
庶民のクチには年に一度くらいしか入らないような
高級な食べ物を毎日のように食べている。

庶民が食べているものなど彼の生活の中では
はなから選択肢には入っていないのであろう。

だが、いざ初めて対峙してみると興味が沸き
食べてみると「美味しい」と感動する。


金持ちだろうが、庶民だろうが・・・


元は同じ人間なのだ。



見栄やステータスだけで生きていると、
こういったものに出会わずに、過ごしていくことになる。


満たされ過ぎた生活がゆえに、見落としていくものも多く存在し、
ある意味それは、可哀想なことでもあるのだ。
:



嬉しそうに「お好み焼き」ほおばっている彼・・・

彼にとっての「感動的な初体験」

なんだか嬉しい気分になって眺めていた。






あの「目黒のサンマ」には・・・・オチがある。


『サンマが食べたい』との、殿様の命令により
バタバタと魚河岸を駆けずり回り、新鮮なサンマを調達してきた家の者。

しかし・・・・

『サンマを焼くと脂が多く出るので体に悪い』ということで脂をすっかり抜き、
『骨がのどに刺さるといけない』と骨を一本一本抜くと、
サンマはグズグズになってしまう。

『こんな形では出せない』ということで、
「練りもの」に仕上げ椀の中に入れて出す。

殿様はそのサンマが非常に不味いので、


『この“サンマ”はいずれで求めた“サンマ”だ?』と聞く。

『はい、日本橋は一流の魚河岸から一番新鮮なものを求めてまいりました』と家来。

『ううむ。それはいかん。サンマは目黒に限る』






先日、例の会社から「この間の飲み会のお礼」ということで
電話をもらった。

例の青年である。

ひとしきりお礼を言った青年が

『また、あの“お好み焼き”食べに行きましょうね』と言う。

オイラは
『そんなにお気に入りでしたら、オイラの知っている
“お好み焼き専門店”にお連れいたしますよ。そこのは関西風で本場の味が
楽しめますから。絶対おすすめですよ』




すると青年が

『いやいや、お好み焼きは・・・・居酒屋に限ります』




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不変のラーメン

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食欲の秋というわけで、情報番組なんかでグルメ特集が
多く放送されている。

