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観客のいないスケートリンクは静かだった。いま恭司は、恭子と共にガーネット・ブラウンのデコレー
ション・ライトの中にいる。二人の曲は七年前のあの日と同じ『ある愛の詩』。恭子の真直ぐなまなざし
が見つめている。雑念を払い、ポーズをとる。永遠とも思われる凍りついた一瞬の静寂――。
音楽が始まる。哀愁を帯びたピアノの旋律に自らの想いを重ね、漲{みなぎ}る腕で、全身で表現する。
指先にまで神経を行き届かせ溢れんばかりの情感をそこに込める。――枯葉の舞い落ちるボストンの秋。
恭子と別れて暮らしていた七年間の歳月の想いが、洪水のように堰{せき}を切り胸に押し寄せる。まだ幼
き恭司は使命を感じ、十歳の秋にアメリカに留学した。時の流れに負けじと、生きることを急ぐかのよう
に。その期間、二人を結び付けていたのは、家族としての絆、信仰と、フィギュアスケートへの想いだっ
た。
いま恭子は自分と共にいる。スパイラル・シークエンスで恭子との距離を保ち、張り裂けんばかりの想
いで心を通わせる。二人で手を繋ぎ、バックワード・クロスロールでコーナーを回る。ツイスト・リフ
ト。スロウ・ジャンプ!
子供の頃からずっと一緒に滑ってきた恭子の動きは、からだが忘れていなかった。ひとつひとつの技、
彼女の息づかい、小さなクセまでも。かつて別れたときのレベルまで戻すのに三ヵ月もかからなかった。
もし二人が成長していなければもっと早かっただろう。
曲がクライマックスにさしかかり、ドラマチックな盛り上がりを見せる。精神が高揚し、胸の高鳴りを
全身から発散し、二人でサイド・バイ・サイドのトリプル・トウループを跳ぶ! 恭子のからだを高々と
リフトし神の栄光を表現する。この瞬間の命の輝きを! 迸{ほとばし}る情熱を!
ステップ・シークエンス。デス・スパイラル。最後はペア・スピンから、求め合うようにして抱き合
い、静かに元のポーズへと戻り、深々とした余韻を残して演技を終了した。てのひらから恭子の弾んだ息
づかいが伝わってきた……。
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東野作品にコメント有難うございました。神秘体験 興味が湧きますね。
2007/1/22(月) 午前 9:54
私の作品に関心を持って頂きありがとうございます。今後ともごひいきに願います。
2007/1/22(月) 午後 0:46 [ yuzukijoutrou ]