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燃え盛る業火。あたり一面が火の海だ。建物が燃えている! 火事だ! あの男が建物に火をつけたん
だ! 大変だ! 早く皆を避難させなくては!
恭司の周りで火が燃えていた。煙が濛々と立ち込め、鋭い痛みが喉を刺激する。猛り狂う炎はその熱で
ガラスを割り、窓から入り込んで天井を舐{な}めるようにして吹き上げている。炎の輻射熱で顔面が焼け
るように熱い。火の粉が部屋の中を舞い、いまにも屋根が崩れ落ちてきそうだ。子供たちを! 早く子供
たちを逃がさなくては! 見ると三人の子供たちは恭子の周りに集まって怯えて泣き叫んでいた。
「うぇぇん、コワいよう」
「だいじょうぶ、コワくない。コワくない、ねえ」恭子が子供たちを抱きかかえ、訴えるような目でこち
らを見つめる。
恭司は意を決して引き戸をこじ開けた。ジュッという肉を焦がす音がして真赤に焼けたアルミの取手が
恭司の指を焼く。
だが痛いと思っている余裕はない。肉体の痛みを精神力で撥ね付けて引き戸を引く。
途中で指の皮がズルリと剥け、手が滑ったが、何とか引き戸をこじ開けることができた。
そのとき一瞬、炎が部屋の中に吹き込み、恭司の袖口に引火した。「うわぁ!」
思わず左腕を振ったが火を消すのは後まわしだ。
「ちょっと退きなさいよ」
「ええい! 邪魔をするな」
恭司が引き戸をこじ開けたのを見て、他の大人たちは我先にと争って建物の外の闇に飛び出して行っ
た。
恭司は子供たちを抱きかかえて叫んだ。
「恐れてはいけない! さあ、一緒に逃げるんだ! だいじょうぶ、ヤハウェの神が守ってくれるか
ら!」
「お姉ちゃんも一緒にいるから。さ、逃げよ」
恭司は恭子と連れ立って、子供たちを庇{かば}って建物の外に出ようとした。
そのとき運悪くひとりの女の子の髪の毛に火が引火した。キャァァァ!! 女の子は絶叫し、方向感覚
を失って、建物の奥の方向に向かって走り出した。
「涼子ちゃん!!」
恭子が後を追おうとする。『白石姉妹、無事でいてくれ』恭司は後ろ髪を引かれる思いで他の子供たち
を避難させることを優先した。
「さあ、早く建物の外に避難するんだ」
しかし燃え盛る建物の外では別の悲劇が恭司を待ち受けていた。
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