弓月城太郎の『神秘体験』

皆様のお陰で連載を無事終了することができました。最後までお付き合い頂きありがとうございました。作品の感想お待ちしております。

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連載36回目

 そこに別の男性信者が助けに入った。

「あんた、やめとき。やめとき」

「貴様ぁ、邪魔をするなぁ!」

『ありがたい、助けが来た』

 恭司は男が持っていた刃物を捥{も}ぎ取ろうとした。恭司が男の左腕を掴んだ瞬間だった。男は刃物を

逆手にして右手に持ち替え、背後にいた恭司の脇腹を突き刺した。恭司は一瞬自分の身に起きたことが信

じられなかった。いまだかつて体験したことがない程の激痛が右脇腹に閃{はし}った。下半身から力が抜

けてゆき、からだの自由が効かない。恭司はへなへなと、その場にしゃがみ込んだ。恐る恐る右の脇腹を

見ると、そこには自分の血でぬらぬらと赤く染まった刺身包丁の柄があった。恭司は最後の力を振り絞っ

て自分の脇腹から刺身包丁を引き抜き、己が身を刺し貫いた凶刃を力なく抛り投げた。生ぬるい血がズボ

ンを濡らしてゆく。内臓が灼{や}け付くような激痛の中でしだいに意識が遠のいてゆく。恭司が最後に見

たものは、夜闇を背に紅蓮の炎に包まれて焼け崩れてゆく《ヤハウェの方舟の「楽園会館」》だった。

『あの中には……まだ……白石姉妹がいる。……助けに行かなけ……れば……』恭司はそこで気を失っ

た。

 恭司が見た映像は自分の前世の記憶だった――。



※この続き、第2部以降はファンの方のみの公開となります。

連載35回目

 そのとき恭司が見たのは、現実に起きていることが信じられないような惨状だった。すでに建物の外に

避難していた大人たちを、ひとりの男が次々と刺殺しているまさにその現場に出くわしたのだ。スーツ姿

のその男は全身に返り血を浴び、炎の照り返しの中で朱に染まった形相で刃物を振り回し、大声で叫んで

いた。まるで地獄から這い登って来た憤怒と憎悪の化身のようだ。

「許さんぞ、お前らぁ! 今日という今日は、お前ら全員皆殺しだぁ!!」

 見ると、男の周りには先に逃げた姉妹たちが二人血まみれになって倒れていた。首筋の傷口からどくど

くと脈打つように血が大量に噴き出している。し、死んでいる! いや、生きていても助からない。

 男の前に天野姉妹が腰が抜けたようにしゃがみ込んでいた。ブラウスの袖が破れ、丈の長いスカートの

裾が膝の上までまくれ上がっている。彼女はまだ生きていた。恐怖に引き攣った顔で、必死で逃げようと

もがいていた。他人を追い詰めるな、意地悪なことをするなと、あれほど窘めておいたのに。

「やめてください。許してください」

 死の危機に直面し、天野姉妹は最後の命乞いをしていた。

「お前だな。俺が洋子に会うのを邪魔し続けてきたのはぁ! お前だけは絶対に許さねえ!」

 悪鬼のように猛り狂った男は明らかに天野姉妹にとどめを刺そうとしていた。

 恭司は天野姉妹の命を助けるために男目がけて飛び掛かった。

「やめるんだ。落ち着け!」

 恭司は男を羽交い絞めにして取り押さえようとした。だが男も渾身の力で恭司の腕を振り解{ほど}こう

とする。男の肘があばらに食い込んでくる。男は刃物を持っている。一瞬たりとも気を抜けない。譲るわ

けにはいかない。

連載34回目

         *

 燃え盛る業火。あたり一面が火の海だ。建物が燃えている! 火事だ! あの男が建物に火をつけたん

だ! 大変だ! 早く皆を避難させなくては!

