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生体
身体の内に
骨という死を内蔵して
肉は息づいている
しかし、死たる骨でさえ
肉の息吹が無ければ生きられない
骨は骨だけでは死ねず
肉は肉だけで生きられない
私はただ二つだけの極をもって
今も
歩み
立ち止まり
どんど焼きをやりました。
炎が天に昇る様は嵐のようで。
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こんにちは、ゲストさん
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生体
身体の内に
骨という死を内蔵して
肉は息づいている
しかし、死たる骨でさえ
肉の息吹が無ければ生きられない
骨は骨だけでは死ねず
肉は肉だけで生きられない
私はただ二つだけの極をもって
今も
歩み
立ち止まり
どんど焼きをやりました。
炎が天に昇る様は嵐のようで。
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冬の匂いを 近年は感じられなくなったと思っていました。
たき火がなくなったからだと思います。季節の匂いはいつまで経っても忘れられないもので。先日 用事で大阪へ行った折 神社の前に「どんと焼き 15日」と看板が立っていました。
季節の匂いがある場所は まだまだあるのですね。
冬と夏 太陽と月 北と南 生と死‥対局しているようでいて同居しているような、人の中にも そういうものがあって 自然の一部のような気がしています。
2013/1/14(月) 午後 1:03 [ かりん ]
こんにちは。
ふたつの極だけで詩が書けるでしょうか?大事なものを見逃してはいませんか?歩みも佇みもそれ次第だと思います。
2013/1/14(月) 午後 2:59 [ 西新 広 ]
西新広さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
大事な物見逃しているのでしょうね。確かに。
優しいコメントですね。
2013/1/14(月) 午後 7:03 [ シープ ]
かりんさん、こんばんは。
シープの地域でも昨日どんど焼きやりました。
対局にあるもの、その総てが自然の掟でね。
対局と感じるのは人間だけでしょうね。
2013/1/14(月) 午後 7:05 [ シープ ]
2極のコントラストが表現するものは多彩です(^.^)。
ちなみに関係ないですが、骨の髄には肉を栄養する血液をつくり出すところの命のLavaがあるのでーす。
2013/1/14(月) 午後 7:25 [ tokinako333 ]
tokinako333さん、こんばんは。
本当は骨だって一生懸命に生きているんですよね。
この身体全てが生きているんですよね。
骨しか残らないから骨を死の象徴のようにかつての人々は表したのでしょうけど。骨が悪役になって可哀想だという気もしますけどね。
2013/1/14(月) 午後 10:13 [ シープ ]
「骨という死」はいい表現ですね。
骨という生 肉という死 生という死 死という生 もあるのかもしれませんね。
2013/1/18(金) 午後 9:04 [ One_Seg (一弧) ]
One Segさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
ある、本に「健康に一番悪い事は、生きていることだ」という言葉がありました。矛盾ですけどね。
この言葉は今でも心の中にあります。
医学が発達しすぎて、生という死、死という生も出現してしまっている様に感じております。
2013/1/19(土) 午後 7:34 [ シープ ]
One Segさん、トラックバックありがとうございます。
大切に保存させて頂きます。
石という境って、印象的な情景ですね。
我が地域では、骨を埋める時に生の木を杭にして骨壺の上に生えていた時とは逆さまに立てる風習があります。
これも生と死を分け隔てるという、古来からの先人の想いであるのでしょうね。
2013/1/19(土) 午後 7:40 [ シープ ]