弓月城太郎の『神秘体験』

皆様のお陰で連載を無事終了することができました。最後までお付き合い頂きありがとうございました。作品の感想お待ちしております。

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連載30回目

 ひらひらと 舞いながら

  ゆきの聖霊たちが 舞い降りてきます

   ゆきは神さまの愛のよう

  ほら、あなたのてのひらで

   ゆきは きれいにとけていきます

    ちょっぴり つめたいけれど

     でも とっても きれい

 しんしんと 音もなく

  ゆきは わたしたちの上に降りてきます

   神さまの愛が 降るように

    いつもゆきのように

     きれいな心でいたいですね

 神さま どうか いつも 

  私の心の中心に いてください

   あのゆきのように 

    いつもきれいな心で いられますように 

連載29回目

         *

 恭司は暖かい温もりの中で微睡{まどろ}んでいた。すでに映像は消え失{う}せ、温もりだけがからだを

取り巻いていた。トシューン、トシューンと、規則正しい音が聞こえる。心臓の音だろうか。その音がず

っと聞こえ、その音の向こうから微かにクラシック音楽が聞こえてくる。いま流れているのはビバルディ

の『四季』だ。『四季』はいつも春の情景までで、『夏』を迎える前に別の曲に移る。『調和の幻想』第

六番、第九番。幾何学的均整のとれたあの美しきパッヘルベルの『カノン』。アルビノーニの『アダージ

ョ』。音楽史上最高に美しいヨハン・セバスチアン・バッハの『G線上のアリア』。『ブランデンブルグ

協奏曲』。魂を昇華する荘厳な教会音楽『主よ、人の望みの喜びよ』。『クリスマス協奏曲』……モーツ

ァルトやハイドンの明るく軽やかな楽曲――。

 恭司は音楽の洪水の中で育った。いや音楽だけではなかった。母は恭司が生まれる以前からよく話しか

けてくれた。今日あったこと、感じたこと、外の風景、神様のこと、聖書の中の物語や世界の民話、お伽

噺{とぎばなし}など何でも話して聞かせてくれた。母が描写する外の世界はとても美しく、光に満ちた世

界だった。恭司は光とはどのようなものなのかまだ知らなかったが、母が話してくれるときに伝わってく

る感情からそれを理解することができた。恭司は母の胎内にいた頃から外の世界に憧れていた。

 いまも母が恭司に話しかけている。

「坊や。私はあなたが男の子だということを知っているのよ。私はあなたが元気に育って立派な男性に成

長する日を夢見ているの。きっとあなたは世の中に光を投げ掛ける人になると、私はそう信じているの。

 坊や、いまお外は雪が降っているの。雪は神様が降らせてくださるのよ。雪ってとても綺麗なのよ。白

くって、冷たくって、太陽の光に当たるときらきら輝くのよ。でも掌に載せると融けてしまうの。雪は聖

霊のように清らかで、空から舞いながら降ってくるのよ」

連載28回目

           *

 そのとき再び恭司の意識に異変が生じた。恭司の見ていた映像に別のシーンが割り込む――。

 それは産婦人科の手術室の中の光景だった。しかし出産のシーンではないようだ。様々な器具が並べて

ある手術室の真中に手術台があり、その上に横たわっている母の姿があった。母は大きく脚を拡げた格好

で横たわっており、その部分を覗き込むようにして青緑色の手術衣を着た外国人の医師が、ピペットのよ

うなガラス製の器具を母の大きく拡げた脚の間に挿入していた。

            *

 映像が元に戻る――。

「恭司君のロールシャッハ・テストの結果は概ね良好なものでした。私の所見では、恭司君は感受性が繊

細で知的能力も高く、長期にわたる複雑で持続的な活動を企画し、他人に賞賛されるような困難なことを

やり遂げようと努力していく心的エネルギーをすでにこの年齢で発達させ獲得していると言えます。特に

彼の場合には高い心的エネルギーが特徴で、抜群の自己統制力とあわせて繊細な感受性と高い知的能力を

