弓月城太郎の『神秘体験』

皆様のお陰で連載を無事終了することができました。最後までお付き合い頂きありがとうございました。作品の感想お待ちしております。

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連載26回目

 *

 恭司の意識はさらに昔に遡ってゆく――。

 あれはうんと小さかった頃のことだ。長野県の安曇野の実家で育った幼年時代はとても幸福なものだっ

た。隣の教会に遊びに行くと、毎日信徒のおばさんたちが来ていて、よく可愛がってくれた。妹の恭子は

まだほんの赤ちゃんで、恭司の母はいつも恭子に掛かりきりだった。母親に遊んでもらえないときには、

信徒のおばさんの子供たちと遊ぶか、牧師夫人に遊んでもらうかしていた。

 あるとき恭司にテストをしに来たおじさんがいた。「おじさんは丸がおでドラエモンのような顔をした

とてもいい人だ」と恭司は思った。大学を退職した心理学者なのだそうだ。

 おじさんは恭司を応接間に連れて行った。「これから心理テストをするからね」とおじさんは恭司に言

った。これから見せるカードに何が見えるのか答えるテストだった。おじさんは「このテストには正解と

いうのはなくて、何でも好きなように答えていいからね」と言った。

 恭司にとってこのテストはとても楽しかった。恭司があるカードを見せられたとき、「ちょうネクタイ

をしたうちゅう人に見えます」と答えたら、おじさんはにこにこしていた。別のカードを見せられたと

き、ダブルベースを見つけたときもにこにこしていた。恭司は図鑑でそれを知っていたので、おじさんは

恭司をとても物知りだと思ったようだった。

 それから別のテストもした。おじさんが出すクイズに答えるテストだった。恭司は『ようしこんどはは

りきって答えるぞ』と思った。

 おじさんのクイズはとても簡単だったので、恭司は、おじさんが問題を出し終わると同時にすぐに答え

を言った。おじさんはストップウォッチを押すのが忙しそうだった。

連載25回目

 *

 映像が元の情景に戻る――。

 ウォーカー博士は、楔形文字がどのようにして解読されたのか説明してくれた。

 恭司はその解読方法が、エジプトの象形文字「ヒエログリフ」を解読したジャン・フランソワ・シャン

ポリオンのとった解読方法と同じだということに気がついた。『これは学問における王道だ』と思った。

恭司はシュメール文明の大叙事詩『ギルガメシュ』の中に出てくる洪水伝説についても教えてもらいたか

ったが、父さんが「博士は研究で忙しいから、もうそのくらいにしなさい」と言うので、質問はやめにし

た。

 大英博物館を出ると、レストランで食事したあとタクシーに乗った。父さんは運転手に「チャーチル・

インター・コンチネンタル・ロンドンまで」と宿泊するホテルの名前を言った。

 恭司は、バッキンガム宮殿やロンドン塔、ビッグベン、ベーカー街221番地bのシャーロック・ホー

ムズの家など、もっとあちこち見てまわりたかったので、父さんにそのことをお願いしたら、父さんは真

剣な顔で、

「今度の旅行は観光が目的ではない。私がお前たちに見せたかったのは、さっきの粘土板だけだ。明日は

エジンバラの超心理学研究所に行くから、今日はホテルに帰るぞ」

 恭司は何が何だかわけがわからなかったが、ホテルに戻って恭子と二人で遊ぶことにした。

連載24回目

 *

 そのとき目の前の映像に異変が起きた――。ほんの一瞬、別の光景が現れた。それはサブリミナル・メ

ッセージのように、見えたかと思うとすぐに消えた。その映像は何か集会所のような木造の建物の前で自

分が誰かと立ち話をしている光景だった。建物の前の空き地には自動車が何台か駐{と}まっていた。自分

と話をしているのは父のようだったが、父ではないような気もした。父はまだ若く、爽やかな若草色のシ

ャツの上に白いベストを着、ベージュ色のスラックスを穿{は}いていた。自分と父は同い年くらいのよう

だった。

 父の言葉の記憶がフラッシュバックする。

「あの紙には『月読{つくよ}みの報{しらせ}』の予言の誤りについて書いたのだ。ヤハウェの方舟{はこ

ぶね}は諸世紀の中の記述から計算して、ハルマゲドンまでの月を読んでいる。その内容には明らかな間

違いがある。これには物的証拠があるのだ」

連載23回目

 *

 霧の都ロンドンは、恭司がうんと小さい頃、暖炉のそばで母親に読んで聞かせてもらった『ピーターパ

ン』の絵本に出てくる街だった。アーサー・コナン・ドイルやチャールズ・ディケンズなどの小説にも出

てくる。でも実際に旅行で来たのははじめてだった。古き眠れるヨーロッパ、霧の都ロンドンはその代表

的都市だった。

 ここはそのロンドンの中心街。グレートラッセル通りに面して建つギリシャ神殿風の建物、大英博物館

の中。いま恭司たちはメソポタミアの展示コーナーにいる。

 見上げるほど大きな石造があって、変てこりんな形をしている。父さんの話によると、その像はラマス

