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恭司は再び温かい光の中にいた。目の前の映像が今度はまた別の情景を映し出す――。
静謐{せいひつ}を保った広い石造りの空間。天井は見上げるほどに高く、壁にはレリーフが展示され、
見慣れない列柱{エンタシス}が立ち並ぶ。ショーケースには世界中から集められた古代の品々が展示され
ている。その展示品のひとつを指差し隣の人と小声で話す金髪の二人連れ。大理石の床をこつこつと小さ
な靴音を響かせて観てまわる観光客。
あれはまだ自分が五歳だった頃、父に連れられてイギリスに行ったときに立ち寄ったロンドンの大英博
物館でのことだ――。
恭司の父は新エデン教会にとっては伝説的な存在だった。伝説、あるいは神話と言った方がいいかもし
れない。ともかく教会内部での秘められた噂によると、恭司の父には神と悪魔のふたつの顔があり、その
昔、教団設立に深く関与した経緯があった。
恭司の父は信仰の滅びた哲学者のような人だった。自分たち兄妹が物心ついた頃から、聖書の話をよく
話して聞かせ、奇蹟や預言やその他世界の不思議を何でも話してくれた。ただしいつも話の最後になる
と、「それは科学的に見るとこういうことなのだ」と、神話や伝説から神秘のベールを剥ぎ取ってしまう
のだった。
恭司と恭子は最初はわくわくし、それから途中でいったん興醒めし、最後は感慨を覚え、さらなる探究
心を掻き立てられた。
恭司の父はけっして信心深くはなかったが、神の存在だけは固く信じており、聖書よりも科学を好ん
だ。世間では父のことを悪魔だと罵る者もいたが、恭司も恭子もそのような讒言{ざんげん}を真に受けた
ことは一度もなかった。いずれにせよ恭司の父は『信仰の人』ではなかった。
また恭司の父には昔から養父のようによそよそしいところがあった。恭司も恭子も、父親とは顔も姿も
性格も全然似ていなくて、血の繋がった親子というよりは、まるで義理の父親と養子の関係だった。恭子
ばかりを偏愛し、まだ子供であった恭司を恐れるようにして後ろめたい目で眺めていた父。いつも独りで
書斎に閉じこもり、家族として一緒に過ごすことが少なかった父。対人的に適切な距離をとることが苦手
で、プレゼントはいつも決まっていた。恭子にはお人形のような洋服、恭司には科学の本だった。ときと
して恭司には、そのような父が親としての大切なことを抛擲{ほうてき}しているようにさえ感じられた。
そのような父が有無を言わせぬ強引さで自分たち幼い兄妹をイギリスまで連れてきたのだ。いまそこに
その頃の自分たちがいる。
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読ませていただきましたが、感想としては、なんだか説明文のようで、なかなか物語りに配意こめないですね。もっと、情景描写や、隠喩を使った魅力的で読者をのめりこませる文章にしたらいいかと思いますよ。応援の傑作ポチ!
2007/1/27(土) 午前 2:25
貴重なご意見ありがとうございます。情景描写や、隠喩を使った魅力的で読者をのめりこませる文章……うーん、難しいですね。具体的にどこをどう変えればいいのか。
2007/1/27(土) 午前 6:13 [ yuzukijoutrou ]
ちょっと考えてみたのですが、この部分は退行催眠の途中であり、青年が幼少期の頃を回想するシーンなので、語り部の視点もそれにマッチするように精神的退行や意識の狭窄がともなった表現にしたのだと思います。連載23回目にはもっと顕著にその効果が出ています。
2007/1/27(土) 午前 7:19 [ yuzukijoutrou ]