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産経新聞 4月1日(月)14時54分配信
平成3年12月、ショッキングな写真がテレビで放映された。国内6番目の巨大前方後円墳、奈良県橿原市の丸山古墳(全長310メートル、6世紀後半)で、宮内庁が陵墓参考地として厳重に管理していたはずの横穴式石室内を撮影したカラー写真が、被葬者を納めた2つの石棺とともに写し出された。 「写真を見たときは本当に驚いた」。飛鳥時代の古墳に詳しい猪熊兼勝・京都橘大名誉教授は、20年以上前の衝撃を忘れない。写真は約30枚。石棺の蓋は盗掘のためずれ動き、泥が蓋近くまでたまっている様子もはっきり写っていた。 真の欽明天皇陵ともいわれる巨大古墳の石室内が撮影された経緯は、実にドラマチックだった。同年5月、地元の小学生が墳丘近くで遊んでいると、ぽっかり空いた穴を発見した。「おばけが出る」と話題になり、父親も一緒に入ると、巨石を組み合わせた石室や石棺があり、慌てて撮影したという。 石室のある後円部は宮内庁が柵をしていたが、石室の入り口は柵の外。それまで墳丘は雑木に覆われていたため、石室の入り口は地元の人でも気づかなかったという。「石室の入り口は宮内庁の柵の内側とばかり思っていた」と猪熊氏は振り返る。同氏らは撮影されたカメラのメーカーなどと協力し、写真をもとに石室の大きさや構造を推定。学界に貴重な研究データを提供した。 翌4年9月には研究者らに石室内が公開された。果たして2つの石棺に葬られた人物は? 降ってわいたような古代ロマンに、被葬者論争が一気に過熱した。 |
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毎日新聞 3月15日(金)16時56分配信
明日香村教育委員会は14日、同村内の牽牛子塚(けんごしづか)古墳の墳丘が雨などで一部で崩れたと発表した。昨年6月、墳丘北と西側の2カ所で幅1〜5メートル、厚さ10〜20センチ程度の土がずれたりへこんだりしているのが見つかった。村教委は、植物などが生えることで、固められていた土の強度が落ち、雨が降ることなどで変形したと考えている。 墳丘は水気が落ち着くまでシートをかけ、三次元計測も行った。墳丘の保存整備までの応急対策として、今月中に崩れた土砂を除去して土のうで覆い、崩れた原因などを探る予定。【矢追健介】 3月15日朝刊 |
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毎日新聞 2月22日(金)16時28分配信
橿原市菖蒲町の方墳、菖蒲池古墳(国史跡、7世紀半ばごろ)の東側で、精緻な石敷きを施した盛り土が確認された=写真。20日発表した市教委によると、墳丘を保護すると同時に、墓域を表示する外堤の一部である可能性があるという。不明な点が多い終末期古墳の実態を理解する貴重な資料になる。 09年から進めている学術調査で、今年度は墳丘東と北東角で約172平方メートルを発掘した。このうち、東側で見つかったのは、「版築」と呼ばれる何層にも突き固めた盛り土と、東斜面の石敷き。昨年度に見つかった堀跡の底部から計ると、盛り土は高さ3・3メートルを超えるという。この盛り土の東斜面のテラス部で見つかった石敷きは、直径20〜30センチの川原石を敷き詰めて、縁石として長さ40センチ程度の結晶片岩を直線上に並べていた。 現地説明会は23日午前10時から午後2時まで、正午を除いて1時間ごと。【山成孝治】 2月22日朝刊 |
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産経新聞 2月17日(日)7時50分配信
邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)の墓との説がある最古の巨大前方後円墳、箸墓古墳(奈良県桜井市)と、卑弥呼の後継、壱与(いよ)の墓ともいわれる西殿塚古墳(同県天理市)の研究者による立ち入り調査が20日、行われる。陵墓の立ち入り調査は平成20年に開始。国内2番目の大きさの応神天皇陵(大阪府羽曳野市)や飛鳥時代の女帝・推古天皇陵(同府太子町)などここ数年は有名な陵墓で立て続けに実施され、ベールに包まれた古代史の謎解明に期待がかかる。 箸墓古墳(全長280メートル)は、卑弥呼が亡くなった3世紀中ごろか後半の築造とされ、「考古学者が最も発掘したい古墳」といわれるほど。昭和40年代に宮内庁が後円部頂上などを調査したが、「皇室の祖先をおまつりする陵墓の尊厳と静謐(せいひつ)を守るため」(同庁)として同庁関係者以外は墳丘に立ち入れない。 40〜50年前まで、地元の人たちが後円部と前方部の間の低くなったところを「里道」として歩いていたというが、その後、扉やフェンスが設置され、発掘も桜井市教委などが墳丘周辺で行っているが、調査の条件は限られている。 西殿塚古墳(同230メートル)も3世紀末の築造とされるが、詳細は不明。今回、日本考古学協会などの研究者が立ち入り調査することで、両古墳の築造順や墳丘構造など第三者の目を通した研究の進展が期待される。 調査は墳丘縁辺部を歩くだけで発掘や測量、遺物採取はできないが、古代学研究会陵墓委員の今尾文昭・奈良県立橿原考古学研究所付属博物館学芸課長は「古墳時代前期の王墓だけに、実際に現地を歩いて観察する意義は大きい」と話す。 陵墓の立ち入り調査は平成17年、日本考古学協会など15の歴史系学会が、箸墓古墳や国内最大の仁徳天皇陵(堺市、全長486メートル)など11カ所を要請。20年の神功(じんぐう)皇后陵(奈良市)から毎年続けられ、これまで7カ所で実施された。 23年の応神天皇陵(全長420メートル)では、墳丘を囲む堤(つつみ)に円筒埴輪(はにわ)が並んでいるのを確認。昨年の推古天皇陵では石室の一部とみられる石材が2つ並んでいるのを目視し、推古天皇と息子の竹田皇子が葬られた可能性が高まった。 一方、邪馬台国論争との関わりで注目度がひときわ高い箸墓古墳については、「宮内庁も簡単に許可してくれないのでは」との見方もあったが、西殿塚古墳と同時に許可されたことで関係者を驚かせた。 同庁の福尾正彦陵墓調査官は「関心の高い古墳であることは理解しているが、あくまで学会の要望を受けて安全管理上問題がないと判断した」と説明。今尾氏は「宮内庁が、文化財としての学術的意義を考慮してくれたと思う。毎年の立ち入り調査を通じて積み重ねてきた互いの信頼関係も大きいのでは」と話した。 |
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朝から,みぞれでしたが、雪に変わり寒い雪景色になりましたよ。
写真は有りませんが、奈良県も雪が積もっているのかな?
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