 恭司の周りで火が燃えていた。煙が濛々と立ち込め、鋭い痛みが喉を刺激する。猛り狂う炎はその熱で

ガラスを割り、窓から入り込んで天井を舐{な}めるようにして吹き上げている。炎の輻射熱で顔面が焼け

るように熱い。火の粉が部屋の中を舞い、いまにも屋根が崩れ落ちてきそうだ。子供たちを! 早く子供

たちを逃がさなくては! 見ると三人の子供たちは恭子の周りに集まって怯えて泣き叫んでいた。

「うぇぇん、コワいよう」

「だいじょうぶ、コワくない。コワくない、ねえ」恭子が子供たちを抱きかかえ、訴えるような目でこち

らを見つめる。

 恭司は意を決して引き戸をこじ開けた。ジュッという肉を焦がす音がして真赤に焼けたアルミの取手が

恭司の指を焼く。

 だが痛いと思っている余裕はない。肉体の痛みを精神力で撥ね付けて引き戸を引く。

 途中で指の皮がズルリと剥け、手が滑ったが、何とか引き戸をこじ開けることができた。

 そのとき一瞬、炎が部屋の中に吹き込み、恭司の袖口に引火した。「うわぁ!」

 思わず左腕を振ったが火を消すのは後まわしだ。

「ちょっと退きなさいよ」

「ええい! 邪魔をするな」

 恭司が引き戸をこじ開けたのを見て、他の大人たちは我先にと争って建物の外の闇に飛び出して行っ

た。

 恭司は子供たちを抱きかかえて叫んだ。

「恐れてはいけない! さあ、一緒に逃げるんだ! だいじょうぶ、ヤハウェの神が守ってくれるか

ら!」

「お姉ちゃんも一緒にいるから。さ、逃げよ」

 恭司は恭子と連れ立って、子供たちを庇{かば}って建物の外に出ようとした。

 そのとき運悪くひとりの女の子の髪の毛に火が引火した。キャァァァ!! 女の子は絶叫し、方向感覚

を失って、建物の奥の方向に向かって走り出した。

「涼子ちゃん!!」

 恭子が後を追おうとする。『白石姉妹、無事でいてくれ』恭司は後ろ髪を引かれる思いで他の子供たち

を避難させることを優先した。

「さあ、早く建物の外に避難するんだ」

 しかし燃え盛る建物の外では別の悲劇が恭司を待ち受けていた。

連載33回目

 *

 恭司の意識はしばらくの間、虚空の空を彷徨{さまよ}っていた。銀河が遠くを流れてゆく。そこにはも

はや時間は存在しなかった。『私は生きているのだろうか? そう、私はまだ生きている。人間は死ねば

眠りにつくのだから。私はまだ生きている。だがここはどこだ? ここはどこだ?……』

 恭司の意識は銀河の中心に向かって渦巻くように吸い込まれていった。

 ズボッという気味の悪い音とともに、恭司の意識はさらに別の時空へと翔{と}んだ――。

連載32回目

 *

 そのとき恭司の意識に、また例のサブリミナル・メッセージのような映像が現れた――。

 顕微鏡を覗いたときに見える卵子の全体像。その卵子にいまガラスの細い針の先が突き刺さろうとして

いる。卵子は、軟式テニスのボールに釘を突き刺そうとしたときのように大きく変形し、ガラスの針が突

き刺さった瞬間、一度、ぶるっ、と震えたように見えた。たちまち卵子の周りに膜が形成されてゆく。

『これは?! マイクロピペットを用いた人工授精! そうだったのか……』

 これが母を怯えさせていたものの正体だったのだ。

 しかし母は知らなかった。ただの受精卵提供だと思っていたようだ。それでも母は自分が『神の領域』

に踏み込んでしまったことを畏れていたのだ。彼女は神の怒りに触れることを畏れていた。いや、怒りに

触れることではない。産むことだ! 神の子を宿し、産むことを。しかし、その子は私ではないのか。私

はいったい何者なのだ?!

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