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恭司は暖かい温もりの中で微睡{まどろ}んでいた。すでに映像は消え失{う}せ、温もりだけがからだを
取り巻いていた。トシューン、トシューンと、規則正しい音が聞こえる。心臓の音だろうか。その音がず
っと聞こえ、その音の向こうから微かにクラシック音楽が聞こえてくる。いま流れているのはビバルディ
の『四季』だ。『四季』はいつも春の情景までで、『夏』を迎える前に別の曲に移る。『調和の幻想』第
六番、第九番。幾何学的均整のとれたあの美しきパッヘルベルの『カノン』。アルビノーニの『アダージ
ョ』。音楽史上最高に美しいヨハン・セバスチアン・バッハの『G線上のアリア』。『ブランデンブルグ
協奏曲』。魂を昇華する荘厳な教会音楽『主よ、人の望みの喜びよ』。『クリスマス協奏曲』……モーツ
ァルトやハイドンの明るく軽やかな楽曲――。
恭司は音楽の洪水の中で育った。いや音楽だけではなかった。母は恭司が生まれる以前からよく話しか
けてくれた。今日あったこと、感じたこと、外の風景、神様のこと、聖書の中の物語や世界の民話、お伽
噺{とぎばなし}など何でも話して聞かせてくれた。母が描写する外の世界はとても美しく、光に満ちた世
界だった。恭司は光とはどのようなものなのかまだ知らなかったが、母が話してくれるときに伝わってく
る感情からそれを理解することができた。恭司は母の胎内にいた頃から外の世界に憧れていた。
いまも母が恭司に話しかけている。
「坊や。私はあなたが男の子だということを知っているのよ。私はあなたが元気に育って立派な男性に成
長する日を夢見ているの。きっとあなたは世の中に光を投げ掛ける人になると、私はそう信じているの。
坊や、いまお外は雪が降っているの。雪は神様が降らせてくださるのよ。雪ってとても綺麗なのよ。白
くって、冷たくって、太陽の光に当たるときらきら輝くのよ。でも掌に載せると融けてしまうの。雪は聖
霊のように清らかで、空から舞いながら降ってくるのよ」
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