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そのとき恭司が見たのは、現実に起きていることが信じられないような惨状だった。すでに建物の外に
避難していた大人たちを、ひとりの男が次々と刺殺しているまさにその現場に出くわしたのだ。スーツ姿
のその男は全身に返り血を浴び、炎の照り返しの中で朱に染まった形相で刃物を振り回し、大声で叫んで
いた。まるで地獄から這い登って来た憤怒と憎悪の化身のようだ。
「許さんぞ、お前らぁ! 今日という今日は、お前ら全員皆殺しだぁ!!」
見ると、男の周りには先に逃げた姉妹たちが二人血まみれになって倒れていた。首筋の傷口からどくど
くと脈打つように血が大量に噴き出している。し、死んでいる! いや、生きていても助からない。
男の前に天野姉妹が腰が抜けたようにしゃがみ込んでいた。ブラウスの袖が破れ、丈の長いスカートの
裾が膝の上までまくれ上がっている。彼女はまだ生きていた。恐怖に引き攣った顔で、必死で逃げようと
もがいていた。他人を追い詰めるな、意地悪なことをするなと、あれほど窘めておいたのに。
「やめてください。許してください」
死の危機に直面し、天野姉妹は最後の命乞いをしていた。
「お前だな。俺が洋子に会うのを邪魔し続けてきたのはぁ! お前だけは絶対に許さねえ!」
悪鬼のように猛り狂った男は明らかに天野姉妹にとどめを刺そうとしていた。
恭司は天野姉妹の命を助けるために男目がけて飛び掛かった。
「やめるんだ。落ち着け!」
恭司は男を羽交い絞めにして取り押さえようとした。だが男も渾身の力で恭司の腕を振り解{ほど}こう
とする。男の肘があばらに食い込んでくる。男は刃物を持っている。一瞬たりとも気を抜けない。譲るわ
けにはいかない。
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