高級グルメから・・・ラーメン、カレーなどの庶民的な
B級グルメにいたるまで。


流行り廃りの激しい食べ物より、
やはり「B級」といわれる不変な食べ物の方が好きだ。

簡単に触発されるオイラは
無性にラーメンが食べたくなり


都内某所のラーメン屋さんに訪れた。 


連休中日。
家族連れの客で賑わっている店内。

しかし・・・

普通ならあるはずの
「混雑した店内に充満する雑多な空気」が、
なにか「芳香剤」のような何かでかき消されている。



その「芳香剤」とは・・・・「オシャレ感」なのである。



広く、オシャレでシックな店内にJAZZが流れている。

内装も黒を基調とした落ち着いた雰囲気。


『最近のラーメン屋さんはまるでブランド品かなにかの
 ショップみたいだなぁ』

なんて、ひとりごちていた。


店員さんもオシャレで、ユニフォームや身のこなしも洗練されていて、
まるで 「ブランドショップ」のそれだ。

かつ、BGMもシブイJAZZなんかが流れてるもんだから
お客さんも自然とそれに迎合し、
落ち着いた「行儀の良い客」にならざるを得ない。


昔の「休日の昼のラーメン屋の風景」だったら・・・ 

BGMなら、基本形で「ド演歌」が流れている。 

TVなら、天井の隅の高〜い所に設置され、その油まみれのTV 
で、否応なくNHKの「昼ののど自慢」を見せられる。 

司会のアナウンサーが「キャラの立ってる素人」をいじって、 
ゲストの演歌歌手がボケて、客席大爆笑・・・みたいな。 


ガヤガヤして、雑然とした店内・・・ 
汚いテーブルの隅では頭に手ぬぐいを巻いた赤ら顔のオッチャンが、
日本酒を飲みながらミソラーメンを食っている。 


何が不満なのか、あの人たちはいつもブツブツ言っている。 

そんな風景だった。 



今のラーメン屋は、昔みたいに泥臭くない。
『たまの休みだから、こっちの方が落ち着いてていいなぁ。』

オイラも「仕事が休み」という最高の贅沢を
カウンターに座ってビール飲みながら「オシャレ」に満喫していた。


しかし・・・

オイラはオシャレを満喫しながらも、心のどこかで
「不変的なB級グルメの持つ独特な郷愁感」が完全に消されている違和感を
感じずにはいられないでいた。



スタイルも、進化して良くなるものと
進化しないで欲しいものとがある。





『カエメ〜ンお願い。』




突然、その声はオイラの後ろのテーブルから聞こえた。

その時は気にも留めなかった。

やがて、オイラにも注文の品が来てラーメンをすすってると、




『すいません、カエメ〜ン』




(・・・カエメン?・・・)

さすがに気になった。

昔のラーメン屋と違い「洗練された演出」の施された店内には、およそそぐわない

「カエメ〜ン」コール。




恐る恐る振り返り、その声の主を一瞥した・・・

年の頃なら40代半ば。身なりも良く、
小奇麗なオクサンと思しき女性と同伴。
ちょっとイイ企業の課長さんクラス風。


「カエメ〜ン」って何だ?  

もしくは誰だ?




・・・確か中東の、コーヒーで有名な国が「カエメン」だったような


・・・いやいや、あれは「イエメン」だ・・・



・・・アフリカのサッカー大国か・・・?


・・・それは・・・「カメルーン」だ・・・






謎は深まるばかり。


そこへ店員さんが、平皿を持って

その「課長さん風」の所へ行き、こう言った・・・





『お待たせしました、替え玉になります。』



             替え玉【かえ・だま】 



そう、ここは麺のおかわりが出来る、博多とんこつのラーメン屋さんなのだ。 

で、ご存知だろうが麺のおかわりの事を、この業界では 
「替え玉」と呼んでいる。 


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どうりで・・・


オイラの座っているカウンターの向こう側、厨房の中で
「カエメ〜ン」の声がする度、スタッフが顔を見合わせて
何とも言えない、笑いをかみ殺したような顔をしていた。



この課長さんは驚いた事にずーっと「替え玉」を自信満々に

「カエメン」と呼んでいたのだ。



誰も訂正してあげる人が近くにいなかったのも驚きだ。


しかも一点の曇りも無い、迷いの無い発音で「カエメン !」




普通のヒトなら、大怪我だ。




それでこの課長さん、体が大きく、よく食う・・・

その度に、あの伸びやかな「カエメ〜ン」コールが響き渡る。

この課長さん、麺のおかわりを「カエメン」と覚えてしまってから
「カエメン」は不変なのだ。 


変わることなく「カエメン」なのだ。 

そういえば、周りを気にせず、あのデカイ声で「発注」するスタイルも、店に迎合していない。 

時代は変わろうとも、ラーメン屋のスタイルが進化しようとも・・・ 






『すいませ〜ん、もう一杯カエメンお願いしま〜す!





あの澄んだ、良く通る声で、この日四杯目の「カエメン」を


課長さんが追加した。

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大して旨くもないのに、好きなもの・・・

誰にでも一つはあるのではないだろうか?


オイラの場合は・・・


「そば屋のカレー」だ。


誰しも「旨いもの」は好きだろう。


だが・・・

『旨いものだけが、好き』というものではないと思う。

人間の嗜好はそんなに単純ではないと考える。

カレーはやはり、「母親のカレー」を基準に
優劣をつけるはずだ。

母親のカレーより優れていれば「旨いカレー」
下回っていれば「大して旨くないカレー」である。


カレー専門店の作るカレーは、何十種類ものスパイスや
厳選した食材を使い、大きな鍋でじっくりと煮込み
味に深みを出す・・・

旨くないはずがない。

最初に言っておくが、
ここでは「好み」の話は別にしておく。

あくまで一般論として「旨い」と、されている食べ物の話だ。

そして、「そばやのカレー」

味のベースは「そばのだし汁」である。
そのだし汁にカレー粉、無理やりトロみを出すためにうどん粉が
混ぜられたルーに、「肉そば用」の肉が、申し訳程度に入った・・・
味に深みなどないものである。