強化する形で現れています。社会的適応という点からは、繊細な感受性の割には適応能力が高いと言えま

す。まことに恵まれた資質をお持ちだと言えるでしょう。

 しかし幾つか気になる点もあります。

 ひとつには自分の能力を誇示したいという衝動と、そのことによって他人の気持ちを傷つけたくないと

いう周囲への配慮との間に強い葛藤を生じている点です。ただ、このお子さんの場合には、自己顕示欲と

いうよりは、むしろ自己の能力の顕現によって得られる満足が自己に帰するものではなく、信仰的色彩を

帯びているという点に特徴があるようです。

 しかしそれを周囲の人間が必ずしも好意的に受け止めるとは限らないわけで、そのために葛藤が生じて

いるのです。

 第二の点は、これは非常に申し上げにくいことなのですが、恭司君が父親に対して疎外感を感じている

ことです。これについて何か心当たりがございませんか」

 恭司が聞いたのはここまでだった。

連載27回目

 それから何日かして、またおじさんが家にやって来た。おじさんは父さんの大学時代の先生なのだそう

だ。

 父さんは応接間でおじさんと話をしていた。恭司はそのときドアの外の廊下で積み木遊びをしていたの

で、偶然大人たちの話を聞いてしまった。

「今お渡ししたのが恭司君のテストの結果です。内容をご覧になればお分かりになるかと思いますが、恭

司君のIQはウェクスラー幼児用知能検査の指標で、行動性IQが二一〇、言語性IQが二四〇で、総合

では二二五という奇跡的に高いスコアが出ています。世界を例にとってみれば、まれにそのようなケース

が過去に幾度か報告された記録が残っていますが、私が手がけた事例ではこのようなケースは初めてで

す。ただ年齢がまだ二歳八ヵ月と幼いですし、IQ自体は変動するものですから、今後の育て方次第で変

わってゆくものと思われます。

 それよりも私が心配なのは、周りのお子さんとの調和です。IQが高いこと自体は一般的には好ましい

傾向だと思われがちですが、弊害もあるのです。日本の教育制度では米国のような飛び級はありません

し、同年齢の子供たちの間で孤立してしまう恐れがあります。その点を十分に配慮してあげる必要がある

でしょう」

連載26回目

 *

 恭司の意識はさらに昔に遡ってゆく――。

 あれはうんと小さかった頃のことだ。長野県の安曇野の実家で育った幼年時代はとても幸福なものだっ

た。隣の教会に遊びに行くと、毎日信徒のおばさんたちが来ていて、よく可愛がってくれた。妹の恭子は

まだほんの赤ちゃんで、恭司の母はいつも恭子に掛かりきりだった。母親に遊んでもらえないときには、

信徒のおばさんの子供たちと遊ぶか、牧師夫人に遊んでもらうかしていた。

 あるとき恭司にテストをしに来たおじさんがいた。「おじさんは丸がおでドラエモンのような顔をした

とてもいい人だ」と恭司は思った。大学を退職した心理学者なのだそうだ。

 おじさんは恭司を応接間に連れて行った。「これから心理テストをするからね」とおじさんは恭司に言

った。これから見せるカードに何が見えるのか答えるテストだった。おじさんは「このテストには正解と

いうのはなくて、何でも好きなように答えていいからね」と言った。

 恭司にとってこのテストはとても楽しかった。恭司があるカードを見せられたとき、「ちょうネクタイ

をしたうちゅう人に見えます」と答えたら、おじさんはにこにこしていた。別のカードを見せられたと

き、ダブルベースを見つけたときもにこにこしていた。恭司は図鑑でそれを知っていたので、おじさんは

恭司をとても物知りだと思ったようだった。

 それから別のテストもした。おじさんが出すクイズに答えるテストだった。恭司は『ようしこんどはは

りきって答えるぞ』と思った。

 おじさんのクイズはとても簡単だったので、恭司は、おじさんが問題を出し終わると同時にすぐに答え

を言った。おじさんはストップウォッチを押すのが忙しそうだった。


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