といって、顔は人間で体は翼の生えた牡牛なのだそうだ。恭子が怖がって背中にしがみついてくる。「お

兄ちゃん、あれコワい」「だいじょうぶ僕が守ってあげるから」

 ラマスの横っちょに行くと変な文字が彫ってあって、恭司は読もうと思ったけれど読めなかった。英

語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語は読めたが、こんな文字は習ったことがない。

 考古学者のハインリヒ・シュリーマンは二週間でひとつの言語をマスターした語学の天才だが、恭司と

恭子もそれと同じことができた。でも、いくら天才でもはじめて見る文字は読めない。読み方を父さんに

聞いてみようと思ったが、父さんは語学が全然駄目なので、父さんもたぶん別の人に聞くことになると思

った。

 やっぱり恭司の思ったとおりだった。父さんは約束を取り付けてあると言って、自分たちを別の部屋に

連れて行った。

 そこはウォーカー博士の研究室だった。ウォーカー博士は楔形文字の専門家だった。眼鏡をかけたお年

寄りの先生だった。

 ウォーカー博士は恭司と恭子に、その辺に置いてある物に勝手に触らないように注意し、父さんにも子

供たちに勝手に触らせないように注意した。ウォーカー博士は、恭司と恭子がお行儀良くしていたら、説

明が終わったあとで二人にキャンデーをくれると約束した。恭司はキャンデーは欲しくなかったが、早く

あの文字が読めるようになりたいと思った。

 最初にウォーカー博士が取り出してきたのは軟らかい粘土板だった。博士はそれに鉛筆のような丸い棒

で印をつけていき、古代メソポタミアで使われていた数の表記方法を教えてくれた。

 恭司が、「それは60進数ですね。時計の起源は古代メソポタミア文明なのですか?」と、質問する

と、博士は「そうだよ、坊や。よくわかったね」と、恭司のことを誉めてくれ、父に「大変聡明なお坊ち

ゃんですね」と言った。恭司は誇らしかった。

 恭司は机の上にあった粘土板に目をとめ、博士にこの粘土板には何が書いてあるのかを尋ねた。博士は

親切に教えてくれた。

「この粘土板は新バビロニアの遺跡から発掘されたもので、それらを調べると何年には何という名前の王

様が王位に就いていたのかがわかるのだよ。そのことがここに書いてある年数と王の年号からわかるよう

になっているんだ。これと同じような粘土板はたくさん発見されていているんだ」

連載22回目

 *

 恭司は再び温かい光の中にいた。目の前の映像が今度はまた別の情景を映し出す――。

 静謐{せいひつ}を保った広い石造りの空間。天井は見上げるほどに高く、壁にはレリーフが展示され、

見慣れない列柱{エンタシス}が立ち並ぶ。ショーケースには世界中から集められた古代の品々が展示され

ている。その展示品のひとつを指差し隣の人と小声で話す金髪の二人連れ。大理石の床をこつこつと小さ

な靴音を響かせて観てまわる観光客。

 あれはまだ自分が五歳だった頃、父に連れられてイギリスに行ったときに立ち寄ったロンドンの大英博

物館でのことだ――。

 恭司の父は新エデン教会にとっては伝説的な存在だった。伝説、あるいは神話と言った方がいいかもし

れない。ともかく教会内部での秘められた噂によると、恭司の父には神と悪魔のふたつの顔があり、その

昔、教団設立に深く関与した経緯があった。

 恭司の父は信仰の滅びた哲学者のような人だった。自分たち兄妹が物心ついた頃から、聖書の話をよく

話して聞かせ、奇蹟や預言やその他世界の不思議を何でも話してくれた。ただしいつも話の最後になる

と、「それは科学的に見るとこういうことなのだ」と、神話や伝説から神秘のベールを剥ぎ取ってしまう

のだった。

 恭司と恭子は最初はわくわくし、それから途中でいったん興醒めし、最後は感慨を覚え、さらなる探究

心を掻き立てられた。

 恭司の父はけっして信心深くはなかったが、神の存在だけは固く信じており、聖書よりも科学を好ん

だ。世間では父のことを悪魔だと罵る者もいたが、恭司も恭子もそのような讒言{ざんげん}を真に受けた

ことは一度もなかった。いずれにせよ恭司の父は『信仰の人』ではなかった。

 また恭司の父には昔から養父のようによそよそしいところがあった。恭司も恭子も、父親とは顔も姿も

性格も全然似ていなくて、血の繋がった親子というよりは、まるで義理の父親と養子の関係だった。恭子

ばかりを偏愛し、まだ子供であった恭司を恐れるようにして後ろめたい目で眺めていた父。いつも独りで

書斎に閉じこもり、家族として一緒に過ごすことが少なかった父。対人的に適切な距離をとることが苦手

で、プレゼントはいつも決まっていた。恭子にはお人形のような洋服、恭司には科学の本だった。ときと

して恭司には、そのような父が親としての大切なことを抛擲{ほうてき}しているようにさえ感じられた。

 そのような父が有無を言わせぬ強引さで自分たち幼い兄妹をイギリスまで連れてきたのだ。いまそこに

その頃の自分たちがいる。

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