かわちのはむちゃん

古墳、遺跡、横穴式石室に迫りたいです。無理をせずボチボチと。

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ただ今 冬眠中

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 私は家で冬眠状態が。
毎日、寒い日々が続いております。
今年は、散策活動を一つでも多くして行きたく思っています。
 
体調も整えながら頑張って行
くつもりです。
 
皆さんの声援、宜しくお願いいたします。
 
 

今年も残り2日

もう、2012年も今日含めて2日。
 
皆さん、どう過ごされたでしょうか?
 
私は、病院の通院で忙しい毎日でした。
 
奈良の散策も殆ど行けませんでしたよ。
 
今日中に植山古墳の記事をアップする予定です。
 
数十枚の中から数枚を選んでしますね。
 
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写真は北葛城郡平群町の西宮古墳
今年は奈良県に2回しか出かけられませんでした。
 
7月下旬には北葛城郡平群町と植山古墳の現地説明会とです。
 
11月下旬には小学校の同窓会もありましたよ。
 
これから沢山記事を書いていきますよ。
 

 

2012年12月13日 奈良新聞
竹田皇子の墓と推定される東石室。入り口(写真奥)は土で密封されていた=12日、橿原市五条野町の植山古doyoubi墳
 日本最初の女帝、推古天皇と息子の竹田皇子の墓とされる橿原市五条野町の植山古墳(国史跡、6世紀後半〜7世紀前半)で、横穴式石室の入り口が盛り土で密封されていたことが分かり、同市教育委員会が12日、発表した。当時の石室の閉塞(へいそく)は石積みが知られ、市教委は「非常に特異」と話す。
 同古墳は東西約40メートル、南北約30メートルの長方形墳。時期の異なる大型の横穴式石室が東(6世紀後半)と西(7世紀前半)に並ぶ。
 今回調査で、高さ約4メートル、奥行き約4メートル、幅10メートルにわたる土で東石室の入り口がふさがれていたことが分かった。覆った時期は西石室の構築以後と考えられるという。
 西石室入り口でも閉塞したとみられる幅5〜6メートル以上の盛り土があった。
 両石室とも通常知られる閉塞石は見つかっておらず、土による閉塞は特殊性が際立つ。市教委は「当初あった閉塞石を、後に取り除いて再び土で封印した可能性がある」と話す。
 また墳丘の南は南北40メートル、東西約30メートルにわたり、谷地形を埋め立て整地していた。整地層からは、東石室の石棺と同じ熊本県産の凝灰岩の破片が出土。古墳周辺で石棺の最終仕上げをしたと考えられる。
 現地説明会は15日午前9時から午後3時まで。覆屋がない状態での見学は11年ぶりで、最後となる可能性が高い。小雨決行。周辺に駐車場はない。現地は近鉄橿原神宮前駅から徒歩約20分。
 
 
 

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