だが、オイラはこの、

「大して旨くもないそば屋のカレー」が好きなのである。


牛丼一つとっても・・・
大手チェーン「牛丼専門店」の牛丼。
牛丼を食うなら、その「牛丼専門店」のものが旨いに決まっている。

それはそれと認識していて、あえて

「大して旨くもないコンビニの牛丼」

が好きなのだ。




ハンバーガーでも同様だ。
高速道路のサービスエリアにあるような

「自動販売機のハンバーガー」
が好きなのだ。

正式に作っている「旨いもの」が「本流」と仮定するならば
「大して旨くもないもの」は「亜流」となる。



決して「ニセモノ」ではない。

「ニセモノ」ではないのだが、「本流の持つ旨さ」を
追及しようとしていない、その堂々たる態度。



「本流」に媚びもせず、迎合もせず
『これは、これだよ』という、清清しささえ感じる居直り方。

『旨いものだけ食っていたい』という人は
「旨いものだけ」食ってりゃいいさ。

『でもオレを食いたくなったら、いつでもいいぜ
 オレはどこへも行かず、来るものは拒まず・・・
“大して旨くもない味”は永遠に消えることは無いからさ』

そんなところが好きなのだ。


表舞台の「旨いカレー」に対し

裏方に徹している「大して旨くもないカレー」の
その「在り方」が・・・



むしろ「華麗」に思える。


ここで、

「大して“巧くもない”ダジャレ」をくりだしている、

オイラの人生哲学である、と言えば大袈裟であろうか。

食べ放題の「制限」

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以前にもこのブログに書いた
トンカツ屋なんかでよくあるサービスの


ライス、キャベツ、味噌汁の「おかわり自由」・・・
というサービス。


若干「制限」設けてくれた方が、オイラは萌える・・・という記事。







まぁ、掻い摘んで言えば
「オールOK」だと、その「対象物の価値」が半減する、というか・・・
制約が緩いと、逆にやる気が失せる、というか・・・


その点、「制限」が設けられていれば
『なんだよ、もっとくれよぉ、もうちょっと欲しいよ』と、
欲求がくすぐられる。


「設けられた制限」と「溢れ出す欲求」との、せめぎ合いを
ギリギリのラインで楽しむ・・・

これが本能的に備わっているのではないだろうか?という考察であった。








その他飲食店には客寄せを目的とした

「食べ放題」というサービスがある。




この「食べ放題」というサービスにも
なんらかの「制限」が設けられている。




例えば「ランチ・バイキング¥1000」というように
まず最初に「料金」ありきで「食べ放題」のシステムがあったとしよう。


まずは「ランチ」という「時間帯の制限」だ。
「ディナー時」に出向いて「食べ放題」を主張しても
警察を呼ばれるだけだ。


次は「時間制限」だ。
「一時間」であったり「90分」であったり、まちまちではあるが
ヒトはこの「時間制限」を物差しにして
「放題」の進行具合を、調整しながら食べ進める。


あとは「料理のみ食べ放題」だったりもする。
「飲み物は一杯まで」という「制限」である。

あと、ありえるのは「女性限定」
男は、はなからそのステージに上がれないのだから
逆にサッパリしていて清清しい。




こうやって羅列すると
窮屈のようだが・・・・




我々、民主主義にして、法治国家・日本に生まれ

自由ながらも、法や条例などの
何らかの制約、制限に囲まれながら
「自由が利く範疇」や「許容の範囲内」で
物事を楽しむように生きていくよう
DNAに組み込まれているのかもしれない。



「○○し放題」という「自由さ」の中に
何か、一つだけでもいいから「制限」を設ける・・・

無意識な心地よさが、そこにはあるような気がしてならないのだ。





ただし、それは・・・
設けられた「制限」が明確であれば・・・・の話である。









これは、どういう「制限」なのだろう・・・


















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「60分、食べ放題、2000年」って・・・・

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